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私が紡いだ最後の言葉

作者: 黒澤咲月
掲載日:2026/01/11

私が紡いだ最後の言葉


《text1:》

《first memory.》

生まれて初めて車椅子に乗った。

私は、また失敗した。

その結果、両足が使い物にならなくなった。

言葉を失おうが、歩けなくなろうが、

私は変わらずひとりだった。

それでも、不思議と心持ちは穏やかだった。

車椅子を押しながら廊下を進んでいると、

子供たちの笑い声が響いてきた。

耳を澄まして聞いていると、

同級生と思われる子たちが、

泣いている少女をあの手この手で励ましていた。

今日という日を懸命に生きる彼らを見て、

私も少しだけ元気をもらった。

一階の広間では、車椅子の老人たちが、

窓越しに夜空を見上げながら談笑していた。

私も、彼らのように夜空を見上げた。

視線の先には、孤高に輝く満月があった。

満月を前に、私は声を殺して泣いた。

満月の、あまりの美しさに感動したのかもしれない。

本当の理由はわからない。

それでも、涙は次から次へと溢れてきた。

すると、隣にいたお爺さんが心配そうに声をかけてきた。

お爺さんに視線を向けると、見覚えのある顔があった。

私は、彼をよく知っていた。

懐かしかった。

もう会えないと思っていた。

お爺さんの顔を見た私は、また泣いてしまった。

お爺さんは、私の背中を優しくさすってくれた。

私は、彼に謝りたかった。

あの日に伝えられなかった想いを伝えようとした。

けど、苦しくなって言葉が出てこなかった。

周りの冷ややかな視線が痛かった。

それでも、お爺さんだけが優しく笑っていた。

私は、お爺さんに触れようと手を伸ばしたが、

瞬きをした次の瞬間、

お爺さんは跡形もなく消えていた。


《text2/》

《Creation&》

私は、久しぶりにペンを執った。

この日は、清々しい程によく晴れていた。

書いてみようと思ったのも、

なにかに触発された訳ではなく、

本当に、ただの気まぐれだ。

元々、デジタル派なのだが、

今はパソコンがないので、

お気に入りのシャーペンでノートに書いていく。

私が今書いているのは、

前に絵本にしようと思っていた物語だ。

タイトルは、“ディアナの約束”。

魔法の世界が舞台のファンタジーで、

人の心の声を聞くことができる不思議な力を持つ少女が、

街を旅しながら色んな大人と出会い、

色んな優しさを知っていくという話。

どこまでも優しくて、どこまでも温かい、

そんな話を書いてみた。

悲しくも悪夢無き人生。

悲しき別れはあれど、誰もが幸福で、

満たされていて、誰も傷つかない世界。

そういう世界を書きたかった。

いや、そんな世界で生きたかった。

この物語の世界観は、まさに理想そのものだった。

現実は、思っていたよりも残酷で、

それを知った私は、痛くて、苦しくて、

希死念慮と涙が止まらなかった。

そんな事を考えながら、ようやく一つ書き終えた。

掛け時計を見ると、深夜零時を回っていた。

私は、あくびをしながら、

サイドテーブルの上にペンとノートを置く。

気を緩めたら、なんだか少し眠たくなってきた。

最近は、悪夢ばかりだったから、

今日こそは、心安らぐ夢を見たい。


《text3_》

《dream≠》

その晩、奇妙な夢を見た。

私は、ふかふかのベッドの上にいて、

目の前には紅い天井があった。

ゆっくり起き上がると、ベッドの傍で白髪の女が、

両手を前で組みながら無表情で立っていた。

女はまるで、白馬を擬人化したような風貌をしていた。

私は、女に連れられて医務室のような場所に入った。

医務室には、白衣姿の獣人がいた。

獣人は、近くの丸椅子に腰掛けた私へ、

黒のバインダーに挟んだ用紙を差し出した。

私はそれを受け取り、用紙と一緒にもらった赤色のボールペンを握った。

用紙には“心の問診票”と手書きで書かれていた。

私は、用紙に書かれた項目を一つずつ埋めて行った。

項目は全部で十三個あった。

“質問一、生きててよかったですか?

質問二、後悔や未練はまだありますか?

質問三、それでも幸福だったと思えますか?

質問四、復讐したい相手はいますか?

質問五、もう一度自分をやり直したいですか?

質問六、やり残したことはありますか?

質問七、忘れたい記憶はありますか?

質問八、過去をどこまで覚えていますか?

質問九、忘れたくない想い出はありますか?

質問十、生まれ変わりたいですか?

質問十一、心から幸せになって欲しい人はいますか?

質問十二、これから欲しいものやしたいことはありますか?

質問十三、誰にも言えずに抱えてきた苦しみはありますか?”

私は、素早く問診票を書き終えると、

バインダーごと白衣の獣人に返した。

獣人は、私の記入した回答に軽く目を通した後、

問診票をデスクの上に置いた。

思い出したことがあれば、またここへ来るといい。

嬉しかったことでも、苦しかったことでも、

些細な愚痴でも、どんな悩みでもいいから話して欲しい。

いつでも君を歓迎する。

獣人は、安心するような落ち着いた声でそう言った。

診察を終えた私は、医務室を出て、

扉の前で待機していた白髪の女と共に、

再び長い廊下を歩き出した。

次に私たちが向かったのは、緑豊かな植物園のような場所だった。

白髪の女は、用事があると言って園内には入らず、

どこかへ行ってしまった。

仕方がないので、私は一人で園内を回ることにした。

奥へ進むと、色とりどりの花に水やりをしている庭師に遭遇した。

それは、フランス人形のように青く美しい瞳をしていた。

紅いドレスに身を包んだ庭師は、

私に気づくと、水やりの手を止めて、

着いてこいと目配せをして、さらに奥へと引っ込んでいった。

庭師を追いかけていくと、

その先に、アンティーク風の上品なテーブルがあった。

私は、庭師と向かい合わせに席に着いた。

テーブルには、ケーキスタンドに乗せられた洋菓子と、

おしゃれなティーカップが置いてあった。

庭師は、透明のポットで私のカップに紅茶を入れてくれた。

紅茶は、クッキーのような甘い香りがしてとても甘かった。

近くで、小鳥たちが楽しそうに鳴いていた。

しばらく鳥たちの囀りに耳を傾けていると、

ティーカップを置いた庭師は、落ち着いた声で言った。

あなたの考えていることは言わなくてもわかる。

因果応報なんてどうでもいいわ。

自分を傷つけた奴の末路なんて考えなくていい。

他人は他人、自分は自分。

他人の不幸より、自分の幸せに目を向けるべきよ。

許すんじゃなくて、ただ忘れなさい。

その一言で、私は心が軽くなった。

涙の代わりに頬が緩んだ。

ここには、私を傷つけるものが何一つなかった。

それが、とても嬉しかった。

庭師に別れを告げ、次に私が向かったのは、

二階建ての大きな図書館だった。

図書館には、丸いメガネをかけた白猫がいた。

カウンターの上に座り、優しい声で話しかけてきた。

見せたいものがあると言われ着いていくと、

そこは、白い本棚が横並びになっている小部屋だった。

本棚には、どれも見覚えのある多種多様な本が陳列してあった。

心をくすぐる絵本から哲学書まで全てあった。

その中には、私が肌身離さず持ち歩き、

擦り切れるまで愛読していた小説も置いてあった。

私は、一番目立つ赤い本を手に取った。

恐る恐るページを捲ると、

そこには、笑顔を向ける幼い子供の写真があった。

その子供は、私自身だった。

世間知らずで、楽観的で、愛されていた頃の私だった。

どんなに苦しくても、失うものは何もなかった。

恐れるものはあっても、壊れることはないと信じていた。

私は、そういう子供だった。

私は、苦しくなってその場にしゃがみ込んだ。

白猫は、お疲れ様と言いながら優しく頭を撫でてくれた。

その一言で、自然と涙が溢れた。

嬉しかったことも、悲しかったことも、

痛みも、憎しみも、全部思い出した。

それから、手で顔を覆い、

子供のように情けない声で泣き続けた。

私は、気づいてしまった。

今でも、あの頃に戻りたいと願う自分がいることを。


《…?》

《answer*》

約束の日が来てしまった。

私の目の前には、笑顔が素敵な少女がいた。

少女の手には、百合の花が握られていた。

百合は、私が一番好きな花だった。

少女は、私に百合の花をくれた。

それは、迎えの合図だった。

私は、百合の花を膝に置き、

ゆっくりと目を閉じた。

その瞬間、これまで積み上げてきた記録が、

一気に頭の中を駆け巡る。

忘れようとしていた罪が、忘れていた日々が、

嫌というほど鮮明に流れ込んでくる。

そして、硝子の破片を一つひとつ拾い上げていくように、ゆっくりと時間を掛けて思い返した。

結局、誰も幸せにできなかったし、

いつも誰かを傷つけてばかりだった。

そんなんだから、

大人になっても弱いままだった。

今まで紡いだ言葉も、心を込めて描いた絵も、

殆ど見向きもされなかった。

最後まで、何も残せなかった。

それでも私は頑張った。

頑張って、頑張って、頑張りすぎて、

頑張れなくなるくらい頑張ってきた。

それで、気づけば直せないほど壊れていた。

少なくとも、自分ではそう思った。

あぁ、ようやくか。

私の役目は、これで終わったのだ。

来世はいらない。

人生は、この一度きりでいい。

もう何者にもなりたくない。

ただ、空っぽになりたい。

もう二度と、苦しみたくない。

未練も苦痛も怨恨も全て消し去って、

ここへ来る前の、

意識すらなかった場所に帰りたい。

私が私でなかった頃に戻りたい。

それが、最後の願い。












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