終末の聖母・2
「……何や、このガキんちょがぁ? ホンマかいな」
エルゥが素っ頓狂な声を出した。それを聞いた少女は顔を真っ赤にして怒り出す。
「ガキとは何じゃ、ガキとは! 無礼者ぉ!」
両手をぶんぶんと振り回して喚いているその姿には威厳の欠片も感じられない。何処からどう見たってまだ十二、三歳の子供にしか見えなかった。行動だけ見るならもっと年齢は遡る。
ふわりとした薄い緑色の髪に大きなピンクの瞳。ひらひらしたパステルカラーの衣服。終末の聖母という伝説上の人物だとは到底想像もつかないような可愛らしい顔立ち。時代錯誤な言葉遣いが何やら背伸びしているように感じられて、妙に滑稽である。
「お主なんぞ、こーしてくれるー!」
「何すんねんこんガキ! 乗るなっちゅーに!」
ぴょこんとエルゥの上に飛び乗って細い首を絞めている。傍から見ている分には充分じゃれ合っている様にしか見えない。
「あのさ……」
恐る恐る声を掛けてみる。
その控えめな主張は全くの空振りに終わったため傍らに控えるリリィに視線で訴えかけてみるが、彼女も諦めたように首を振って二人を見つめていた。どうやら、彼女にもフィリエラと名乗った少女の暴走は止められないらしい。
とりあえず。
収まるまで待つしか無さそうだな、とティルは壁に背中を預けた。帰るにもどうやって帰れば良いのか分からないのだし。
一体。
騙されているのか違うのか、わけが分からなくなって来ているティルだった。
「……何か、言いたそうだな」
独り言のように、ケインが言った。フェリルもまた、独り言のように台詞を返す。
「別に」
「ほぅ? 何故イスライアなどに行くのかと考えていたのかと思ったが」
「知るかよ、そんな事。あんたの考えている事を考えるなんて面倒な事、誰がするか」
「正論だわねぇ、ケイン?」
くすっとエリザが笑う。
がたごとと身体が揺れる。フェリルは窓に映る自分の顔の外を見つめながら、珍しくこの女と意見が合ったな、などと考えていた。
彼らがいるのは、四人乗りの乗合馬車の中だ。ケインとエリザが並んで座り、フェリルはエリザの正面に腰掛けている。尤も、乗り込んでからと言うものずっと外を見ているので、一度も二人と顔を合わせてはいなかった。
イスライアまでなら、歩いていったって大した距離では無い。それを、エリザが疲れるからと強引に押し切ったのだ。
それなら置いてきゃ良いとフェリルは思っている。全く、ケインだけでも苦手だってのに、この女にまでついて来られたら迷惑な上に苦手の二乗だ、と心の中でぼやく。
……イスライア。
何だって、そんな所に用があるんだ。
結局は、考えてしまう。答えの出ない事を考えているとイライラしてしょうがなかった。フェリルのつま先が無意識のうちにトントンと音を立てている。
「……ちょいと、調べ物があってな」
イスライアには、世界中の書物を集めたとまで言われるフィリルアー最大の図書館がある。流石は学者の街、と言ったところだ。
「魔法には、現在使われている宝珠魔法の他に、紋章魔法というものがある」
一呼吸置いてケインが言った。先程の一言で彼の台詞が終わったと思っていたフェリルは少々驚いて彼の方を向く。ケインは、相変わらず窓の外に向かって話しかける。
「……あった、と言った方が良い、か。宝珠魔法よりも大きな力を引き出す事が出来たという、今では理論上でしか存在しない魔法だ」
「聞いた事は、あるが……」
どうも、ケインの言いたい事が分からない。
ケインはようやっと馬車の中央を向くと、白衣のポケットから一枚の小さな紙を取り出して見せた。そこには、不可解な文様が所狭しと描かれている。
「これが、紋章、さ。解呪の呪文を唱えると、そこに描かれた紋章の持つ力が解放される」
紙を仕舞い、ケインはフェリルの顔を真正面から見据えた。
「本来なら、紋章は術者の身体に直接刻むものだ。自分自身を媒介として、力を引き出す」
その際、引き出された力が強力過ぎて、術者がいなくなったんじゃないかっていうのが定説だ、とケインは続ける。
「あいつらは、紋章魔法について調べていた」
「……銀の十字結社が、か?」
ケインがフェリルに依頼している仕事。ターゲット達が皆所属していたのが、銀の十字結社。
「一体、何をするつもりなのかは分からない。だが、奴が何処へ行ったのか分からない以上、奴らと関わりのある紋章魔法について調べれば何か分かるかもしれないと、思ってね」
「何だ、そうならそうと、言ってくれれば良いのにねェ」
エリザが微笑を浮かべて言ってくる。それに条件反射のように頷いて返事を返しながらも、フェリルは別の事を考えていた。
多分。
本当の目的は、そんな事じゃない。
紋章魔法について調べるだけなら、今ケインが言った事以上に一体何を調べる事が出来るというのだろう。いくらイスライアの図書館といえ、彼が先程見せた紋章以上に有益な情報等あるものだろうか。大体この男、そんなものを一体何処から手に入れたのだろう。
話をすればするほど、謎が増えていく。
紋章魔法より組織より、この男について知りたい。知ってみたい。
ライザの屋敷でのケインの行動を見る限り、この男は絶対に裏の顔を持っているはずだ。フェリルは仕事柄そういった類の人間は見慣れているから、勘で分かるようになっていた。裏の世界にいる人間は、皆何処か同じような空気を漂わせている。
そう、例えば。
自分と、似ている――とか。
――イスライア、か。
知り合いが、一人居る。
出来れば、極力会いたくは無いが……。
奴なら、ケインについても何か知っているかもしれない。
その人物の顔を思い出して、少々げんなりし、またもため息を吐こうとした時だった。
がたん、と馬車が激しく揺れた。同時に、馬達の不安ないななきも聞こえてくる。
フェリルとケインが窓から辺りを確かめたのはほぼ同時だった。
前に二つ。
後ろから、三つ。
人影を認め、恐らくは街道脇の木々にも紛れているだろうと二人は推察する。フェリルは、前の人影に怯えたのかだんだんとスピードを落としている御者に向かって小さな窓から早口でこう告げた。
「全速力で、突っ走れ!」
止まってしまったら面倒だ。
一瞬、ケインと視線が交錯する。彼の橙色をした瞳も、眼鏡越しに同じサインを出していた。
「振り切ったら、適当なところで待っててくれよ」
そう言うが否や。
フェリルは扉を開け、馬車の外へと飛び出していた。ケインも素早く御者席へと乗り移ると、御者をかばう様に手綱を握り、ばらばらになろうとしている馬達の統率を図る。
正面の二人を振り切り、馬車が走り去ったのを確認してフェリルは前髪を掻き揚げた。何だって、「待っててくれ」等と口走ってしまったのかと少しだけ苦い笑いを浮かべながら。
――さて。
気配は、街道の木の上の一つを加えて計六つ。馬車に逃げられたお陰で頭に血が上っているようだ。馬車の前方に居た為、まだ距離は離れている。
じゃ、行きますか。
ふ、とフェリルの姿がその場から消えた。
ごきっと嫌な音を立てて、盗賊の身体が木に叩きつけられた。衝撃で咳き込み、赤い物を吐く。
これで三人。
そんな盗賊達の様子等確認を取る事もせず、フェリルは次のターゲットへと向かった。おそらく盗賊達には、自分達が戦っている相手の正確な顔も見えていないだろう。揺れる金髪と動く度ふわりと広がる青い衣服。それが視界に入った次の瞬間には痛みと共に地べたに倒れ付している事になるのだから。
……ったく。
「ストレス発散にもなりゃしねぇ!」
ぼやきながら力任せに殴りつける。そのまま前に行こうと働く力を強引に利用して回転し、背後から斬り掛かって来た一人を蹴り飛ばす。
フェリルの動きはまるで滅茶苦茶だった。戦い慣れ、というよりは喧嘩慣れ、と言ったほうが近いかもしれない。とにかく近い相手から順に潰して行く、効率の欠片も感じられない、正にストレス発散とでも言うような適当とも取れる動きである。ただ、そのスピードとパワーが群を抜いているからこそ圧巻しているだけのような、獣にも似たそんな動き。
だが、それだけでこの場は充分だった。
倒れ付した盗賊達を見て、一瞬フェリルの動きが止まり掛け――。
ひゅん、と背中で黄色いモノが動いた。からん、と軽い音がして、一本の矢が地面に転がる。
その矢を拾い上げるとすっと目を細め、飛んで来た方向を見やる。そして徐に。
手に持った矢を、投げた。
ぎゃ、とくぐもった声が聞こえ、フェリルは声が聞こえた場所へとゆっくりと向かう。
がさごそと繁みが激しく動き、転々と血の痕が残っている。相手を見つけるまで、ほんの刹那しか掛からなかった。
「一応、聞いておかなきゃならねーんだけどさ」
肩口に矢を突き刺したまま逃げる相手の背中に向かってさらりと声を掛ける。盗賊はひっと喉を鳴らして振り返った。
フェリルの姿を目の当たりにして、見開かれた目が更に限界まで開かれる。まるで眼球がぽろりと落ちてくるのでは無いかと思うほど見開いた茶色い瞳で彼は自分達をあっさりと返り討ちにした相手の姿をまじまじと見つめる。
虎の耳と太い尻尾。鋭利な爪と、全身に走る稲妻模様。
「……人獣病ッ」
呟かれた言葉に一瞬だけ眉をひそめたが、気を落ち着かせるようにふぅ、と息を吐くと首を振った。
「……そ。ま、生まれつきなもんで、俺にはどうしようも無かったわけよ。で、そんな事よりも、だ。――俺達を襲ったのは、偶然か?」
その言葉に、男はかくかくと壊れた人形のように首を縦に振った。
「い、いつもここらで仕事をし、してるだけだ。そ、それだけで」
「はぁー。そんなこったと思ったんだけどよ。そろそろストレス爆発しそうだたからなぁ。災難だったな、お前等」
「……さ、さいなん……」
襲われたのは、フェリル達のはずなのだが。今となってはどう見ても逆にしか見えない。
「まぁ……多少は発散出来たから良しとすっかな。もっと骨あってくれても良かったんだけどなぁ」
不満げに呟く。男の顔が見る見る青くなった。青いを通り越して、白い、の域に入っている。
それに気付いたフェリルはにやりと笑って見せ、さらりと言った。
「あー、大丈夫。俺は、この姿の時は人間は殺さねぇって誓ってるんだ」
この姿じゃ。
ハンディ、ありすぎだろ?
ふ、とエリザは閉じていた瞳を開いた。
「決着、ついたみたいよォ?」
甘ったるい声でそう告げる。ケインは止めた馬車に寄り掛かり、煙草の煙を風に遊ばせながらちらりと彼女の方へ視線だけを送った。
「ん~、でもォ。面白い子だっていうのは分かったけど、あんたが入れ込む程じゃア無いんじゃない? だって、戦い方滅茶苦茶よォ、あの子」
あんた、わざとにあの子一人にやらせたんでしょ。
苦笑を浮かべてそう続けると、ふらりと無造作に手を振った。小声で「ありがとフーちゃん」と付け加える。
「……覗き見なんて、悪趣味だな」
「だってェ。気になっちゃったんだものォ。それに、危なくなったら助けにだって行けるでしょォ?」
モォ、ホントは華麗に参上して助けてあげたかったのにィ、と何処まで本気か分からない言葉を吐く。
「そしたらきっと、オネエサンにメロメロよォ、今頃」
「だったら良いが」
「あらン、冷たいお返事。あたしは、可愛い子は基本的に大好きなのよォ?」
あんたは別だけどサ。
トロンと垂れた瞳でケインを見上げる。口元には、少しだけ寂しい味のする笑みが宿っている。
一瞬瞳が絡み合い、すぐに解けた。
「それにしても」
フェリルちゃんが率先して盗賊達を蹴散らした理由。
「どうやら、ストレス発散だったみたい」
よっぽど、あんたが重たいみたいよォ?
と自分の事は棚に上げて、エリザはからからと笑った。
結局、エルゥがフィリエラの下僕になるという事で話し合いは決着をみせた。親友がどう反論するかは知らないが、少なくともティルが見ていた限りではそう言った決着に見えた。
……何つーか。
レベルが、低い。
やっぱり、担がれてるのかな、俺。
「……おお、ティル。そういえば、お主の話じゃったな」
もう一度ベッドに腰掛けたフィリエラがティルを見てそう言った。どうやらすっかり忘れていたらしい。
「お主。闇の宝珠を持っておるじゃろう?」
「……闇の、宝珠」
「そうじゃ。それともお主、まだイリーズに会うた事は無かったか?」
その名前を出され、ティルは恐る恐る古代魔法の宝珠を取り出す。
「なんじゃ。持っておるでは無いか。会うたのじゃな? イリーズに」
黒光りする宝珠を見て、美少女はにっこりと笑う。その時初めて、ティルはこの少女が本当に伝説上の人物なのかもしれないと思った。彼女の笑顔は、この世に存在してはならないと思えるほど、美しかったから。
思わず、見惚れてしまった。
「なんじゃ? わらわに惚れても無駄じゃぞ? わらわは、お主の様な若造は相手にせん事にしておるからの」
「……フィー様。また脱線してますよ」
横からリリィが合いの手を入れる。お陰でティルも、こっちもガキは願い下げだと心の中でぼやくだけで済んだ。
「またそう呼ぶ。わらわの事はフィリエラと呼べといつも言っておるではないか」
「しかし、ずっとそう言い聞かされてきましたから」
「そう、それが気に入らんのじゃ! お主の家系は皆頭が固くていかん」
ぷぅっと頬を膨らませる。
「家系? 何の話や?」
先程の遣り取りで余程疲れたのか、床にぺたりと座り込んでいるエルゥが問う。
その質問には、リリィが答えた。
「あたしの家系はね。代々終末の聖母様にお仕えする巫女の家系なの。別に隠してたわけじゃないけど、言い出すタイミングがなくて」
「そうなのじゃ。皆が皆、頭がかちんこちんで困っておる。全く、どうにかしてもらいたいものじゃ」
頭の固さまで皆遺伝しよる、とフィリエラはぶつぶつとぼやく。
「それはともかくじゃ。闇の宝珠の話じゃったな。きちんと話をせんと、またリリィに小言を言われるわい」
そう言ってベッドを飛び降りると、ティルの持つ宝珠に手をかざす。すると宝珠は、淡い光を放ち始めた。それを見て、ティルは思わず手を引っ込める。
「ん? なんじゃ?」
「い、いや……」
数年前の、フリジットでの光景が頭を過ぎる。こんな得体の知れない場所でまた暴発なんかしたら。それこそ、どうなってしまうか想像もつかない。
そんな彼の不安を見透かしたように、美少女は笑う。
「大丈夫じゃ。わらわがお主の力をちょこっと引き出してやるだけじゃよ。元々、お主の力を封印したのは、わらわなのじゃからな」
「……封印? 呪い、ではない?」
一言一言区切るように言葉を搾り出す。どうやら彼女の話はようやっと本題へと入ったようだった。そしてそれは、ティルが探し求めていた事への答えにもなりうるのだから、彼が慎重に言葉を選んでしまうというのも当然と言えば当然だろう。
美少女は片眉を跳ね上げると一瞬訝しげな顔をした。
「呪い? 何の事か分からぬが……。わらわがお主に施したのは封印じゃよ。お主が自分の力を暴走させないように、とな。魔力を封印し、精霊族と結びつきの薄い人間へと変化させたはずなんじゃが……」
真逆、解かれているとはの。
初めて真剣な表情を浮かべ、フィリエラが呟く。
「大体お主、不思議だとは思わなんだか? 何故、イグナーダになってから魔法が使えるようになったのか。もし、お主が先程言ったように、呪いの類で変化させられたのだったとしたら、そんな便利ばな事はせんであろう?」
「――あ」
言われてみれば、そうだ。
わざわざ使えなかったはずの魔法が扱えるように、素質が備わるように呪いを掛けるような馬鹿はいない。相手の力を増幅させてしまうような呪いに一体何の意味があろう。
だとしたら。
答えは、一つ。
最初から、魔法の素質を持っていたから、使えるようになった――。
すなわちそれは、変化させられたのではなく、元に戻ったから魔法が使えるようになった、という事。
呪いを掛けられていたのは、封印されていたのは、今ではなく、人間だった頃の事。
全ては、逆だったのだ。
そう――。
そう、考えた方が、しっくりとくる。
ティルが考え込んでいる横で、フィリエラが静かに言葉を紡ぐ。
「お主は、わらわの持つ光の力と対をなす、闇の宝珠を扱えるもの。わらわが目覚める時には必ず存在しなければならない存在じゃ」
光は光だけでは光たり得ない。闇が無ければ光は輝きを見せる事が出来ないのだから。
「じゃが、お主自身が闇の力に耐え切れなければ元も子もないじゃろう? じゃから、闇の宝珠の継承者の力は、生まれてすぐに封印する事にしてきたのじゃ。こうして、わらわと直接会うまでは、わらわが力の御し方を直接教えてやるまではの」
わらわと違って、闇の力を受け継ぐ者はこの世界に普通に生を受け、普通に一生を終える。わらわがその力をすぐに封印してやらねば、生まれてすぐにバランス崩壊を起こし、その生を終える事になるじゃろう。
――他に、沢山の犠牲を巻き込んで。
少女は少しだけ苦味のこもった口調で言った。
「わらわに出来る事は、これぐらいじゃからの」
自嘲の混じったその言葉の意味を誰も知るものはいない。フィリエラはふっと気分を切り替えるように頭を振ると、じゃが、今回はちと事情が違うのじゃ、と険悪な表情を浮かべて言う。
「違う……? 事情……?」
何が何やらまだ事態がよく飲み込めていないティルには、こう反復するぐらいがやっとの事だった。そんな事より、俺の宝珠は、と問い詰めたい気分も無くは無い。
そんなティルの真意を知ってか知らずか、少女は台詞を続ける。
「どうやら、わらわの宝珠が盗まれたようなのじゃ」
「……え?」
「じゃから至急、お主の力がいる。宝珠を捜して取り返す為にはな」
「……何で?」
思わずぽろりと口から零れてしまった。案の定、フィリエラは目の端を吊り上げて声を荒げる。
「そんな事も分からんのか? 悪用されたらどうするのじゃ! わらわの宝珠は、そんじょそこらに溢れとる下賎な宝珠とは訳が違うのじゃぞ!」
「せやけど。魔法っちゅうやつは、呪文知っとらんと発動せんのとちゃうんか?」
いつものだみ声でエルゥが口を挟む。どうやら口を出すタイミングを探していた様だ。このお喋りなチェックスは、いい加減に喋りたくてうずうずしていたらしい。
「お主らの中には、宝珠の研究とやらをしておる物騒な輩もおるのじゃろう? 中途半端に魔法を解読しておる輩なんぞの手に渡ると非常に厄介なのじゃよ」
……ああ。
ティルの脳裏に蘇る光景。
「……暴発、するんだな?」
「そうじゃ。じゃから最悪、間に合わなかった時にお主の力を借りたいのじゃよ。光の力を中和するには闇の力が良い。それぐらい、簡単に分かるじゃろ?」
「まぁ、当たり前だよな。
ぽりぽりと頭を掻きながら答える。何だかばつが悪い。今までの話を考え直していたら、どうにも居心地が悪くなって来たのだ。イリーズの話を聞いた時に感じた居心地の悪さとよく似ている。
要するに。
話が大きすぎて、飲み込めないのだ。
今現在、リアルタイムで伝説上の人物とご対面している事だってまだ信じられないというのに。
「わらわの用件はそれだけじゃ。信じるも信じぬも、お主次第じゃよ」
静かに言い、このよく喋る少女はようやっと口を閉ざした。
信じるも信じないも自分次第……。
重大なような自分には関係無いようなこの話。
これだけ凝ったセッティングをされてまで担がれるような事をした覚えは無いから、多分、彼女等の話は本当なのだろう。
……多分。
ふぅっと大きく深呼吸をし、腹を括る。
「あんたに頼めば、宝珠が扱えるようになるのか?」
頭からは信じられないけれど。
賭けて、みたい。
そう、ティルは思った。
だから、口にしたのはこの台詞。
結局は、自分の正体に関わる事なのだから、自分の目的と関係無い事も無い。
それならば。
それならば、賭けてみよう。
フィリエラに任せて、闇の宝珠とやらが扱えるようになったなら、彼女等の話を信じてみよう。
それに。
これ以上、悪くなる事もあるまい。
「……記憶も全部、戻って来るのか?」
何気なく、口にした言葉。
当たり前だと、さらりと口にした台詞。
フィリエラはぴくん、と片眉を跳ね上げると、訝しげに小首を傾げ、
「……記憶じゃと? 何の話じゃ?」
と、それこそ予想だにしなかった答えを返したのだった。