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リコール・ウィッチ  作者: 本多むらさき
プロローグ
3/10

03.アーシャと市場と花火の魔法②

熱々ハンバーグはお好き——?

「大変そうね。……でも、たとえばさあ。魔法って私でも使えるようになるの?」

「魔導書の原本さえあれば、誰でも簡単に使える」

「魔導書?」

「……本当に何も知らないんだね」

「悪かったわね、田舎育ちなもんで」


 アーシャは小さく肩をすくめ、淡々と続ける。


「八十年前、“復活の魔女”がかつて存在した魔法を掘り起こして、本という形にまとめた。それが魔導書だよ。読めば、それだけで魔法が身につく」

「何年も修行とか、いらないの?」

「そう。たとえば剣の技とは違って、代償もなく、誰でもすぐに。だからこそハードルの低い”魔法”は爆発的に世の中に広まったんだ」


 そう語り終えると、アーシャは手早くランチを平らげ、席を立つ。

 セリナの方をちらりと見て、言いかけて――やめた。


「あ、いいのよ。本当に御礼がしたいから」

「……ありがとう。ご馳走様」


 アーシャは軽く会釈すると椅子を戻し、酒場を出ていった。

 その背中を目で追いながら、セリナは慌ててハンバーグを口に運んだ。


 *


 日差しの強い昼下がり、レガースの市場は冒険者をはじめ多くの人で賑わっていた。

 アーシャは歩きながら並ぶ商店にちらちらと目を向ける。


「何か探してるの?」


 後ろから声をかけるセリナに、アーシャは小さくため息をついた。


「……なんでついてくるの。ただの買い出しだよ」

「まだ話の途中でしょ。ついでにもっと魔法のこと、教えてよ」

「魔法に興味あるんだ。ノンマギア育ちだからかな」


 アーシャが少し先にある露店を指さす。


「身近な魔法なら、そこにあるよ」

「え? 魔法って売ってるの?」


 露店には《魔法商店》の看板。その下には《お試し可能》《簡単習得》といった売り文句が並ぶ。

 セリナが駆け寄ると、店主が新聞をたたみ、にやりと笑った。


「嬢ちゃん、おすすめは“保温”の魔法だ。これから寒くなるからな。試してみるか?」

「試してみたい!」


 店主は小さな本を一冊、片手で差し出した。


「これを……読むだけ?」

「そうだ。本に目を通すだけでいい。手にしている間だけ、その魔法を使える」


 セリナは目を輝かせて本を受け取った。

 開いた瞬間、びっしり詰め込まれた文字が脳内に流れ込む感覚に襲われ、思わず本を閉じた。


「うっ……ちょっと気持ち悪い……」

「おや、嬢ちゃん初めてかい?」

「これ、本当に習得できてるの?」

「もちろん。No.55《シュパイヒェルング》だ。箱に熱を蓄えて、あとで取り出せる魔法さ」


 店主が小さな木箱を渡す。


「No.55《シュパイヒェルング》!」


 ……沈黙。何も起きない。


「えっ、わかんないんだけど!」

「はは、買えばすぐわかるんだがな」


 そこでアーシャが口を挟んだ。


「買わなくていいよ。それ複製だから」

「複製? どう見ても本物の魔導書じゃないか」

「原本なら手を離しても効果が続く。生活系は特に、こういう偽物が大量に出回ってる」


 怪訝そうな店主を後に、二人は店を離れた。


「魔法が売ってるのも驚きだけど、複製まであるのね」

「たぶん、物を複製する魔法があって、誰かがそれでお金儲けを始めたんだろうね」

「なるほどね……」

「私の回収がうまくいかないのも複製が原因。回収リュックルーフは本物しかできないから」

「見分けがつかないの?」

「そう。魔法の効果自体は同じだから、発動の瞬間を見ないと判断できないんだよ。複製は手元に魔導書が必ず必要だからすぐにわかる」

「想像以上に大変そう……」


 その時、市場の奥から騒がしい声が聞こえてきた。


「なにかしら」


 セリナが興味を向けると、アーシャは手をひらりと上げて制する。


「無視無視」


 しかし、セリナはお構いなしに音の方へ歩き出す。


「まったく……」


 やれやれ、とアーシャも重い足取りで後を追った。

 市場の一角で、露店の商品を巡って客ともめている。


「おまえ! ふざけるなよ! 俺が買ったときと値段が違うじゃねえか」

「ひいぃ。それは時価と言って、値段が変動するんですよ」

「値段が変わるだ? そんなわけないだろうが!」


 男が今にも店主に手を上げそうになった瞬間——


「街中で物騒ね。どういう教育受けてきたのかしら」


 セリナが男の後ろから腕を掴んで静止した。


「なんだ? お前は? 変な格好しやがって」

「通りすがりのプリティガールよ」


 男が力づくでセリナを払いのけ、数メートル離れて対峙する。


「セリナ、こんなの相手にしない方がいい」


 アーシャが心配そうに声をかけるが、セリナはレイピアを鞘から抜き、身構えた。


「一般常識から勉強した方がいいわよ。かなり生きやすくなるから」

「俺がバカだって言いたいのか?」

「わざわざ遠回しに言ってあげたのに、自分で言っちゃうんだ」


 セリナの一言で、男の顔がみるみる赤くなる。


「舐めやがって……No.109《ファイヤーベルグ》」


 男が魔法を唱えると、指先からパチパチと火花が散り始めた。

 やがて火花は束になり、放物線を描いて飛んでいく。


「花火の魔法? 名前の割にえらく地味ね」


 セリナは軽やかに足を踏み出し、レイピアを振りかざした。

 瞬間、男のシャツが鋭い切っ先で裂かれる。


「な……」


 家庭教師に太鼓判を押された剣技は、素人をはるかに超えていた。


「実力差、わかった? さっさと店のおじさんに謝って帰りなさい」


 だが男はまだ諦めない。


「少しはやるようだが、こっちは魔法使いだ。火力を上げれば、その変な服ごと燃やせる。打ち上げ花火をくらえ!」


 両手を広げ、火花を収縮させてひとつの火球にまとめる。

 一拍置いて、火球はセリナに向かって放たれた。


「まったく……後先考えずに動くから」


 セリナと火球の間に、アーシャが割って入る。

 白い魔導書を開き、同時に黒いとんがり帽子とマントを纏い、右手には杖を構えた。


「No.109《ファイヤーベルグ》——リュックルーフ」


 アーシャが唱えると、火球は眩まばゆい光に包まれ、魔導書のページに吸い込まれていった。

 突然の回収リュックルーフに、男は一瞬思考が止まる。


「な、なんだ? ファイヤーベルグ! ファイヤーベルグ!」


 回収された魔法は二度と発動しない。

 その隙をセリナは逃さず、素早く男の懐に潜り込み、レイピアを振りかざして残りの衣服を切り裂いた。男は下着姿になる。


「まだやる? 次は体を切り裂くことになるけど」

「くそ……覚えてろよ」


 下着を押さえながら、男は店前を慌てて後にする。

 セリナはその姿を見届けると、静かにレイピアを鞘に納めた。


「アーシャ、ケガはない? 割り込んでくれて助かったわ」

「なんでわざわざ面倒なことに首を突っ込むのかな……魔法が100番台だったから回収したけど」


 アーシャが魔導書を閉じると、黒衣とつえはすっと消えた。


「目の前で困ってる人は、見過ごせないわよ」

「それが知らない相手でも?」

「関係ないわよ」

「変わってるね」

「おじさん、ケガはない?」


 店主の心配をするセリナを横目にアーシャは魔導書をリュックに仕舞い、宿の方へ歩き出した。


「ちょっとアーシャ! 待ってよ。今日は相部屋なんだから!」


 セリナが駆け出して追いかける。


 *


 宿に戻ると、アーシャはリュックをベッドにポンと投げ置き、腰を下ろした。


「一日で2つも回収できた。ベリーグッドかな」


 セリナは対面のベッドに腰を下ろす。


「これで残り二百九十九個ってこと? ちょっと途方もないわね。ねえ、私たちいいコンビだと思わない? 私が前衛で、アーシャが後方から魔法を回収するの。うまくいくと思うんだけど」

「ついてくるつもり? 危ないからやめた方がいいよ」

「大丈夫よ。私の剣の腕前、見たでしょ?」

「剣の腕前なんて、何の保証にもならないよ」


 そういってアーシャはシャツを少しまくり上げた。


「ちょ、ちょっと……なんで急に——」


 脇腹には包帯、腰には血のにじんだ痣あざ。直接的な暴力の痕だった。


「魔法を回収。つまり、世の中から消すって簡単じゃないんだ。前に生活系の魔法を回収したことがあって、かなり怒らせちゃってね」


 巻き込みたくないアーシャなりの気遣いのつもりだったが、その様子を見たことでセリナは決心した。


「ねえ。やっぱり意地でもついていくわ」

「なんでそうなるの。危ないって言ってるでしょ」

「友達がそんな危ないことしてるのよ? 見過ごせるわけないでしょ」

「友達って……誰が……」


 セリナはアーシャの肩を掴み、真っすぐな瞳で見つめて続けた。


「あのね、同じ部屋に泊まって、これだけ話して、一緒にご飯食べれば……もう友達でしょ?」


 セリナの純粋な言葉にアーシャは言葉に少し照れ、思わずそっぽを向く。


「す、好きにすれば。自分の身は、自分で守ってよね」

「大丈夫よ!」


 ——後に世界中を巻き込む事件を起こす、二人の物語はここから始まった。


「あ……買い出し忘れた」

【リコール・ウィッチをさらに楽しむための情報】

魔法には原本で習得して使うか、複製を使うかの2パターンがある。

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