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06. 壊れゆく居場所(3)。

 扉を開け放した先には、灯りひとつない暗い路が続いている。

 清君は素早い動きでその中を覗き込み、すぐに真妃を振り返った。


「蒼軌はまだきてないみたいだ。この先は暗いけど、何度も通ったからわかるよね。進んでいたら、蒼軌に必ず会うはずだから、真妃。気をつけて、行って」


 そう言って、手を取った清君に扉の先に促される。


 真っ暗闇――。

 清君と抜け出すときにはそんなことを気にしたこともなかった。むしろ、暗闇の中を歩くのはドキドキと興奮して、その先にある楽しいはずのことに胸を膨らませることができた。

 それなのに、今は見つめる先。どこまでも続く暗闇が怖い。怖くてたまらない。

 思わず真妃が振り向くと、真剣な青い瞳に見つめられていて、小さく息を呑む。

 愛しいと彼の心がまっすぐに伝わってくる。


「清君……」

「真妃、強くなるんだ。……王妃になれば、沢山の裏切りにもあう。傷つけられ、心も凍りつき、誰も信じられなくなる思いもするかもしれない。この先に続く暗闇のように、何もかも見えなくなるときがくる。それでも、君は僕の、清梁の光になって、同じように苦しむ人々を助けられるように、君らしく、強く――強くなるんだ」


 ギュッとわずかに痛みを感じるほど手を握り締められる。


「やだ、まるで……」

 そこから先は、あまりにも不吉めいていて、口にできず言葉に詰まる。

 途端、部屋の外から騒がしい声が聞こえてきた。

 ハッと清君の顔を見る。彼は一瞬、しまったというような表情をし、すぐに真妃を隠し路に押し込んだ。

 同時に扉も閉まる。


「せっ、清君っ! 清君!」


 急いで扉を叩くものの、少しも動かない。

 扉を開くには中からも外からも、清君が持つ鍵がいるからだ。


(だめっ、こんなことしててもムダだわ――!)

 状況を把握するならとにかく、外にでないと。

 即座にそう判断し、真妃は扉を叩くことをやめて、隠し路を進むことに決めた。

 真っ暗ながら、清梁に嫁ぎ、清君にこの場所を教えてもらってからずっと数え切れないくらい往復をしていた路。

 迷うことなく歩いていく。

 それでもいつもは、繋いでくれて、導いてくれる手があった。最初は暗闇に不安がっていた真妃を大丈夫だよ、と握り締めてくれる手が。


 初めて離された手。独りで歩く路。王宮。蛮族。清君の焦った姿。さっき聞いた騒がしい声。

 真妃の脳裏をぐるぐると巡り、焦燥に駆られる。

(どうか無事でありますように――。)

 無意識に手が懐にある、いつも隠し持っている清君からもらった、かんざしに触れる。

 ――清君を信じる。

 数日後には無事に儀式を終えて、わたしたちは――。


「っ、真妃!」


 暗闇の中に聞こえてきた声にハッと視線を向ける。


 走ってくる気配に目を凝らして待っていると、いつもの飄々とした雰囲気を消し去り、必死な顔つきをしている蒼軌が姿を見せた。


「蒼軌!」

「よかった、無事だったのか!」

 唐突に浴びせられた彼の言葉に、真妃の思考が止まる。

「――え?」

「清英は? 一緒じゃないのか?! まさかまだ王宮に留まってるんじゃ――真妃?」


 ――なにを言ってるの?


「……王宮はどうなってるの」

 真っ白な頭の中から、ようやくその言葉だけを紡ぎだす。

 見上げた蒼軌の瞳が驚きに丸くなる。


「蛮族がどこからか侵入していたらしい。火の手がたくさん――ああ、そうか」


 急に納得したように彼は真妃を見つめた。

 じっと見つめてくる碧の目には青褪めた真妃の顔が映っている。彼女がたどり着いた答えが蒼軌にもわかったはずだ。それが清君の真意だと――。


「っ!」

「真妃っ!」

 咄嗟に踵を返し、走り出そうとした真妃の肩を蒼軌が掴む。

「離してっ!」

「どこにいくつもりだっ!」

「――どこって、清君のところに決まってるでしょ! 王宮に戻るのっ!」

 蒼軌の手を振り払おうとして、逆に強い力で二の腕を掴まれた。そのまま力任せに、振り向かされる。


「蒼軌っ!」


「落ち着けよ! いまあっちに戻ったところで隠し扉が開くわけでもないだろ!」


 鋭い指摘にハッと息を呑む。

 そうだった。どんなに叩いても扉は開かなかった。


「来い。とりあえず、外に出るぞ!」

 落ち着いた真妃を一瞥して掴んでいた腕をはずすと、蒼軌が手を握ってくる。彼が促すまま、歩き出すしかなかった。

 暗闇の中、先を歩く蒼軌の速度が上がり、次第に早足になる。ついていくだけで精一杯だったが、真妃は必死に足を動かす。

「……くそ、あの馬鹿! 何もかもわかってたくせに、こういう役回りさせやがって!」

 憤りに任せて愚痴る蒼軌の言葉に、真妃は眉を顰める。

「どういうこと?」

 聞かせるつもりじゃなかったのか、彼は押し黙った。

 そのまま無言で歩いていこうとする蒼軌の手を握り、彼の名を鋭く呼んだ。

 やがて、諦めたように息をついて、話してくれる。


「俺を此処にこさせたのは師匠だ」

「えっ?」

「っても、清英が師匠に言伝してたんだよ。もし王宮に火の手があがる様子が見えたら、この時間に此処にくるようにってな。嫌な予感はしてたんだが、あいつの頼みごとはどんなことであれ叶えてやるって」


 ――今度、僕が頼みごとをしたらなんでもいくつでも丸ごと聞いてくれるって約束してくれたから、なかったことにしてあげたよ。


 そう清君が言っていたのは記憶に新しい。

(まさか、清君は予感してたってこと?)

 蛮族に攻められること。

 そうして真妃をこの隠し路からひとり逃すことも、まるであらかじめ、決めていたみたいだ。


 真妃の背中に嫌な汗が流れていく。

 周囲の暗闇が今にも彼女たちに飛び掛りそうな気さえしてくる。


「清君は……」

 なにを言おうとしたのか自分でもわからないまま口を開いていた真妃はふと、視線の先に明かりがあることに気づいた。

「出口だっ、真妃。とりあえず俺から離れるなよ!」

 蒼軌に返事をする代わりに、繋いでいる手をぎゅっと握る。

 出入り口になっている場所が明るいのは、きっと月明かりのせいだ。今夜の月は大きく丸く、暗闇に輝いていた。

 きっと、だから――。


 暗闇を抜け出して、見上げた先。

 王宮を包み込むようにあちこちから燃え上がっている炎を前に、真妃も蒼軌も呆然と立ち尽くしていることしかできなかった。





「清英さま! 奥宮殿の門ももうすぐ打ち破られます!」


 真妃を逃がした扉をしばらくじっと見つめていた清英はひとりの近衛兵が入ってくるのに気づいて、我に返った。

 彼女の前では鞘に入れたままにしておいた剣を抜く。

 すでに幾十人とも切って捨てた刃は赤黒い染みがこびりつき、ボロボロになっている。

 それに苦笑して、彼は柄をギュッと握った。


「かまわない。真妃を逃がす時間だけ稼いでくれただけでも、上々だよ」


 彼らが門を必死で護ってくれたから、真妃を誤魔化し、隠し路に逃がすことができた。

(彼女が生きていればいい――。)


「ですが、もう王も王妃も執務室にて追い詰められ、共に自害されました。逃げ道はありません。せめて、清英さまだけでも真妃さまと一緒に――!」

「駄目だ。此処で真妃といたら、僕は彼女の足枷になってしまう」

 清梁王族が、清英自身が彼女の足枷になるなど、できるわけがない。重荷になることなど、けして。

 清英の決意は揺らぐことなく、ひとつだ。


「僕が囮になるから、君たちは生きているものを連れ、できるかぎり逃げろっ!」


「そんなことできませんっ!」


 焦燥を浮かべた近衛兵は、清英の言葉にぐっと歯を噛み締め、首を振る。

 護るべき王子を囮に自分たちが逃げるなど、できるわけがない。この王宮を守れなかったのは、自分たちのせいでもある。


「蛮族は王宮を攻め終えたら、恐らく街まで手を出すだろう。君たちには此処から生きて抜け出し、少しでも民を守ってほしいんだ!」

 本来それをするべき、王族ができなかった贖いに。少しでも――。

 清英の真剣な眼差しから、彼の思いに気づいたのか、近衛兵は苦しみに眉を顰めながらも、うなずいた。


 以前から王宮勤めをする者たちや上層部には、清梁王族の覚悟を話してある。そこから清英がどんな決断をするのかは容易くわかるはずだ。

 清英と真妃を見守ってきた彼らならなおさら。

 ただ、だれもがその優しい時間が永遠に続くものだと信じ、願っていただけで。いざというときの決断を、みんなわかっている。


「僕にはやらなければならないことがある。さっ、行こう!」


 近衛兵がうなずいたことを確認して、清英は彼の肩を軽く叩き、通り過ぎた。


 一度自分の部屋に戻り、ベッドの上に置きっぱなしにしていた上衣を手に取る。

 真妃の心がこもった刺繍をひと撫でし、彼はおもむろに、羽織った。腕を通し、しっかりと着込む。

 小手と胸当てをつけているために今はわからないがそれがなかったらきっと、着心地がよかったに違いない。

 もっとも、真妃の心に包まれていると思えば、清英の弱くなりそうな気持ちを奮い立たせてくれる。


 ――暗闇の中で、白い上衣はさぞかし目立つだろう。


 清英は強い決意を持って、王宮のなかで最も高い位置にある塔の屋上を目指し、走り出した。


 そこは、隠し路の出入り口になっている処からも、見える場所だから。



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