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9.二度目のキス

 祈りを終えた聖女様とシリウス様は、一時間も経たない内に、寝室から出て来られ、すぐに聖女様は教会に戻られた。


 その流れで今は、シリウス様とともに食事をとっている。


 それにしても、さっきのゾワゾワした感覚は、いったいなんだったんだろう。

 聖女様ほど清らかなお方に嫉妬してしまった⋯⋯とか?


「ミラ、君が贈ってくれたこのカップで飲む紅茶は、いつも以上に香り高く感じる。僕たち二人を象徴するかのようなこの花柄が、心を癒やしてくれるからだろうか」


 シリウス様は私が半年前に購入した、黄色と紫のパンジーが描かれたティーセットを満足そうに眺めていた。


 カップの内側の花柄は、注がれた紅茶の水色(すいしょく)越しにも楽しむことが出来る。

 シリウス様も私と同じ理由で気に入ってくださったことが嬉しい。

 

 こんな風に二人で紅茶を飲める日が来るなんて、まるで夢みたい。

 本当に夫婦になれたのだと実感が湧く。


「少し慌ただしさも落ち着きましたから、そろそろお二人の挙式の段取りをいたしませんと。グラフィアス子爵ご夫妻も、大変待ち望んでいらっしゃるでしょう」


 執事長のレオニスは、白髪混じりのふさふさの眉毛と目尻を優しげに下げながら微笑む。


「そのことだが⋯⋯大がかりな挙式はせずに、領内の教会で二人だけで厳かな式を挙げようと思う。先ほど聖女様にもご相談した」


 シリウス様の発言に、一瞬、自分の耳を疑った。

 公爵家と子爵家が、招待客もなしに、ましてや両親の関与もなしに、挙式を執り行う?

 代々、公爵家の結婚式は王都にある大神殿で行われるのが習わしだ。

 それなのに、領内の小さな教会で挙式するなんて⋯⋯

 

「そのようなことは、前代未聞では⋯⋯?」


 レオニスの表情が一気にこわばる。


 貴族同士の結婚というのは、どれだけ盛大な挙式を行うかで、家門の人脈の広さや財力、ひいては軍事力を誇示する側面もあるというのに。


 実は挙式も出来ないほど、この家は困窮していた?

 いや、そんなはずはない。

 今まで私が触れてきた書類をみる限りでは、財政面でも問題はなかったはず。


 しかし、シリウス様の物言いには、有無を言わさぬ圧を感じる。

 お父様とお母様に花嫁姿を見せる事も叶わないの?

 フォーマルハウト様やアルキオーネ様にだって、感謝の気持ちを伝えたかったのに。


 本心では納得が行かないものの、立場上、物分かりのいい妻を演じるしか選択肢はない。


「今はお義父様のご体調が優れませんものね。招待客のお相手をなさるのもご負担でしょうし⋯⋯」


「そうだ。君は察しが良くて助かる」


 シリウス様は、これでその話は終わりとばかりに、それ以上は口を閉ざされた。 

 


 夕食後、就寝前の支度を手伝ってくれているナシラは、むくれていた。

 

「ミラ様! 先程の旦那様のお話⋯⋯あまりにも酷くはありませんか!? 確かに大旦那様のご体調への配慮は必要ですが、だからって式自体の規模を縮小するだなんて! ミラ様のお父様とお母様も、さぞかし残念がられることでしょう! 余りにも横柄では?」


 私の代わりに怒ってくれているその気持ちは、とてもありがたい。

 もちろん、公爵家の侍女が側にいないからこそ出来る会話だ。


「やはり客観的に見れば、そういう感想を抱くわよね。はぁ⋯⋯」


 シリウス様のお考えはどこにあるのか。

 これから私たちの結婚は、様々な憶測を呼ぶことは間違いない。

 今後のことを考えると溜め息が出るけど、今は目の前のことを着々とこなすしかないわよね。




 結婚式の準備は一切、滞ることなく当日を迎えた。


 準備といってもこの四ヶ月間でしたことと言えば、結婚報告の手紙を関係各所に送り、二人の衣装や小物を準備し、教会関係者と当日の段取りを打ち合わせた程度。


 花嫁衣装への着替えは、侍女たちに手伝ってもらい、ロングスリーブの純白のウエディングドレスを着せてもらった。

 ウエストから裾にかけてボリュームがあるプリンセスラインのドレスは、子どもの頃から強く憧れていたもの。


 公爵家に代々伝わるチョーカーネックレスには、ダイアモンドが贅沢に使われていて、私の胸元で重厚感のある輝きを放っている。


「ミラ様、とてもお綺麗ですよ」


 侍女たちに付き添ってもらい教会に移動すると、そこには黒の軍服姿のシリウス様がいらっしゃった。

 

「ミラ、とても綺麗だ⋯⋯」


 シリウス様は少し目を潤ませながら、私のことを優しい目で見つめてくださる。


「ありがとうございます。シリウス様も、とても素敵です⋯⋯」


 二人だけの挙式なんて、どうなることかと不安になったけれど、そこにシリウス様がいてくだされば、私の心は満たされるんだ。


 むしろ、過度に緊張したり、お客様を気遣ったりしない分、目の前のシリウス様に集中できる気さえする。



「シリウス=アルデバラン、貴方はミラ=グラフィアスを妻とし、如何なる困難が訪れようとも、共に助け合い、喜び合い、分かち合いながら生涯を歩んでいくことを誓いますか?」


「はい。誓います」


「ミラ=グラフィアス、貴女はシリウス=アルデバランを夫とし、如何なる困難が訪れようとも、共に助け合い、喜び合い、分かち合いながら生涯を歩んでいくことを誓いますか?」


「はい。誓います」


 神父様の問いかけに答え、神の前で永遠の愛を誓う。


「それでは誓いのキスを」


 シリウス様は私のベールをそっと持ち上げた。

 少し冷えた肩に手を置かれると、心地よい温かさを感じる。


 思い返せば、プロポーズされたとき以来、約一年ぶりのキス。

 期待に胸を膨らませながら、静かに目を閉じて唇が触れるのを待つ。


「夫婦となった二人に祝福を」


 神父様は拍手を贈ってくださった。

 あれ? まだ唇が触れてない気がするんだけど⋯⋯


 神父様から見たら誓いのキスが終わったように見えたんだろう。

 少し戸惑いながらもシリウス様を見上げると、彼は私からさっと目を逸らした。

 ちょっとした笑い話になるかと思っていたのに、その反応は何?



 挙式自体は三十分もかからなかった。

 本来ならこれからレセプションパーティーをするのが一般的だけど、私たちの場合はこれでおしまい⋯⋯


 領民にも今日が挙式だと伝えていないから、屋敷への帰り道も寂しいものだ。

 納得ずくとはいえ、何も感じないわけではない。



「ミラ様、今夜は新婚初夜ですから! いつも以上に完璧に仕上げさせて頂きますよ!」


 夜になると、ナシラや他の侍女たちは気合いを入れて準備を手伝ってくれた。


 バラの香りがする湯船に浸かり、髪を丁寧にとかしてもらい、純白のネグリジェに着替え、ベッドでシリウス様を待つ。


 当然、このようなことは初めてだから、緊張でいつ口から心臓が飛び出してもおかしくない状態だ。

 あのシリウス様のことだから、優しくしてくださるかしら?


 左手の薬指にはめて頂いたシルバーの結婚指輪を見つめ、気持ちを落ち着ける。


 期待と不安が入り混じる中、シリウス様の寝室と繋がる扉を眺めながら、ご訪問を待ったものの、とうとう彼が現れることはなかった。


 これらの一連の出来事は、四年の間、築き上げてきた二人の信頼関係に亀裂を生み、不信感を抱くには十分な理由になった。

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