禁止
神は何も禁止しない。
禁止はしないが強要はする。
圧倒的な武力を手に、彼らは神の法を強要する。
神の言うことに背けば、死刑。
神のために戦えば天へと召される。
結局のところ、神が望むことは死だ。
そんなことはない?
考えてみて欲しい。
紛争地帯で子供が爆弾をもって自爆する。
年端もいかない子供が爆弾を抱えて、大勢の人間を巻き込んで、そして死ぬ。
それが神の望むことなのだろうか?
神は本当に清く、尊いものなのだろうか?
彼ら神々は人間と変わらず争い、犯し、略奪する。
人間は神に似せられたと言う。
その模倣は完璧ではなかったという。
そうだろう。
屈強な肉体を持たぬ脆弱な人間は欠陥品だ。
しかし、精神性は神の模倣品としては完璧だろう。
生きるか死ぬかなど関係ない次元での闘争を繰り返す。それが神であり人間だろう。
キリスト教の聖書を見てみよう。
差別の塊だ。
神々に清く美しいものなど存在しない。
もともと女神は屈服させられた他神話の神だ。
邪神もまた同様だ。
もう一度言おう。
神は何も禁止しない。
神は何もしてはくれない。
神が与えるモノ、それは肥えた者に金を、飢えた者には死だ。
今の宗教はそんなものだ。
神は何も禁止しない。
禁止するのは神を模倣した脆弱な人間だけだ。
神の代弁者を名乗る神の贋作だけだ。