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リコール・ウィッチ  作者: 本多むらさき
第一章 『回収の魔女』
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05.宴と兄と開錠の魔法①

セリナ、帰還——

 暖炉の火が赤く揺れる大広間で、セリナの家族や使用人、近所の村人たちが笑い声を響かせていた。

 グラスがぶつかる音、踊る足音、子供たちの歓声——すべてが混ざり合い、今夜は無礼講だと誰もがはしゃいでいる。


「セリナ、もっとこっちへ来い!」父が笑顔で手招きする。

「奥様、お酒はほどほどに!」と使用人が慌てながらも微笑む。


「せっかくのパーティなのに、君はこんな隅でいいのか」


 バルコニーで夜景を眺めるアーシャに長身の男が近づき声をかけた。

 編み込んだ赤毛が風に揺れる。


「どうも、騒ぐのは苦手でね」


 手すりの縁を指でなぞりながら、アーシャは眼下に目を降ろす。


「バステア家の長男、エリックだ。セリナが連れてきた友人とは君だな」

「……アーシャ。覚えなくていいよ」


 数時間前、実家に帰還したセリナとアーシャは熱烈な歓迎を受けていた。

 母は涙を流し、父は声を詰まらせ、兄は王都から急行した。父が「今日は帰還記念日だ」と言い、屋敷や近所の村人も招いて盛大なパーティが始まったのだった。

 エリックは遠くを見つめ、言葉を選ぶように口を開く。


「まさかあいつに友達ができるとはな。やはり、外に出るのは……教育上、良いことらしい」

「割と図々しいし、たくさん友達できそうだけど」


 アーシャの返答に、エリックは思わず口元を吊り上げる。


「どうだろう。あの子は徹底的に箱入り娘だったから」

「ノンマギアなのも関係あるの?」

「そのことをどこで?」

「本人の話から、なんとなくね」

「なるほど。そういう君は……アルテミアなのか?」

「魔法とは縁があるけど、ノンマギアだよ」

「そうか……これは兄貴として、妹のための頼みなのだが……」

 

 エリックが視線を落とし、ため息をつくように言った。

 

「なに?」

「ここで旅ごっこはおしまいにしてくれないか?」


 突然の提案に、アーシャは目を細める。


「それは私が決めること? 大切なのはセリナの気持ちじゃないの」

「あの子の気持ちは関係ない。君が突き放してくれれば済む話さ。もちろん、礼はするよ」

「外に出ると知らなくていいことも知ってしまうからね。家に縛り付けておくのは良い判断だと思う。でも残念だね。もううちのリーダーだから」

「……そうか。それは残念だ。安心したまえ、冗談だ」


 そう言い残すとエリックは大広間へ歩き出す。入れ違いでセリナがアーシャの元へ駆け寄った。


「お兄となに話してたの? アーシャもこっち来なさいよ」

「私は見てるだけでいいよ。久しぶりの家族団らんなんだから、この時間を大切にした方がいい」

「……それもそうね。後でアーシャに渡したいものがあるから、時間頂戴ね」

「え? う、うん」


 思いもよらない約束は、アーシャの顔をほんのり赤らめた。

 夜風が頬をかすめ、少し冷たくも心地よかった。


 *

 

 盛り上がりも数時間。日付が変わる頃にはバステア邸もすっかり静けさを取り戻していた。

 セリナはアーシャを連れ、こっそり裏口から屋敷を抜け出し、湖の見える雑木林へと案内していた。


「どこに連れていく気? 私、なにかされるの?」

「バカなこと言ってないで、ついてきなさい」


 セリナはアーシャの小さな手をそっと引き、湖のほとりへと歩みを進めた。

 周囲をきょろきょろ見回すと、木陰に隠してあった麻袋を取り上げ、中を探り始める。


「何、それ」

「さっき家の人に頼んで隠しておいてもらったの。これ、あんたに渡したくて」


 そう言ってセリナが取り出したのは、装飾の施された一本の弓だった。目立った傷もなく、大切に扱われていたことがわかる。


「それ……変な儀式用とかじゃないよね。使ったら呪われるとか」

「あるわけないでしょ! 元々は狩猟の練習用よ。お父さんからもらったんだけど、私には才能がなかったみたいで」

「使っていいの? 壊しちゃうかもしれないよ」

「いいのよ。あんたの“何かしたい”って気持ちに応えたいだけ」


 アーシャはセリナから弓を受け取り、指でその曲線をなぞった。


「いい弓だね。師匠の手作りとは全然違う」

「有名な職人のオーダーメイド品らしいわ。矢もあるから、ちょっと試してみてよ」


 突然の提案ではあったが、アーシャ自身、手にした瞬間から使ってみたい気持ちが抑えきれなかった。

 麻袋から矢を一本抜き、弦にあてがって湖の対岸を見据える。そこには練習用の的が立てかけられていた。


 狙いを定め――放つ。

 矢は弧を描きながら飛び、的を射抜いた。だが、中心からは数センチ外れていた。


「ちょっと調整すれば、実戦でも使えると思う」

「うん。じゃあ、本格的に後衛は任せられるわね。オデッセイの活動も順調に進みそう」

「放浪の旅、だけどね」


 セリナは麻袋から矢筒とベルトを取り出すと、アーシャの正面に立って優しく装着していく。

「これで、よしっと」

 弓矢を身にまとったアーシャは小柄ゆえ少しアンバランスに見えたが、セリナは「似合ってる」と肩を軽く叩いた。


 その時、枝葉を踏みしめる音とともに低い声が響いた。

「……それは、おまえが父上から貰った弓だろう」


 雑木林から現れたのはエリックだった。セリナは肩をすくめてみせる。

「なんでこんなとこにいるわけ? いいのよ、私に弓の才能はなかったでしょ」

「有効活用されるなら構わんさ。どうせ箪笥の肥やしになるだけだ」


 セリナが「言えてる」と頬を緩めると、エリックもわずかに笑った。

 ただその瞳には、妹をまだ手放せない揺らぎが残っていた。


「そういえば、お兄が今ここにいるのおかしくない? ヴァルディアの近衛兵になったんじゃなかった?」

 セリナが首をかしげると、エリックは少し気まずそうに鼻の付け根を押さえた。


「お前が帰ってきたと聞いて……無理を言って馬で飛んできたんだ」

「わざわざどうも。私たち、引き留められないように朝方には出るわよ?」


 皆まで言うなとばかりに、エリックは右手をひらひらと振ってはにかんだ。

「俺もすぐに戻るさ。……久しぶりに顔を見れてよかった」


 そう言って、大きな手でセリナの頭をポンと撫でる。子供の頃と同じ仕草に、セリナは思わず目を細めた。

 温もりが残るうちに、エリックはゆっくりと踵を返す。


「アーシャ、妹を頼んだぞ」


 広い背中を見送り、二人も屋敷に戻ろうと目を合わせた瞬間、それは起こった。

 屋敷を中心に、地鳴りのような低い音とともに黒煙が噴き出し、月明かりを瞬く間に呑み込んでいく。


「これは……魔法?」

 アーシャがいち早く異変に気付き、弓へと手を伸ばした。


 少し先を歩いていたエリックが駆け戻り、セリナを強く突き飛ばす。

「セリナ、逃げろ! これは――結界魔法だ!」


 黒煙は濃さを増し、瞬く間に壁のように立ちふさがり、三人を分断した。

 セリナは目を凝らし、必死に兄の姿を探す。


「これ……煙が壁みたいになってる!」

 手を伸ばしたセリナは、見えない壁に阻まれ、それ以上近づけない。


「結界魔法だ。しかし……屋敷から発生している。セリナ、このことをヴァルディア王国に伝えてくれ! 領が危ない!」

 目の前に立つエリックは声のトーンを落としながらセリナの目を見て伝える。

 

「魔法……アーシャ、これ回収できないの?」

 魔法と聞き、セリナは真っ先にアーシャの出番だと考えた。しかし、それはすぐに一蹴された。

「無理だね、少なくとも“今は”。」


「回収?」とエリックが食いつく。

「回収するには、術の本当の名前を知らないといけない。無効化するなら……術者を探すしかないよ」


「そんな……」


 エリックは壁越しに声を張り上げる。

「いいか、セリナ! 屋敷の者も村人も中にいるんだ! 少し上の丘に馬を預けてある。乗ってすぐヴァルディアへ向かえ! 今、動けるのはお前だけだ!」


 胸が張り裂けそうだった。兄も、アーシャも、この結界の向こうに閉じ込められている。

 それでも——自分ができるのは走ることだけ。


 セリナは唇を噛みしめ、湖のほとりから丘を目指して駆け出した。

 足は震えていたが、心は揺らがなかった。二人を信じるしかないのだから。

【リコール・ウィッチをさらに楽しむための情報】

アーシャは昔狩りをしていたので弓が使えた。

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