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6.二つのカップ

 

 無事に学園を卒業した私たちは、それぞれ自分の生家に帰っていた。


 シリウス様からプロポーズを受けた後、グラフィアス子爵家に対し、アルデバラン公爵家から正式に婚約の申し込みがあり、現在、屋敷内は大騒ぎになっている。

 

「ミラ、こんな光栄な事はないぞ! 奇跡が起きたんだ! やはりアステル学園に通わせて正解だった。よくやった!」


「シリウス閣下なら、きっとあなたを幸せにしてくださるわ。おめでとう」


 お父様とお母様は、私たちの結婚を祝福してくださった。

 

 これからアルデバラン公爵家に嫁入りするため、準備に慌ただしくなる。


「花嫁衣装に、リネンに⋯⋯あとジュエリーも必要ね」 


 お母様がテキパキと段取りをしてくださったお陰で、必要なものは順調に揃っていった。



「そう言えば大事な事を忘れていたわ。シリウス閣下は、ミラがあちらの家で心細くないようにと、侍女を連れて行く事を許可してくださったのよね? わたくしは、ナシラが適任だと思うのだけど」


 お母様が推薦された侍女のナシラは、私より一歳年上の二十歳。

 商人の娘でよく気も利くし、衣装や宝石などの身の回りの品の管理も安心して任せられる。

 何より、家に来てくれてから長いので、困ったことがあっても相談できるだけの信頼関係もある。


「そうですね。ナシラさえ良ければ、ぜひお願いしたいです」


 お母様がナシラに話を通してくださったお陰で、彼女がこれからも私の生活をサポートしてくれる事に決まった。


「ミラお嬢様、ご指名頂き光栄です! 公爵邸でも引き続き精一杯、仕えさせて頂きます!」


 ナシラは満面の笑みで、元気よく頭を下げた。

 あごの下くらいまでの長さの水色の髪が、さらりと前に垂れたのを、顔を上げるのと同時に、片手で耳にかける仕草が愛らしい。

 

 その後、嫁入り道具を選ぶために、私とナシラは街に買い物に出かける事になった。


「ミラお嬢様! こちらの帽子なんて素敵ではありませんか? お嬢様がお持ちのネイビーのドレスにも合いそうですね。あと、こちらのグローブなんかも、上品な光沢と可憐なリボンが、お嬢様らしくてよろしいかと!」


 ナシラは目を輝かせながら、一つひとつじっくりと商品を吟味し、上質なものを勧めてくれる。

 この買い物を楽しんでくれていることが伝わってきて、ありがたい限りだ。


 それからもいくつかお店を周り、ふらりと入ったティーショップで、とある品に一目惚れした。


 それは、白い陶器のティーカップとソーサーのセットで、紫と黄色のパンジーが描かれたものだ。

 金の縁取りが華やかさをより一層引き立てる。


 このティーカップをシリウス様とお揃いで使うことができたら、どれだけ素敵か⋯⋯


「お嬢様、お目が高いですね! こちらのカップは、かの有名な凄腕職人、へームル=ターラーの作品のようです! 滅多に出回らない希少なものでごさいますよ!」


 ナシラは丁寧な手つきでカップを持ち上げながら、底に刻まれたサインを確認する。


「そうなのね。それではこれも購入しましょう」


 箱にリボンをかけてもらい、結婚の記念品として、シリウス様に贈る事にした。


 その日の夜。

 ベッドに横になりながら、ベッドサイドテーブルの上に置いたプレゼントボックスを眺める。


 シリウス様も喜んでくださるかしら。

 私たち二人を象徴するような花柄ですもの、きっと素敵だと共感してくださるはず。

 

 しかし、ふと思い浮かべてしまうのは、プロポーズされた日の出来事。

 シリウス様にとって、あのバルコニーは、ご令嬢との逢瀬でのロマンチックな演出のための、使い古された場所に過ぎなかったのだろうか。


 シリウス様と過ごした三年間、授業中はもちろんのこと、休憩時間や放課後も、フォーマルハウト様とアルキオーネ様と四人で一緒にいることが多かった。

 

 シリウス様に話しかけてこられる生徒は大勢いたけれども、特別親しそうなご令嬢はいなかったはず。 


 ただし、寮生活をしていたとは言え、連休中は外出も可能だから、私が知らない所で密会を楽しんでおられたなんてことも、否定は出来ない。

 私はあの御方の全てを知っているわけではないから⋯⋯

 

 学園内にあるダンスホールのバルコニーで、シリウス様は誰とキスしていたんだろう。

 そのご令嬢にはプロポーズしなかったんだろうか。

 まさか、断られてしまったから、私に声がかかっただけ?


 ネガティブな想像がどんどん膨らんでいく。

 これからシリウス様の妻になれるというのに、どうして私はこんなにもつまらないことを考えているのか。


 シリウス様が、私のことを好きだと言ってくださったあの目には、迷いや偽りなんてなかったはず。

 愛する人を信用出来なくて、これからの人生どうするっていうの?


 無意味な考えは止め、目を瞑っている内に、眠りに落ちることができた。



 アルデバラン公爵邸に向かう日が間近に迫った頃、隣国が大軍を率いて、西の国境に攻め込んできたとの情報が入った。


 その侵攻を食い止めるため、アルデバラン公爵とシリウス様もまた、兵を率いて戦地へ向かわれることになった。

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