塞翁が馬。
よろしくおねがいします。
繁華街から一本外れた路地にあるコンビニエンス・ストア、その名を『ローンソ』という。
トムとジェシカの二人はここでアルバイトをしている。
というのも以前にここのオーナーである夏粋 完具李(御年89才)が持病である心臓発作で道路にうずくまっていたところを偶然通りかかったトムとジェシカが助けたということがあった。恩義を感じたオーナーは普通のバイトより10円高い時給でアルバイトとして雇い入れたいと申し出た。(ちなみに普通のバイトの時給はその地域の最低賃金である750円)
日本語はペラペラなのだが外国人というだけでアルバイト面接に落ちまくっていた2人には願ってもない話だった。
そんな訳で大学の講義が終わった夕方や休日、平日(講義は普通にある)、深夜(これまた翌日普通に講義はある)、一言で言えば適当にアルバイトに入りまくっていた。むしろ大学にいる時間の方が少ないレベルだった。日本の大学生にありがちであるがこれは留年コースに限りなく近い。
そんなバイトの日々のとある深夜。
ジェシカは携帯電話を指先でいじりながら悩ましげに溜息をついた。
「ジェシカ、妙にエロいよそれは」
「セクハラはやめてくれるかしら?というか何であなたはいつも私と同じ時間にバイトに入っているの?ストーカーなの?」
「違うよ、どうやら君と僕は二人で一人の扱いらしいんだよ。名前の欄にも『トムとジェシー』って書いてあるし、給料も一人分しか出てないっぽいよ」
「は!?何で!?」
「何でだろうね」
「何でそんな某有名アニメみたいにまとめられてるの!?」
「君がボケるのは珍しいね」
そのように二人がいつもの談笑を繰り広げていると一人、客が入ってきた。バイクのフルフェイスメットをかぶり、顔が見えない。手はポケットに入れて何かを握っている風にも見えた。
「大体あの店長、なんで携帯すら持ち込ませないの!?暇過ぎるほど客なんてこないじゃない!」
「最後にお客さんが来たのは2日前だったね。繁華街近くなのに何でこんなにこないんだろう?」
2人が話している間にフルフェイスが一歩、また一歩レジへと歩みを進めていく。
気付かれている様子はまるでない。着実に歩みを重ね、二人の前へと到達した。そして、フルフェイスがポケットに入れていた手を出し、二人に突き付けて叫ぶ。
「おい、金を出せ!!」
「大体あなたも気付いてたなら言いなさいよ!」
「僕は言ったよ。でもジェシカが悩ましげな手つきで携帯を(以下略」
フルフェイスの叫びも気付かないまま、2人は言い争いを続けている。
「おい!金を出せって言ってんだろ!!」
「え?あ、お客さん?いらっしゃいませー」
「らっしゃい!今日は活きの良いのが入ってるよ!」
「なんで魚屋風なのよ!」
凶器を突き付けて金を出せと脅しているにも関わらず自分を客扱いする2人にフルフェイスの脳裏にはこの計画は失敗に終わるんじゃないかという考えが過った。
こころなしか凶器も小さく粗末な物に見えてきた。そう、木を尖らせた手の平サイズの割り箸などと一緒に入ってるあれである。
「え……お客さん、つまようじなんて突き出してどうされたのですか?」
「本店へはつま(らない)ようじでお越し、という一発ギャグですか?」
「うるせぇ!!金を出せって言ってんだろ!!!!」
「ヒィィィィィィィ!!!」
「いきなり怯えすぎだろ!!一発ギャグがどうのこうの言ってた余裕はどうした!?」
「だってジェシカ、強盗だよ!?そうだ、ジェシカはカラテを習ってたよね?早く目からビームであいつを!!」
「出るかボケ!出たら日本の空手道場は今頃穴だらけになっとるわ!!」
「何ごちゃごちゃ言ってるんださっきから!!金出せって言ってんだろ!!!!」
しびれを切らしたフルフェイスはさらにつまようじを突き付けてきた。
しかしつまようじではいまいち迫力が出ない。フルフェイスも自分でやっていて馬鹿らしく思えてきたのかずるずると膝から崩れ落ちた。
「どうせ俺は何やったって上手くいかねェ……大学は退学になるし両親からは勘当される。彼女もいないし飼っていた亀にすら逃げられる始末だ……」
「……(どうやったら亀に逃げられるのかしら?)」
「強盗さん……僕たちだって、いや多分全部上手くいっている人なんていないよきっと」
「……!(トム、任せたわよ!)」
ジェシカのアイコンタクトにトムが頷く。
「てめぇになにがわかるんだよ!お前はなにも失ってねぇだろうが!」
「そうだね。僕は最初から無かったから失うってのはちょっとおかしな表現になっちゃうね」
「な……!?」
「僕は孤児院で育ったんだ。生まれてすぐ捨てられていたらしいから両親の顔どころか名前すら知らない。孤児院の先生たちが親だから無いってのもちょっと違うんだけどね」
「……」
「ジェシカは目の前で両親と妹をテロリストに殺されてる。彼女は家族が殺される一瞬の隙をついてテロリストの銃を奪い、逆に殺すことで生き残ったんだ。家族も失ってるのもそうだけど人を殺すっていい気分じゃないよね、きっと」
「ねぇ、強盗さん。私たちは人の痛みがわかるほうだと自負してるから例えば警察に『助けて!繁華街近くの路地のコンビニに強盗です!』なんて通報はしたくないの。わかるわね?」
こく、こく、とフルフェイスが首を縦にふる。
「あんたらも……大変だったんだな」
フルフェイスが涙をぬぐいながらそう言うと、トムとジェシカは店の商品棚から飲み物や食べ物をとってきてフルフェイスを元気づけるパーティーを始めようと提案した。
これからもっといいことがある。親にだってちゃんと誠心誠意話し合えばわかりあえる。飲み食いしながら二人とフルフェイスは心を通わせた。
そして宴会も終わりを迎える。
「色々ありがとうな!あんたらも頑張れよ!」
「ありがとう!まぁあなたはこれからもっと頑張らないといけないかもね!」
「へ?」
「いや、さっき110番に繋いで『』の台詞言ったからさ。」
フルフェイスが振り向いた先にはパトカーが群れをなして囲いこんでいた。
「ちなみに僕の話もジェシカの話も全部嘘なんだ。ごめんね」
その後、フルフェイスは未遂だったので比較的すぐ出てきたものの、誰も信じられなくなり、行方をくらまし、数日後に死体で発見された。
ジェシカはこの件を材料に「携帯電話の持ち込みのために通報をスムーズに行えた、持ち込みを許すべきだ」と店長を説得し、成功した。
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