第5話 浮遊中性子星の影、惑星“ティルナ”の危機
【勇者ギルド本部 ギルド長執務室】
荘厳な大理石の壁に、数百の惑星系を示す魔法地図が浮かび上がる。中央の卓にはギルド長、漆黒のローブをまとった竜種の男が腕を組み、深刻な表情を浮かべていた。
リリィたち『虹色の風』のメンバーは、ギルド長からの緊急召集を受け、重厚な扉を押し開けてギルド長室へと足を踏み入れた。
ギルド長
「よく来てくれたな、『虹色の風』たちよ。緊急クエストだ。すぐに本題に入る。今回の件は、時間との勝負だ」
ギルド長は深刻な面持ちでリリィたちを迎えた。空気は張り詰め、ただならぬ事態を物語っていた。
「星界観測室からの報告だ。至急、事態を共有する。」
天井に投影された立体星図。その一角に、光を吸い込む黒い影が浮かんでいた。それは異常な重力を放ちながら、惑星系へと向かっていた。
ギルド長
「これが浮遊中性子星、セヴラ=ナグルだ。秒速1100kmで移動している。数百万年単位で銀河をさまようが、今回の軌道は最悪だ。あと一年でこの星系に接近し、恒星リュエルと連星を形成するだろう」
リリィ
「恒星が吸い寄せられ、膠着円盤ができれば、エネルギーは中性子星に吸われ、惑星の軌道も乱れます。重力崩壊が始まり、生態系も壊滅するはずです」
ジャック
「恒星の変動によってティルナの大気は吹き飛び、ガンマ線バーストや高エネルギー粒子が降り注ぐ。壊滅は確実だ」
ガルド
「ティルナには現在、50億人が暮らしている。魔導転移路も輸送船も足りない。避難場所の『お盆の世界』の準備も間に合わん」
マーガレット
「未来の私が見たニャ。火の雨が降って、大地が砕けて、街が闇に消えるニャ。どうにかしないと、誰も助からないニャ」
ギルド長
「なんとかしてほしい。方法は問わない。人々を、少しでも多く救う手段を探ってくれ」
リリィは静かにうなずいた。
リリィ
「了解しました。必ず、道を見つけてみせます」
ギルド長
「頼んだぞ、虹色の風の勇者たち。お前たちにしか、この星は救えん」
ホログラムに映し出された青く美しい惑星ティルナ。そのはるか背後から、縁がわずかに白く歪んだ黒い影がゆっくりと忍び寄っていた。それは、浮遊中性子星、セヴラ=ナグルだった。
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◆救援計画検討
【勇者ギルド本部 作戦会議室】
天井に広がる立体星図。その中央に浮かぶ青い惑星ティルナを囲むように、魔法陣と設計図の数々が投影されていた。
ジャック
「まず、あらゆる可能性を整理しよう。目標は惑星ティルナの生存だ。」
【対策案1 中性子星の軌道変更または停止】
コモン
「中性子星を強制的に軌道変更させる案だが、これは無理だ。大きさは半径10kmほどだが、中性子星の質量は太陽の1.4倍。膠着円盤からの荷電粒子のバーストで接近できない」
【対策案2 中性子星の破壊】
ジャック
「中性子星は核密度物質の塊だ。理論上、破壊するには、重力を逆転させるほどの力が必要になる。核兵器でも魔法兵器でも無理だ。表面の1ミリも削れない」
【対策案3 中性子星の異宇宙転移】
コモン
「一度検討した案だ。中性子星を虚無空間に転移させる案だ。だが、セヴラ=ナグルは星間ガス雲を貫通したときから、周囲に複数の膠着円盤が形成されていて、重力嵐と荷電粒子のバーストが激しい。接近は不可能だ」
リリィ
「つまり、惑星側の対策しか選択肢はないということね」
ジャック
「大規模緊急避難を発動するしかない。惑星を分解して人々を資源と文明をまとめて、別空間に避難させるしかない。安定した空間座標と膨大な魔力を必要とするが、できるかぎり人々を助けよう」
コモン
「避難時間を稼ぐため、惑星全体を結界で覆う。多数のダンジョンコアを配置し、同調させる必要がある。」
クロシャ
「大規模避難を反対する者も多くいるだろう。現地に潜入して、反対勢力を抑制しよう。」
リリィ
「避難船は100個以上のダンジョンコアで作成する。時間も人手も足りないけど、やるしかないわ。この一か月で、準備をすべて整えましょう」
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◆重力ミサイル計画、ブラックホール制御作戦
【勇者ギルド本部 作戦会議室】
薄暗い空間に、巨大な浮遊魔法陣がいくつも重なっていた。ジャックとホー博士が、連続する数式と魔法構成式を睨みながら、制御盤の前で詰め寄っている。
ジャック
「リリィ、ひとつの作戦を立案した。かなり危険だが、理論的には可能だ」
リリィ
「どんな作戦ですか」
ジャック
「名付けて、重力ミサイル計画。中性子星の周囲にある膠着円盤をすべてブラックホール化する」
ガルド
「おいおい、膠着円盤は3個もあるぞ。全部ブラックホールにしたら、むしろ対処が難しくなるんじゃないか」
ホー博士
「セヴラ=ナグルの周りをブラックホールで“飽和”させる。複数のブラックホールを伴った中性子星に変えることで、荷電粒子のバーストを無くし、結界魔法などを展開しやすくする」
ジャック
「そして、最終段階。中性子星そのものに重力ミサイルを撃ち込み、中性子星をブラックホールに変化させる」
マーガレット
「それって、超危険ニャ。」
ジャック
「やがて複数のブラックホールは合体し、巨大な単一ブラックホールが形成される。そこまで導ければ、あとは結界して空間バブル魔法で囲んめば、転移できる」
リリィ
「重力定数の低い宇宙。かつてブラックホールが“存在できない”宇宙へ転移ですね。ホー博士、可能性は?」
ホー博士
「可能だ。以前我々が使用した“重力定数の小さな宇宙”へと転移先を設定し、転移魔法で送れる」
ジャック
「弾頭に使う素材は、以前収容した“元ブラックホールの素材”。結界してミサイル弾頭に封印してある。重力ミサイルとして10機以上ある」
ガルド
「問題は、撃ち込むタイミングと軌道制御だな。外せば、当たったものは何でもブラックホールに変えてしまう。超危険な道具だ」
リリィ
「全員でこの危機を乗り越えましょう。これは“滅びを利用して救う”最後の手段です。時間との戦いです。設計を急ぎましょう」
ホログラムに映るセヴラ=ナグルの周囲に、複数の膠着円盤が回転していた。そのひとつひとつに向けて、緻密な軌道計算が重ねられていく。
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◆観測不能領域、揺らぐ希望
【観測宇宙船 中央会議室】
銀色の装甲をまとったスペースメタルゴーレムが、静かに宇宙を漂っていた。重力ミサイル作戦から10日。ティルナを包む魔法結界の内側では、全員が息を潜めるように結果を待っていた。
ジャック
「重力ミサイルはすべて目標に到達した。膠着円盤は次々と崩壊し、収束した。中性子星もブラックホールに変化した。すべてブラックホール化に成功した」
ホー博士
「だが、問題はここからだ。その周りのブラックホールが元中性子星のブラックホールに吸収されたか、それとも衛星軌道上に“留まっている”のか。今のままでは判断できない」
クロシャ
「スペースメタルゴーレムを使おう。高重力にも耐えられる構造だ。観測機材を搭載して、直接重力分布を測定させる」
ガルド
「リスクが高い。あの宙域に入ったら、何が起こるかわからんぞ」
リリィ
「けれど、確かめなければ前に進めない。やりましょう」
【軌道縁辺部 観測地点A】
観測ゴーレムが次第に重力の谷へと近づいていく。魔導通信による映像が揺れ始めた。
ジャック
「おかしい。空間に“引き裂き”が発生している。ひとつじゃない、複数だ」
マーガレット
「まさかニャ」
ホー博士
「ブラックホール同士の合体が十分でない。いくつかの膠着円盤から生成したブラックホールが、元中性子星のブラックホールの周囲を、衛星のように回っているようだ」
その瞬間、ゴーレムからの映像が激しく揺れた。
クロシャ
「離脱させろ、限界距離に達している!」
ジャック
「遅い、消えた。ゴーレムが吸い込まれた」
リリィ
「まだ終わっていなかったのね。元中性子星のブラックホールは、衛星ブラックホールを取り込まず、取り巻かせている。まるでしもべのように」
ホー博士
「最悪の事態だ。複数の重力源が安定して存在し、軌道が予測不能になった。今の元中性子星のブラックホールに転移魔法は使えない。衛星軌道のブラックホールの重力が影響して、安定した位置に留まっていないからだ」
ガルド
「作戦は、暗礁に乗り上げたってことか」
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◆空間バブル制御、黒き渦の消失
【観測宇宙船 中央会議室】
天井を覆う立体星図には、混沌とした重力フィールドが映し出されていた。その中心にあるのは、数個の小さなブラックホールを衛星のように従えた元中性子星“セヴラ=ナグル”の巨大なブラックホールだった。
ホー博士
「これまでの重力ミサイル作戦は、半分成功だった。膠着円盤からの荷電粒子の嵐はなくなった。しかし、ブラックホールが衛星軌道上に留まり、重力構造が不安定化している。しかし、直接触れずに、構造そのものを崩壊させる手段がある」
ジャック
「まさか、あの理論を使うのか。空間定数を操作する魔法」
ホー博士
「そう。空間バブル魔法だ。巨大な泡状の魔法空間を展開し、その内部の“宇宙定数”を一時的に変更する」
リリィ
「何を変えるんですか」
ホー博士
「重力定数だ。値を極端に小さくする。そうすれば、ブラックホールはその宇宙定数に志従い“ブラックホールとして存在できない”状態になる。」
ガルド
「すると、どうなる?」
ホー博士
「重力という縛りを失い、外殻を保てなくなる。内部に存在する質量が、姿をあらわす。衛星のブラックホールも元中性子星のブラックホールも全て重い物質に変化する」
クロシャ
「つまり、重力の陰から、出てくるんだな」
ホー博士
「だが、それが狙いだ。その姿が“実体化”した瞬間、転移魔法が展開できる。重力定数の低い宇宙への転移が可能になる。空間バブル魔法をかけたまま転移できる」
ジャック
「空間バブルの直径は5000km。魔力消費は桁外れだぞ」
リリィ
「ダンジョンコアver3.0を多数連結して、魔法陣を構築しましょう。この一度にすべてをかけるしかないわ」
【宙域 セヴラ=ナグル外縁部】
巨大な球体が展開された。魔力によって展開された空間バブルは、衛星ブラックホールを従えた元中性子星のブラックホールを大きく飲み込んでいく。囲み終えると次に、ゆっくりと重力定数を下げていく。やがて空間が歪み始め、ブラックホールの“重力圧縮”が解かれた。
ホー博士
「見えた。核がむき出しになった。あれが元中性子星の核心。超高速で回転している、黒い塊だ。核が崩壊し始めた」
ジャック
「転移座標、確定」
ガルド
「転移魔法陣安定。展開可能だ」
リリィ
「展開、今」
光が弾けた。黒い渦は、そのまま静かに消え去った。空間バブルに包まれたまま元ブラックホール群は消えた。星図上の重力異常がすべて消滅した。
ホー博士
「成功だ。ブラックホールは、重力定数の低い宇宙へと転移した。これで、リヴァン=ゼクター星系は安全だ」
マーガレット
「ティルナも、みんなも救えたニャ」
リリィ
「すぐに送った先の状態を確認しましょう。」
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◆異宇宙観測、黒い渦の封印
【重力定数の低い宇宙 宙域A16】
転移してすぐに、リリィたちは観測宇宙船に乗り込み、ブラックホールを送り込んだ先である宇宙の座標に転移した。この世界では、重力定数が極端に小さく、質量がほとんど作用しない静謐な空間が広がっている。
だが、その中心にひとつ、黒く脈打つ“渦”があった。
ジャック
「これが、あの中性子星が変化した最終形態、重力から開放された状態で転移されたため、この宇宙では拡散が止まらず、形を保てなくなっている」
ガルド
「なんて不気味な、あの回転速度、魔導探査機のセンサーが計測できない」
クロシャ
「黒い渦が振動している。時折、空間が“はじけ”てるぞ。これでは空間バブルが破れる」
ホー博士
「恐れていた事態だ。元々、中性子星は超高速で自転していた。重力が開放されたことで回転力が暴走し、重い粒子の渦がバブル空間を引き裂いている」
リリィ
「ならば、それを抑えつけましょう。手放しでは危険だわ。多数の物理結界で小分けして、動きを抑えるしかありません」
ジャック
「物理結界は一重ではなく、最低でも三重以上。全方向から均一に削っていく必要がある」
ガルド
「結界魔法。準備はいいぞ」
リリィ
「展開開始」
巨大な六芒星の魔法陣が、虚空に重なっていく。物理結界がひとつ、またひとつと展開され、三重の物理結界が黒い渦を小さく分けて包み込んでいく。そのたびに、渦が物理結界に当たっていく。渦の振動が鈍くなっていくのが見てとれた。
マーガレット
「すこし、おとなしくなったニャ。でも、まだ息をひそめてる感じがするニャ」
ホー博士
「このまま、抑えるしかない。この宇宙で、暴れるだけ暴れて、そのうち収束する。余剰エネルギーが尽きるまで、ただ待つのだ」
クロシャ
「封印は安定した。あとは、時間をかけて鎮まるのを待とう。派手な爆発を起こさないだけ、上出来だ」
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◆任務完了報告
【勇者ギルド本部 ギルド長執務室】
宙域からの帰還後、リリィたちは真っ先に勇者ギルド本部へと向かった。ギルド長執務室で、ギルド長が待っていた。背後には、再び安定を取り戻したリヴァン=ゼクター星系のホログラムが静かに輝いている。
ギルド長
「戻ったか。様子はどうだった」
リリィ
「はい。異宇宙の空間バブル内で、転送された元中性子星は、すでに完全に黒い物質の渦に変質していました。暴走の兆候はありましたが、多重物理結界で封印し、安定を保っています」
ジャック
「あの宇宙では重い物質でも動きは単調です、反応は次第に収束しています。長期監視は必要ですが、危機は完全に回避されたと見てよいでしょう」
ホー博士
「回転エネルギーも放出が進んでおり、数百年単位で沈静化すると思われます」
ガルド
「これで、ティルナの未来は守られた」
ギルド長
「そうか。よくやってくれた。お前たちの働きが、ひとつの星系を救った」
ギルド長
「実はな、ティルナから正式に祝賀会への招待が届いている。大統領自らの言葉で、お前たちを讃えたいそうだ」
ジャック
「照れるな、こういうのは」
ガルド
「まあ、たまには派手に祝われても悪くない」
リリィ
「では、準備をして向かいます。この平和の象徴となる夜を、共に分かち合いましょう」
ギルド長
「うむ。存分に讃えられてこい」
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◆祝賀の夜、ティルナの空に誓う
【惑星ティルナ 首都シェルヴィア 中央祝賀広場】
星を救った英雄たちを称えるため、ティルナ大統領主催の祝賀会が開かれた。千の光が灯る都市の中央に、きらめく魔法のドームが設営され、数万人が集まっていた。空には、安定を取り戻した恒星リュエルの光が穏やかに注がれている。
司会官
「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます。本日、この惑星ティルナが今も青く美しくあるのは、勇者ギルドと、その仲間たちの献身によるものです」
大統領オルテリア(中年の女性、白銀の軍装)
「私たちは、あと少しで消える運命にありました。だが、リリィ殿たちの尽力で、新しい朝を迎えることができた。心より、感謝申し上げます」
群衆の声がこだました。
「ありがとう!」「虹色の風!」「万歳!」
熱狂は波のように何度も繰り返され、空に響き渡った。
マーガレット
「ティルナって、あったかい星ニャ。たくさんの人が笑ってるニャ」
クロシャ
「この空気、懐かしいな。昔、俺が守りたかった場所と似ている」
ジャック
「今回は、ほとんど奇跡だったな。次は、もっとスマートにやりたいところだ」
ガルド
「いやいや、派手にやるのも悪くない。この星の空を見ろ。守った甲斐があるってもんだ」
オルテリア大統領は、リリィにティルナ星の象徴である“蒼銀のリーフ冠”を手渡した。
「これは、再生と永遠を意味する冠です。あなたにこそ、ふさわしい」
リリィ
「恐縮です。この星を守れたのは、私たちだけの力ではありません。協力してくれたすべての人たちの想いが、今日という日をもたらしました」
夜空には、祝福の魔法花火が咲き誇る。ティルナの人々が笑い、踊り、そして未来を語り合う。彼らはもう、恐れるべき中性子星の影から解き放たれていた。




