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13. 伝承(1)。

「私の生まれ故郷は、この村なの。そうして彼女――神依さまは私の祖母の叔母上様よ」

「――てことは何歳だ?」

「それはいくら蒼き守神さまでも失礼じゃよ。妙齢の女性に年齢を聞くなど」

 妙齢……より、老齢の間違いだろ、と蒼軌の呟きは華麗にスルーしながら、おばあさんは手を動かして、すり鉢のなかにお湯を注いでいく。それを匙でかき混ぜて、敷布に上半身だけ起こしている母に渡した。


「それは知らなかったわ。だからってお母様はどうして此処にいるの? お城は? お父様やお兄様は? それにお母様のその姿――」


 すっかりやせ細って、まるで骨と皮しかないみたい。


 城にいた頃の母はとても身綺麗にしていて、柔らかな色の服を身に着け、王妃の冠と派手ではないけれど華やかな宝石に飾られながらもその美貌は劣ることなく、スっとした立ち姿は一輪の可憐な花のようだと周囲に褒め称えられていた。美しく権威を持ちながらも傲る様子なく、常に夫である王の陰で支え、その優しさで民衆に愛される母は幼い頃から自慢で、真妃のこともとても慈しんでくれていた。


 今は黒髪を無造作に後ろでひとつにまとめ――それだって傷んでいるのがわかる――身につけているものにしても、とても国の王妃が着るものではなく、着回しているのがわかるほど、あちこち薄汚れて、シミもつき、細部にいたっては破れているところもある。


 これじゃあ、本当に――。


「……聞いたの。真国が滅びたって」

 ぐっと母の眉根が寄り、眉間に皺ができる。引き結ばれた唇はなにかしら、感情を堪えようとしているように見えた。

「お母様!」

「滅びたというのは大げさすぎるわ……」

 両手で顔を覆い、緩く首を振って悲痛な声をこぼす。

「……王と王子は殺されたの」

「――っ!」

 残虐な仕打ちだった。

 不意に姿を現した蛮族に囲まれて、その王に剣で首を打ち落とされた。

「寸前に叔母上様が黄麒を寄越してくれて、わたくしだけ――逃げ惑う侍女たちに紛れて逃げることができたのよ」

 わたくしだけ、吐き捨てるように口にした言葉は絶望が滲んでいた。


 その気持ちはわかる。同じように清梁でも、わたしだけ――。


「それでも、わたくしには使命があったわ。だから後を追うことができなかった。生き残って、真妃、おまえに伝えなければならなかったの」


 お椀の中身を飲み干した母はそれを床に置くと、真妃の手を取った。

 伝わってくる温もりにこみ上げてきそうになる気持ちを呑み込んで、まっすぐ見つめてくる瞳を見返す。「長い話になるわ」と母は続けた。


「もともとこの大陸は一つのとても広大な国だった」

 だれもがその国の頂点に立つために、戦をし、昇り詰め、裏切りに合い、再び争いを繰り返し――やがて住む民の疲弊が増し、すべての者が飢えて病が流行、国そのものが滅びの道を辿っていたの。

「そこに現れたのが、わしらの祖となる、神依様じゃ。祖は民に告げた。神より授かりし、神子姫様。神子姫様を護りし四神獣ししんじゅうがこの大陸を救うだろう、と」

「そうして、神子姫様と四神獣は大陸から争いを失くして、姿を消したって、それはこの大陸に住む者たちならだれでも知ってるお話よ」


 母とおばあさんの話を続ける。


 幼い頃は母、清梁に嫁いでからは清君と読んだ本。描かれていた神依が怖かったことが印象に残ってる。物語としては、ひとりの神子様。彼女を護る四神獣の格好いい姿に憧れた。

 そういえば真国の両親も清梁の両親も本に書いてある話は史実だと言っていた。


「そう、姿を消したってところまではね。この話には続きがあるの」


 神子姫様は四神獣の一神と恋に落ちていた。やがて子を身ごもったけれど、もう一神。神子姫様を愛する者がいた。その神は神子姫様を裏切り、神子姫様の愛する神を殺そうとしたの。神子姫様は子どもを親しい者に託して、裏切った神と対峙した。その神は自分のものにならないなら、と神子姫様を殺そうとしたの。神子姫様は自分の命と引き替えにその神を滅ぼそうとしたけれど、代わりに愛する神が自らの命をかけて、その神を封印したわ。

 その後、神子姫様は信頼する者に子を預け、ほんとうに姿を消してしまった。

 残る神獣、朱雀さま、白虎さまは神子姫様の子を護るために各地を治めることにした。朱雀さまは紅州、白虎さまは岩壁の礎となったの。


「じゃあ、神子姫様と恋に落ちたのは青龍さま?」

「ええ、でも青龍さまはさっき言ったけど、封印のために力つき果てたから、彼の側近が清梁を。そうして、神子姫様の子を託された者が真国を作り上げたのよ」


 ――知らなかった。

 この大陸の各国の礎がほんとうに伝承から成り立っていたなんて。


 驚きながら、ふと引っかかりを覚えて再び母を見つめる。


「でも待って。じゃあ、裏切ったのは――麒麟? けど、伝承には」

「違うわ。四神獣は本来、朱雀、白虎、青龍。そうして、玄武よ」

「麒麟はのぉ、四神獣とはまた違って、神子姫様の乗りものというか、まぁ、ひとで言うなら馬みたいなものじゃった。もちろん、神子姫様への忠誠心は計り知れなかったらしいが、だからこそ玄武が裏切り史実から消えたとき、だれかが代わりに麒麟を四神獣にくわえたのじゃろうて」

 母の言葉に加えるようにおばあさんが自らの額を杖先でぽりぽりとかきながら言う。

 額面通りに受け取っていた史実にこんな裏話があるなんて思いもしなかった。

「それで、その伝承と今回の件とどんな繋がりがある?」

 割り込んできた声に視線を向けると、強張った表情を浮かべた蒼軌の碧い瞳がまっすぐ母に向けられていた。

「……まだ確証はないわ。ただ、真国と清梁の王族の間では玄武の封印が解かれたという話をしていたの。それが大国と関係していると」


 ――ぞくり。

 背筋に悪寒が走る。

 一瞬だけ交わったあの男の赤く血に染まった瞳が浮かぶ。歪んだ瞳は執着するようなねっとりとした光を浮かべていた。


 『見つけた』


 あのとき、男の唇は確かにそう刻んでいて。


「華妃」

 それまでとは違う、強い響きで名を呼ばれる。

「わかるわね、あなたが神子姫様の生まれ変わりなの」

「――――っ!」

 そんなバカなこと!

 咄嗟に思った言葉は声にならなかった。


 見つめてくる母の瞳は真剣で――とても冗談や嘘を口にしているようには思えない。

 それでも。――それでも。


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