第4話 巨大隕石襲来 惑星アステリアを救え
勇者ギルド星。星々を渡る冒険者たちの集まるこの拠点に、リリィたち一行は一時の休息を得ていた。
だが、その静寂は突如破られた。
勇者ギルドの長が、リリィたちを会議室に呼び出したのだ。かつて世界を救った英雄たちに託された、新たなる宇宙規模の危機。
ギルド長は、重苦しい表情で語り始めた。
「ある宇宙の辺境星系に位置する惑星アステリアに、巨大隕石が衝突する軌道が確認された。衝突までの猶予は、およそ一年。既に人族をはじめとする生物の避難が進められているが、全てを救うことは不可能だ」
ジャックが端末モニターで星図を開く。
「アステリア、古代文明の遺跡が複数確認されていたはずだ」
ギルド長はうなずく。
「そうだ。失われた技術の鍵となる遺跡も多く、放棄すれば数千年の知が失われる。だからこそ、惑星そのものを守ってほしい。クエストの報酬は勇者ギルドの最高等級で準備する」
リリィは黙って席を立ち、メンバーの頷く顔をみて言った。
「分かりました。受けましょう、このクエスト」
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アステリア、青と緑の美しい星が、静かにその危機を迎えようとしていた。
天文観測所の魔導通信が届いたのは、1カ月前、巨大隕石が、ある宇宙の辺境星系に位置する惑星アステリアに、高速で接近していることが判明した。
惑星政府はただちに非常事態を宣言し、各都市で避難指令が出された。冒険者ギルドは勇者ギルドに連絡、避難が開始された。勇者ギルド主導で避難を開始、避難場所として多数の『天動説のようなお盆の世界』を準備し、現在、宇宙空港には長蛇の列、転移門には規制がかかり、重病人や幼い子供たちが優先的に搬送されていく。
空を覆うシャトル群と、惑星軌道上を行き交う救援船団。人々は涙をこらえながら、故郷の地に一礼して船へと乗り込んでいった。
だが、すべての命を救うには限界があった。収容可能な船は数に限り、転移魔法も一日に使用できる回数が決まっている。
地上に残された者たちは、祈るように空を見上げながら、自分たちの運命を静かに受け入れていた。
リリィ「直径は約2100km。これは、惑星を丸ごと吹き飛ばす規模ね」
ジャック「核融合パルスミサイルでも無理だ。速度が速すぎるし、断片化しても地表へのダメージは避けられない」
ガルド「じゃあ、どうする? 異世界に転移するには、この星は大きすぎるぞ」
リリィは一冊の記録書を開いた。そこには、かつて彼女たちが“重力定数の小さい宇宙”へ転移させたブラックホールの記録が残されていた。
リリィ「あのときのブラックホール、使えるかもしれないわ。そこから“かけら”を採取できれば、マイクロブラックホールを生成できるかも」
ジャック「なるほど。巨大隕石をブラックホール化させて、サイズが小さくなれば転移魔法を展開しやすい」
コモンがすかさず補足する。
「ただし、ブラックホールの“かけら”を安全に採取するには、物理結界と空間バブルの二重構造が必要です。重力ミサイルの開発もしなければ、急ぎましょう」
ガルド「爆薬じゃなくて、マイクロブラックホールを先端に仕込むんだな。面白いじゃないか」
ジャック「つまり、まとめると、隕石ごとブラックホール化させて、さらにそれを重力定数の小さい宇宙に転移すれば、惑星を救えるってわけだな。転移先は、元ブラックホールを設置した座標から数光年離れた場所にしよう。あそこは、数億光年内に何もないボイド空間だ。誰にも迷惑をかけずに済む」
リリィは小さくうなずき、仲間たちを見回す。
「決まりね。準備を始めましょう。アステリアは、必ず守る」
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◆元ブラックホールの“かけら”採取
舞台はあの別宇宙。重力定数が小さい宇宙、ブラックホールさえ星へと変わる世界。リリィたちは再びその宇宙へと転移し、元ブラックホールの黒い渦に接近していた。
ジャック「探知完了。黒い渦は安定してる。だが近づきすぎると危険だぞ」
リリィ「コモン、転移座標を調整して。ジャック、スペースメタルゴーレムで採取を」
ダンジョンコアver3.0により高度の物理結界魔法と空間固定術式によって採取するのは、元ブラックホールの黒い渦の“外縁”に浮かぶ小さなかけら、極限の密度を持つ物質だった。
スペースメタルゴーレムは精密制御を受け、ゆっくりと黒い渦の外層へと腕を伸ばしていく。空間に軋むような圧が走った。やがて、黒いかけらが浮かび上がり、結界で包まれて収容された。
コモン「採取成功。重力ノイズ、最小限に収まってる。これならミサイルの先端に格納できる」
リリィ「よし、とりあえず、それはここに置いて、帰還するわ。次はミサイルの設計よ」
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【重力ミサイル・ノヴァの完成】
アステリアの上空に浮かぶ軌道工場。ここでジャックとガルドがミサイル設計を急いでいた。
ジャック「先端には多層式の物理結界。空間バブルの魔法陣で“かけら”の安定を維持する」
ガルド「ミサイルは三段構造。第一段階で加速、第二段階で異空間への転移、そして、空間バブルと物理結界を開放、最終段階で、巨大隕石の前で、マイクロブラックホールを生成する」
リリィ「名前を付けましょう。この武器に。敵でもなく、災害でもない。けれども力を持つ存在に相応しい名を」
ジャックがふと口にした。
「“ノヴァ”ってのはどうだ? 消えるはずの星を、重力が世界を守るってな」
リリィは微笑んでうなずいた。
「決まりね。“ノヴァ”、私たちの希望を繋ぐ、重力のかけらに」
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【作戦実行当日】
宇宙空間に展開された転移魔法陣が起動し、既に弾頭に黒い渦のかけらをセットした重力ミサイル・ノヴァが別宇宙にへと吸い込まれた。転移座標は、巨大隕石の目前、全ては、計算と一瞬のタイミングにかかっていた。
コモン「座標一致、成功。転移完了。ミサイルは予定位置に転移」
ジャック「外殻解除、空間バブルと物理結界の解放まであと三十秒」
リリィ「“ノヴァ”、今こそその力で、この星を、守って」
ミサイルの先端が開き、超重力がひび割れるように広がる。マイクロブラックホールが発生、隕石を引き伸ばし吸い込み始めた。
静かに、ゆっくりと、確実に。隕石の巨大な質量が砕け、ねじれ、光を吸い込みながら消えていく。直径数十メートルのブラックホールへと変貌していく。
コモン「反応確認、全質量吸収完了!」
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【大転移門・展開】
グネルが即座にダンジョンコアver3.0を操作する。
ガルド「空間座標固定、大転移門、展開!」
新ダンジョンコアver3.0が空間を裂き、別宇宙への大転移門を開いた。
目標は、重力定数の小さい、異宇宙だ。
ブラックホール化した元巨大隕石は、大転移門へと吸い込まれていった。
【転移先・重力定数の小さな宇宙】
リリィ「転移先の様子を見ましょう」
虹色の風パーティは観測宇宙船ごと転移した。
そこは、重力定数が小さく、ブラックホールが存在できない宇宙だ。転移直後、生成されたばかりのブラックホールはさらに変化を始めた。重力場が崩壊し、黒い渦のような形へと移行していく。
マーガレットが静かに見つめながら言った。
「変わっていくニャ。あれは、もうブラックホールじゃないニャ」
リリィは即座に指示を出した。
「結界展開。物理結界であの黒い渦を封じ込めて」
コモンがダンジョンコアver3.0で素早く物理結界を起動し、黒い渦を囲んだ。ホー博士と連携して、空間座標と結界展開範囲を固定した。
十数秒後、透明な球状の物理結界が黒い渦を完全に包み込んだ。
グネルが結界の安定を確認し、報告する。
「物理結界、展開。内部空間、外部空間から完全遮断完了」
ガルドが腕を組んで頷く。
「これで、あの黒い渦が暴れても、どこにも影響は出ねえな」
ジャックも端末を見ながら続ける。
「念のため、二重、三重の結界を張っておこう。念には念をだ」
リリィは、漆黒の渦を静かに見つめながら言った。
「これで、アステリアも、周辺星系も救えたわ」
リリィ「元の宇宙に帰りましょう」
観測宇宙船ごと転移。
アステリアの大地には、青空が戻っていた。
天文観測所の魔導通信が、衝突の危機が完全に消滅したことを告げている。
リリィ「やったわ。これで、人々も文化も遺跡も守られた」
ホー博士が静かに言った。
「ノヴァは、もう単なる兵器ではない。未来を変える魔道具になった」
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◆重力ミサイルを巡る賛否
作戦は成功した。惑星アステリアは救われ、古代文明の遺産も無傷で残された。
だが、静かな勝利の裏側で、リリィたちは新たな波を迎えていた。
それは“ノヴァ”を巡る、ギルド内部の意見対立だった。
【作戦後の会議】
勇者ギルド本部の戦略会議室。
中央ホログラムには、“ノヴァ”の重力波記録と、作戦時の転移ログが再生されていた。
リリィは立ち上がり、堂々と語り始めた。
「このマイクロブラックホールの技術、今後の宇宙災害を防ぐ鍵になります。制御と管理を徹底すれば、同様の天災に対抗できるはずです」
一方、保守派のギルド幹部たちは顔を曇らせていた。
幹部A「冗談ではない。この力は破壊の極致。いかなる管理体制を整えようと、一度暴走すれば文明ごと飲み込む」
幹部B「敵対勢力に奪われた場合、星系全体が一夜にして消し飛ぶ。危険すぎる兵器だ」
コモンが静かに反論する。
「でも、それを恐れて封印してしまえば、再び来る災厄には何もできません。管理体制と使用条件の厳格化を前提に、知識と技術として保つべきです」
リリィ「私たちは、武器として重力ミサイル“ノヴァ”を作ったんじゃない。選択肢を増やすために作ったの。それを無かったことにするのは、私たちの未来を捨てるのと同じよ」
幹部C「だが、それが新たな戦争を招く可能性もある」
【議論の果てに】
会議は紛糾し、一時中断された。
翌日、ギルド長自らが全体を前に口を開いた。
ギルド長「“ノヴァ”は力だ。その扱いを誤れば滅びを招き、正しく使えば希望となる」
ギルド長はリリィたちに向き直った。
「リリィ、お前たちに問う。お前たちは“ノヴァ”の保有者として、この技術をどう扱うのか。いずれ、各方面からも問われることになるだろう」
リリィは一歩前に出て、真っ直ぐに答えた。
「“ノヴァ”は兵器ではなく、可能性です。私たちが先に恐れるのではなく、先に希望を見せていく。その責任も、私たちが背負います」
静まり返る会議室の中で、その言葉だけが重く響いた。
こうして、「マイクロブラックホール作戦」はあまりに大きな力ゆえに極秘情報扱いとなった。
重力定数が小さく、かつてブラックホールだった天体が星へと変わる別宇宙の座標。元ブラックホールがバラバラになり崩れた、巨大な黒い渦の座標。巨大隕石が変化しブラックホールを経て巨大な黒い渦となった座標。技術はマニュアル化はせずに、全てを極秘扱いとした。知る者は勇者ギルドの上層部の一部だけとなった。
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◆星を救った者たちの祝賀会
作戦は成功した。
惑星アステリアに迫る巨大隕石は完全に消滅し、地表にも空にも、その爪痕ひとつ残されなかった。
今、アステリアの空は再び晴れ渡り、各都市では避難していた人々の帰還が始まっていた。
かつて滅亡寸前だったこの星は、今、ゆっくりと日常を取り戻しつつある。
そして、
アステリアの首都オルセアにある大広場で、勇者ギルド主催の祝賀会が盛大に開かれていた。
銀の幕がはためき、空中には魔法の光で彩られた星々が舞う。
各国の代表、研究者、子供たち、冒険者、そしてアステリアの人々が、広場を埋め尽くしていた。
リリィたちは最前列の円卓に招かれ、銀の装飾を施した勲章を胸に受け取っていた。
ギルド長が壇上に立ち、魔法拡声器で声を響かせる。
「皆の者、この星がこうして息づいているのは、目の前にいる『虹色の風』パーティのおかげだ! 彼らの勇気と知恵、そして何より“諦めなかった意志”に、盛大なる喝采を!」
無数の拍手と歓声が広場を包む。
夜空には祝福の花火が、静かに打ち上がった。
その夜、祝賀会の裏で、静かな場所に集まっていたのは、いつものメンバーだった。
リリィ、ジャック、コモン、ガルド、そしてホー博士。
川沿いのテラスで、それぞれにグラスを手にしていた。
ガルド「星ひとつ、救った実感がまだ湧かねえなあ」
コモン「ブラックホールのかけらの威力は確認済みだ。納得せざるを得ない。」
ジャック「でもまだ、あれを完全に制御したとは言えない。今回うまくいったのは、運が良かった」
リリィ「その分、期待も責任も大きくなるわ。もう“冒険者”ってだけじゃ、済まされないわね」
リリィは、広場に集う人々の笑顔を見つめながら、静かにうなずいた。
「私たちが守ったこの光景が、次の星でも、次の時代でも続いていくように。“ノヴァ”を厳密に管理していきましょう」
風が吹き、花火の残光が空にゆらめいた。




