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リコール・ウィッチ  作者: 本多むらさき
プロローグ
2/10

02.アーシャと市場と花火の魔法①

地下室を抜けた先には——

「それじゃ、あとは頑張って」


 小柄な少女は一言だけ放つと、くるりと踵を返し、鉄の扉を押し開けて外へ出ていった。


「ちょっと、待ってよ! ねえ!」


 セリナは慌てて追おうとするが、脚の拘束が残ったままで、腰から崩れ落ちる。

 気を失った男と二人きり。


 セリナは隅に立てかけられたレイピアをつかみ、刃をきらめかせて拘束具を断ち切った。

 カチャン、と金属の輪が床に落ちる。

 レイピアを鞘さやに納め、倒れた男を一瞥したのち、少女の後を追って扉を踏み越こえた。


 扉の先は予想通り、石造りの階段が数段続いていた。

 上り切ると、焦げ臭さが鼻をつく。

 そこは男の自宅らしき室内だったが、壁も天井もススで覆われ、崩れかけている。

 ――あの爆発音は一階が吹き飛んだものだったのだと理解する。


「これ……あの子がやったの?」


 地下に降りてきた理由も、わざわざ自分を助けた理由もわからない。

 ただ彼女は「回収の魔女」と名乗った。

 セリナは残り火の漂う家を後にし、少し先に見えた街を目指して歩き出した。

 

 そう遠くないはずの、あの魔女の背中を追って。


 坂を下ると現れたのは中継都市レガースの街。

 赤いレンガ造りの建物が並び、小さな市場は日々賑いを見せている。

 来る者を拒まない空気と、冒険者を歓迎する活気が街に満ちていた。


 ――ここに、きっと彼女がいる。


 わずかな希望を胸に、セリナは大通り沿いの宿の門をくぐった。

 受付には初老の女性が腰かけていた。


「こんにちは。今晩泊まりたいんですけど、空いてますか?」

「いらっしゃいませ。……そうね、あいにく今日は冒険者が多くてね、部屋はいっぱいだわ」


 予想していた答えに、セリナは肩をすくめる。


「そうですか。他をあたりますね。ありがとうございます」

「――ちょっと待って。相部屋でもいいかしら? 少し広めの部屋に、女の子がひとりで泊まっているの。さっき帰ってきたばかりだけど」


 その言葉に、セリナの胸が跳ねる。願ってもない展開だ。


「本当ですか? そこでも大丈夫です!」


 あの小柄の少女かもしれない。そう思うとセリナは食い気味に答えていた。


「分かったわ。相部屋になることはもうその子に伝えてあるから、二階の一番奥の部屋へどうぞ」


 宿代を払い終えると、胸を高鳴らせながら階段を駆け上がった。

 二階の一番奥――目指す部屋の前に立ち、そっとドアノブを回す。

 きしりと音を立てて扉が開いた。


「こんにちは……」


 控えめに顔を覗のぞかせると、あの栗毛のショートカットの少女がベッドに腰かけ、紙を広げていた。


「いた!」


 思わず声が大きくなる。

 少女はちらりとこちらを見やり、眉をひそめる。


「……どこかで会った?」

「いや! ついさっき会ったでしょうが!」


 セリナの必死の抗議もどこ吹く風。

 少女は興味を失ったように視線を紙へ戻し、手を動かし始める。


「今日は相部屋だから、よろしくね。私、セリナ」


 一拍の沈黙。


「……アーシャ」


 短く名を告げると、彼女はまた黙り込む。

 ――回収の魔女、アーシャ。


「アーシャ。いい名前ね。何をしていたの?」


 セリナはベッドに近づき、身を乗り出すように覗のぞき込む。

 広げられた紙には、びっしりと文字が並び、ところどころに奇妙な挿絵が描かれていた。

 素人目にも独特なタッチで、彼女だけの世界観を持っているのが分かる。


「別に。魔法について調べたことをまとめてるだけ」

「魔法! やっぱり、あなた魔法を使ってたわよね?」

「……だから言ったでしょ。あれは“魔法”じゃないって」

「しっかり覚えてるじゃないの」

「……あ」


 アーシャは気まずそうに頬をかき、そっぽを向く。


「魔法が本に吸い込まれてたけど、あれって何だったの?」

「言った通り。私は“回収の魔女(リコール・ウィッチ)”。魔法を回収しているだけ」

「じゃあ……やっぱり魔法って、本当にあるのね」

「……あるよ。セリナは()()()()()で育ったんだね」

「ノンマギア……?」


「魔法を使わない生活様式のこと。逆に、魔法を中心に暮らす人たちは“()()()()()”って呼ばれてる。村ごと、家ごとノンマギアってことも多いから、知らなくても不思議じゃない」


 アーシャはベッドに広げた紙を束ね、トントンと整えてた。


「そうなんだ……。じゃあアーシャはアルテミアなの?」

「私は……ノンマギアかな。でも、魔法についてはたくさん調べた。――回収するためにね」

「なんで魔法を回収するの? 魔法で生活している人もいるんでしょ」


 セリナの問いにアーシャは目を細め、一拍置いて口を開いた。


「質問が多い……いるよ。八十年前に“復活の魔女”が世界に魔法を広めてから、すぐに人間の生活に組み込まれた」

「復活の魔女って?」

「昔封印された魔法を復活させて、世の中に広めた魔女だよ。でも、魔法は便利だけど安全じゃない」

「そりゃあそうかもしれないけど……悪いことに使うやつがいる程度じゃないの?」

「違う。魔法は“権力の象徴”になったんだ。全部で三百三十三個あるけど、番号が低い魔法は生活に密着したもの。けど三百番台になると――国を滅ぼす規模だよ」

「国を……」


 セリナは茫然と口を閉ざした。


 想像を超える話に、軽い憧れで魔法を求めていた自分が場違いに思えた。


「魔法は本来、人間の生活に必要ない。だから私は、回収(リュックルーフ)する」


 アーシャは紙束をまとめてリュックに押し込み、さっさと立ち上がる。


「ちょっと、どこへ行くの?」

「ご飯」

「一人で? ……誘ってよ!」

「えー……勝手にすれば」

「じゃあ、ついていくわ!」


 *


 アーシャは小さな足取りで宿を出ると、隣の酒場へ入った。


「いらっしゃい! 何名様?」


 明るい声をかける店員に、アーシャは短く答える。


「ひと」「二人でーす!」


 セリナの元気な声がそれを上書きした。


「……なんで」


 アーシャが眉をひそめる間に、セリナは壁際の席に腰を下ろし、机を軽く叩く。


「ほら、座って。さっき助けてくれたお礼もあるし、一緒の方が美味しいでしょ?」

「人数で味は変わらないよ。調味料の配分の話?」

「違うわ!」


 二人がランチセットを頼み終えると、セリナが身を乗り出して切り出した。


「ねえ、なんで魔法を回収するの? 危ない魔法があるのはわかったけど」

「ある人に頼まれたんだ」


 アーシャは淡々と答える。


「ふぅん……。三百三十三個の魔法を全部? 途方もない旅じゃない。今、どれくらい集まったの?」

「一年と少しで5つだけ」

「すくなっ! もっと世間にあふれてるものかと思ってた」

「広まってるのは番号の低い“生活系”ばかりだよ。目につく魔法なんでも回収してたら、きっとすぐに殺される」

「殺す!? なんでいきなりそんな物騒な話になるのよ」

「回収された魔法は世界から“()()()()()()()”。二度と誰も使えなくなるんだ。……私は、世界から魔法を消している」


 アーシャはその重さを十分に理解していた。小さく息を吐き、遠い目で窓の外を見つめる。


「それってつまり……困る人も出てくるんじゃない?」


 セリナが恐る恐る口を挟む。


「だから生活系は後回しにしてる。一度、回収したことがあって……」


 言葉を選ぶように口をつぐんだその時、タイミングを計ったかのようにランチプレートが目の前に置かれた。

 熱々のハンバーグがジュウジュウと音を立て、ソースの香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。


「……さ、食べよ」


 セリナがわざと明るく言い、重苦しい空気を切り替えた。

 目の前のハンバーグをナイフで丁寧に切り、口に運んだ。

【リコール・ウィッチをさらに楽しむための情報】

復活の魔女は歴史の研究過程で魔法を復活させた。

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