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リコール・ウィッチ  作者: 本多むらさき
第一章 『回収の魔女』
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04.手紙と家族と石礫の魔法

セリナとアーシャ。二人の旅路は——

 鬱蒼(うっそう)とした森の中、複数の足音と荷車が湿った土を激しく蹴りつける。

 一拍遅れて、小さな足音がそれを追った。


「ダメだ、まだ追ってくる!」

「速すぎる……!」


 叫びと同時に、鋭い剣先が闇を切り裂くように閃く。


「おまえは、一体何者なんだ——!」

「通りすがりのプリティガールよ!」


 軽やかな声とともに、セリナのレイピアが舞う。

 鋭い突きが繰り返され、男たちは次々と切り伏せられていった。


「これで終わりかしらね?」


 辺りを見回すと、倒れた男たちはすでに沈黙していた。


「よくも仲間を……!」


 荷車の陰から、ローブを纏った男が飛び出す。

 腰の小さな杖を抜き、セリナへと突きつけた。


「まだいたのね」

「魔法使いは後衛が基本なんだよ! No.122《シュタインキース》……くらえ!」


 杖の先が閃めくと同時に、空気が震えた。

 周囲の小石が宙に舞い上がり、瞬く間に鋭い礫つぶてへと変わったかと思うとセリナの頭上から雨のように降り注ぐ。

 セリナは身をひるがえし、枝葉をかすめるほどの華麗な動きで礫つぶてをかわす。

 その視線はすでに男の胸元を射抜いていた。


「それで逆転したつもり? ワンパターンなのよ!」


 レイピアの剣先が男の頬をかすめ、完全に戦意を喪失させた。


「珍しい種類だね。石礫(せきれき)の魔法なんて」


 木陰から黒衣の少女が現れる。片手には白い魔導書、もう片手には大きな杖。

 その魔導書が淡い光を帯びていた。


「それじゃ、仕事しようかな。No.122《シュタインキース》——リュックルーフ」


 少女が呟つぶやくと、無数の(つぶて)は光に包まれ、吸い込まれるように魔導書へ収められていく。

 辺りに散らばる小石も同時に消え、森の地面が不自然なほど滑らかに(あらわ)になった。


「この辺りの岩全部、魔法だったんだ」

 

 パタン、と魔導書を閉じると同時に、黒衣と杖は霧のようにスッと消え失せる。


 こうして魔法を回収する旅は続いていた。

 セリナがアーシャと行動を共にしてから、すでに三ヶ月が経過していた。


「窃盗団の討伐任務、完了っと」

 

 セリナが手帳を取り出し、手配リストにチェックを入れていく。

 二人は路銀を得るため、討伐ギルドを結成して任務をこなしていた。

 その途中で魔法使いに遭遇することもあり、この三ヶ月で3つの魔法を回収している。

 アーシャにとって旅の滑り出しは、順調そのものだった。


「これで何件目?」


 一掃した窃盗団を横目に、アーシャが口を挟んだ。


「今月七件目ね。……ほら、ちゃんと稼いでるでしょ?」

「私も弓でもあればねえ。多少は後衛に回れるんだけど」

「いいのよ、こんなやつらたいしたことないわ。それにしても、今回は数も多いしまとまった報酬が入りそうね」

「路銀はいくらあっても困らないからね。そういえば……ギルド名、なんだっけ?」


 アーシャが顎に手を添えて尋ねると、セリナはむっとして声を荒げた。


「“オデッセイ”よ! 放浪の旅って意味。私たちにピッタリでしょ?」

「少なくとも私は放浪の旅じゃないんだけど」


 軽口を交わしながら、二人は窃盗団の残党を手際よく縛り上げていく。


「さ、王都の騎士団に引き渡して、任務終了といきましょ」


 二人が窃盗団を引き連れて森林を抜けかけたその時、はるか上空から猛禽類の影が差した。

 一メートルを超える鷹が急降下し、セリナをめがけて飛び掛かってくる。


「——っ!」


 セリナが素早くレイピアを構える。

 

 しかし鷹は攻撃するでもなく、彼女の目の前を羽ばたきながら旋回していた。

 まるで何かを伝えようとしているように。

 訝しみつつ腕を差し出すと、鷹は大人しくそこに止まった。


「大丈夫なの、それ」


 アーシャが心配そうに問いかける。


「……やっぱり。これ、うちの鷹だわ。ほら、足に手紙が」

 

 セリナは器用に紐を解き、括りつけられた手紙を取り外す。

 役目を終えた鷹は、羽音を残して再び空へ舞い戻った。

 

「なに、手紙?」

「あー、実家からね。心配してるのかしら」

 広げた手紙のさわりだけを呼んでセリナは小さなため息をつく。

 

「セリナって、家出中なんだっけ」

「やーね、家出じゃないわよ。ただ……ちょっと静止を振り切って出てきただけ」

「それを世間では家出って言うのでは」


 セリナは大きくため息をしつつ、丸まった手紙を雑に広げて目を通した。


《愛するセリナへ。

 

 突然家を飛び出してから、もう数か月が経ちました。

 ちゃんとご飯は食べていますか。寝床は確保できていますか。

 

 さて、パパは今でも思い出すたびに胸が痛みます。

 おまえがあの変な服を着て生活したいと言い出した日のことを。

 最初は本当に病気かと思ったのです。

 まさかあんな服で外を歩き回るなんて……まだ着ているのでしょうか。

 周囲の人に笑われてはいませんか。見知らぬ人から変な目で見られてはいませんか。

 せめて丈の長い外套くらい羽織ってください。


 ……とはいえ、もうパパは怒っていません。

 この手紙を読んでいるなら、たまには顔を見せに帰ってきなさい。

 お前の席はいつでも空いています。

 変な服を着てきても構いません。

 けれど本当は、可愛いドレス姿を見せてもらえたら、パパはもっと嬉しいです。

 また会える日を楽しみにしています。

                                パパより》


「なんなのよ、あのオヤジは……!」


 手紙を読み終えたセリナは、感情のままに紙をくしゃくしゃに丸め、ポケットへ突っ込んだ。


「内容はどうあれ、ちゃんと心配はしてるみたいだけどね」


 覗き込んだアーシャが肩をすくめる。

 

「なんだ? 家族に心配かけてんのか」

「帰ってやれよ」

「父ちゃん泣いてるぞ、きっと」


 縄で縛られた窃盗団が口々に茶々を入れる。

 

「うっさい! あんたたちに言われたくないわ!」と思わずセリナが叱り飛ばすと、男たちは「ひぃっ」と口をつぐんだ。


 *


 大陸南方、ルセラ王国の騎士団に所属する年配の騎士は、手際よく窃盗団を引き取り、書類にサインを終えた。

 

「ご苦労様。女の子二人でやるとは、なかなかの腕前だね」

「こんなの楽勝よ。ギルド名は“オデッセイ”だから、また仕事回して頂戴」

「期待しているよ」


 ルセラ騎士団本部では慌ただしく人の往来が続いていた。その様子にセリナは興味本位で投げかける。

 

「お祭りでもあるの?」

「もうすぐ建国祭なんだ。おかげでみんなピリピリしていてね」

「国をあげてのお祭りってわけね。成功するといいわね」

「気遣いありがとう」


 ひととおりの手続きを終え、セリナが騎士団本部を後にすると、建物のほとりで池を見つめるアーシャの姿が目に入った。


「アーシャ、終わったわよ。換金して、宿を取るわ」

「それは構わないけど……家には帰らないの?」


 セリナも内心、家族のことが気がかりだった。

 実家を飛び出して3か月、手紙からは父の心配が十分に伝わってきていた。


「うっ……。ここからだと来た道を少し戻ることになるけど、仕方ないわね」

「ちゃんと許可取って出ないとね」


 アーシャは少し俯き、指先で地面の石を弄りながら言った。

 

「そういうアーシャはどうなのよ。家族には会ってるの?」

「家族ね……もう遠いところに行ってしまったから」

「そうなんだ?」


 セリナは視線を前に向け、沈黙の間に小さな溜息をついた。


 *


 翌日から、二人はセリナの実家へ向けて歩き出した。

 3か月前に旅立った道を逆順に辿る。

 とはいえ、ほとんどが寄り道だったため、四日ほどでセリナの父が領主を務めるバステアの地に降り立った。

 

「ほんと、何もない土地ね」


 全体を見渡せる高台に立ち、セリナは視界をぐるりと巡らせた。

 風に揺れるリボンやフリルが、彼女の服に軽やかな影を落とす。


「のどかでいいと思うけど。風が気持ちいいね」


 アーシャが髪をかき分け、目を細めて微笑んだ。


 二人が高台から平地へ下り進むと、領主バステアの屋敷が姿を現した。

 珍しい新緑色の屋根は、土地の景観を損なわないように配慮されたものであり、領主としての土地への気遣いが感じられる。

 正門前には若い門兵が二人立っていた。一人が正面からやって来るセリナとアーシャに気付く。


「何者……、セリナお嬢様!? 戻られたのですか!」

「ちょっと寄っただけよ」

「大変だ、すぐに主へ報告を!」


 門兵は慌てて走り出す。


「友達も連れてきてるから、ちゃんと伝えてね」

「お邪魔します……」


 アーシャに向けられた笑顔には、どこか照れくさい色も混じっていた。


「ようこそ、我が家へ」

【リコール・ウィッチをさらに楽しむための情報】

ルセラ王国は魔法主体国家。アーシャは警戒していた。

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