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リコール・ウィッチ  作者: 本多むらさき
第一章 『回収の魔女』
7/11

07.パラディンと魔法使いと浮遊の魔法①

<セリナサイド>

 月明かりに照らされ、セリナを乗せた馬が駆け抜ける。

 兄と仲間は結界に阻まれ、家族や村人にも危機が迫っていた。


 セリナは幼い頃から馬が苦手だった。餌をあげようとして指を噛まれ、それ以来、世話を遠ざけてきたからだ。だが兄の馬を引き取ったとき、驚いたことに体は自然と操り方を覚えていた。


 隣国ヴァルディアへは、これまで幾度も足を運んだ。父が治めるバステア領は古くからヴァルディアと協力関係を結んでおり、兄エリックが近衛兵を務めているのも、その結びつきの一環であり、同時に彼の社会経験のためでもあった。


 領主邸を思い浮かべながら馬に揺られること数時間。やがて丘を越えた先に、ヴァルディア王国の城塞が姿を現した。

 城下町へと続く石橋を駆け抜けると、蹄が石を打つ乾いた音が夜に響いた。


「こんな夜更けに、何の用だ?」と門兵が訝しげに声をかける。

「私はバステア領主の娘、セリナ=バステアです。すぐに国王に謁見できますか?」


 あまりに唐突。無茶だとセリナ自身も理解していたが、事態は一刻を争うため、迷う余地はなかった。


「バステアの……謁見など、できるわけがない。少なくとも日が昇るまで待て」

「お願いします。父と母、村の人々にも危険が迫っています。兄も……」

「兄? ――エリックのことか?」

「兄をご存じなのですか。兄は結界の中に入っていって……」

「エリック……そういえば今夜は姿を見ていないな」


 門兵は顎に手を当て、セリナをじっと見つめたのち、きっぱりと告げた。

「国王に謁見はできん」


 セリナが肩を落とすと、男は少し間を置いてから声を和らげる。

「……だが、話くらいなら聞こう。今夜は冷える。立ち話もなんだろう」


 その思いがけない言葉に、セリナの胸の奥に熱いものがこみ上げた。



 ヴァルディアの近衛兵師団は、思いのほかセリナを温かく迎え入れてくれた。

 常識的に考えれば、夜中に突然現れて「国王に謁見を」と言い出すのは、不審以外の何ものでもないだろう。


 差し出された湯気立つ茶を口に含むと、その温もりが焦りを和らげていった。


 セリナは数時間前、バステア邸で起きた出来事を順序立てて語った。突如発生した魔法、兄と仲間が結界に閉じ込められたこと、そして家族や村人に迫る危機を――。


 近衛の兵士は最後まで黙って聞き、やがてセリナの瞳をじっと見据えたまま一拍置いた。

「……嘘を言っているようには見えない。それが事実なら、すぐに動かねばならん」


 その言葉に、セリナの胸の奥に安堵が広がった。

「信じてくださって……ありがとうございます」


「だが近衛兵師団が直接動くことはできない。われらは王の護りが務めだ。だが――代わりに王都を守護するヴァルディア騎士団へ取り次ごう。彼らとはバステアとも合同演習を行っている。お前の家にとっても心強いはずだ」


 セリナは強くうなずいた。

 不安はまだ消えない。だが確かに、救いへとつながる道が見えた。


 ――そして、ほどなくして動いたのは、騎士団の中でも精鋭と謳われる“聖騎士師団”だった。

 白銀の甲冑に身を包んだ上位騎士カルヴィンが、夜を裂くように馬を駆り、城門前にその威容を現した。


「セリナお嬢様……立派に大きくなられて」

「カルヴィン!?」


 聖騎士(パラディン)カルヴィン――かつてバステアが豪雨災害に見舞われた折、真っ先に駆けつけた人物。

 その働きぶりから「彼が動けば国が動く」とまで囁かれ、バステア家とも古くから面識のある騎士であった。


「すぐに増援部隊を編成します。どうかご安心を」


 カルヴィンの号令一下、騎士団が一斉に動き出す。

 武具が整えられ、馬が引き出され、補給の荷が積み込まれていく。夜の空気が緊張に満ち、軍靴の響きが城門前を震わせた。


 事態は確かに前へ進んでいる。だがセリナの胸は締め付けられるようで、焦りは消えなかった。

「カルヴィン……どれくらいで出発できるの?」


 押し殺したつもりの不安は、声ににじみ出ていた。カルヴィンは真剣な眼差しで彼女を見つめ、静かに答える。

「準備は念入りにせねばなりません。相手が魔法を使うとなると、魔法騎士の力も必要になるでしょう」


 ――最も現実的で、誰もが同じ答えを口にするであろう言葉だった。

 

「騒がしいわね。こんな夜中に遠征任務かしら?」


 その時、長身の女性が姿を現す。セミロングの髪が風に揺れ、猫を思わせる鋭い眼光がセリナを射抜いた。


「これはこれは、リーヴェル殿。いえ、近隣の領で少々ありまして……」

 カルヴィンはわざと詳細を濁す。だが、リーヴェルと呼ばれた女性はセリナから目を逸らさずに言った。


「その子は? まるで舞踏会から逃げてきたお姫様みたいね」


 視線を周囲へ流し、兵の慌ただしい様子を一瞥すると、彼女の口元に小さな笑みが浮かんだ。


「なるほど……魔法使いが関わっているのね?」

「!」セリナが息をのむ。


「近隣の領といえばバステア領。あそこはノンマギア信仰が強い代わりに、剣技は折り紙付き。ただの賊なら瞬く間に鎮圧できるはず。でも――ヴァルディアの騎士団まで動くとなれば話は別。相手は、誰も知識を持たない“魔法”……違う?」


 鋭い推論に、セリナは言葉を失った。

「……すごい」


 思わず漏らした声に、リーヴェルは不敵に笑みを深めた。

「魔法使いに対抗するなら、魔法使いが必要じゃない?」


 その自信満々の一言に、セリナは思わず顔を上げ、信頼を覚える。

 しかしカルヴィンは眉をひそめ、頭を抱えた。

「……この者のことは、あまり信用しないように」


 そっと耳打ちした後、カルヴィンは騎士団の準備に戻るのを見届けると、セリナはリーヴェルに状況の説明を始めた。

「なるほど……まるで厚い雲のようなものね。たしかに、結界魔法。しかも、200番台の強力なもの」

「200!?」


 セリナが思わず声を上げると、リーヴェルは軽く首をかしげた。

「ノンマギアの割には、番号の意味が理解できるのね」


 アーシャやギルドのことを口に出しそうになるが、カルヴィンの耳打ちが頭をよぎり、セリナは小さく息をつきながら口をつぐむ。

「本で……読んだことがあって」

「……そう。で、魔法使いの力が必要なのかしら?」


 リーヴェルの言葉は理にかなっていた。相手が魔法使いなら、同等かそれ以上の対抗手段が必要だ。

「お願い……します」


 セリナの了承に、リーヴェルは口角を上げて答えた。

「本来なら、魔法院を通した正式な依頼をいただき、料金プランから適切なものをご提案するのだけれど——」


 突然の“商売っ気”に、セリナの眉がわずかにひそむ。

「今回はヴァルディア王国への営業活動の一環として、安くしておくわね」


 そう言うと、リーヴェルはセリナの手を軽く取り、城門前からバステアの方角を確かめた。

「お嬢さんのバステアは、あっちよね」


 首元の箒型ペンダントに手を触れると、柔らかな光が淡く周囲を照らし、箒はみるみる膨れ上がって背丈ほどの大きさになった。

「私は魔法使いですもの。馬になんて乗ってられません。バステアへ飛んでいきましょう?」


 セリナは息をのむ。目の前に広がる巨大な箒にどうやって乗るのか、思わず体が硬直する。

 リーヴェルはにやりと笑みを浮かべ、手を差し伸べた。セリナがその手を握ると、自然と箒の上に導かれる。


 箒にまたがると、リーヴェルは深く呼吸を整え、箒を握る手に力を込めた。

「No.6《フリーゲン》」


 光が箒を包み込み、周囲の空気を裂くように風が吹き抜けた。夜空を切り裂き、二人は一気にバステアの方角へ飛び立つ。

【リコール・ウィッチをさらに楽しむための情報】

バステア領は10年前、大雨によって多大な被害を被ったが、隣国のヴェルディアが長期的な復興支援を行った。

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