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45.二人の宝物③


 あれから季節が一巡りした頃の事。


「ミラ、体調に異変はないか? 出血は。こんなに動いて大丈夫なのか?」

 

 大きくなったお腹を抱えながら庭園を散歩していると、シリウス様に声をかけられた。


 親鳥のあとを追いかけるヒナのように、私の斜め後ろをついて歩きながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫ですよ。先ほど先生に見て頂いたばかりじゃないですか。異常がないならば、今の時期はたくさん歩いておかないと、お産が長引いて却ってリスクが上がるとのことだったでしょう?」


 シリウス様が薬を飲むのを止めてから、半年ほど経った頃、お腹の中に命が宿っていることが分かった。


 それからと言うものの、シリウス様はいつもソワソワと落ち着かないご様子。


 御本人は、不安に押しつぶされそうになって、辛い思いをされているのは想像に難くないけれども、愛されている実感が湧いて、愛おしさが増す。


 シリウス様は、万全の体制で出産を迎えられるようにと、期間限定で医者と産婆をそれぞれ雇い、屋敷に住まわせ、臨時で領民の往診が入った際には、公爵家の馬車で送迎するようにした。

 

 料理人には、妊婦や授乳婦に適した食事を提供するように指示をし、栄養学者が書いた文献を厨房に持ち込んだ。

 

 そして極めつけには、ご自身の机の上に、山のように積み上げられた本たち⋯⋯


 妊娠中の身体の変化や合併症、産まれたての子どものお世話の仕方などなど。

 ここに来て、研究者気質が加速しているようにも見受けられる。


 それもこれも、()()()が大切に思われている証拠だ。


  

 産み月に入ったある日の午後。

 アルキオーネ様とフォーマルハウト様、プロキオン様が会いに来てくださった。


「ミラさん! いよいよですわね! お手紙を頂いた時から、どれだけこの時を待ちわびたことか! すぐに駆けつけたい衝動を抑えるのが大変でしたわ!」


 アルキオーネ様は私の手を優しく握ってくださった。

 その手の温かさと言葉から、自分のことのように喜んでくださっているのが伝わってくる。


「お加減が良さそうで安心しました。どうか息災で。出産祝いは、お生まれになってから贈りますね」


 フォーマルハウト様は、優しい笑みを浮かべながら言ってくださった。


「今日は僭越ながら、祝福を授けようと思って来ました! 略式ですが、俺の手にかかれば効果は絶大のはずです!」

 

 プロキオン様はこちらに手を伸ばし、前髪をかき分け、おでこにキスをした。

 唇が触れた場所から、ひんやりとしたものが身体中に広がり、清らかになっていくような気がする。


「皆、ありがとう。どうかミラの無事を祈っていて欲しい。僕の心からの頼みだ」


 シリウス様が御三方に頭を下げると、皆さんにっこりと微笑みながら頷いてくださった。


 

 そして、いよいよその日を迎えた。

 

 深夜。

 繰り返しお腹が張るようになり、少量の出血もあったので、急遽、医師に診てもらうことになった。


「これからさらに張りが強くなり、間隔が短くなってくれば、いよいよお産ですね。今のところ、おかしな兆候は見受けられません。ここから長い戦いになりますが、全力でお力添え出来たらと思います」

 

 医師の言葉にホッと胸を撫で下ろすも、いよいよ本番なのだと気が引き締まる。


「ミラ、僕も付き添うから、何でも頼ってくれ」


 シリウス様はその言葉の通り、ずっと側にいてくださった。

 強くなる陣痛に必死に耐えていると、腰をさすり、温かい言葉をかけてくださる。


 お産は女性のものという考えが根強く残っているこの国で、シリウス様ほど高貴な男性が妻のお産に付き添うというのは、私は聞いたことがなかった。


「若旦那様! わたくしどもがおりますから、どうか、お休みになってください!」


 立ちっぱなしで飲まず食わずのシリウス様を気遣い、ナシラが声をかけるも、この場を一歩も動かれる気配はない。


 最初は心配して頂ける嬉しさと、苦しむ姿を見られたくないという思いがせめぎ合っていたけれども、いよいよ痛みが激しくなると、そんな考えもどこかに飛んで行ってしまった。


 昇った太陽が再び沈み始めた頃。

 

 疲労が限界に達し、陣痛がピークを迎える中、力一杯いきむよう医師に言われ、必死に踏ん張った。


 そして――


「おめでとうございます! 元気なお坊ちゃまです!」


「ミラ様! お疲れ様でした!」


 元気な産声と立ち会ってくれた人々の拍手が鳴り響いた。


 達成感とともに、喜びと感動が押し寄せてくる。


 生きてる。

 この子も私も生きている。


「シリウス様⋯⋯よかった⋯⋯」

 

「ありがとう。よく頑張ってくれた。ありがとう」


 シリウス様は片手で目を覆いながら、私の手を握ってくださった。


 我が子は産婆に浴室で身体を清めてもらい、私はナシラたちに身なりを整えてもらう。


 無事に出産が終わったとの知らせを受け、お義父様とお義母様も入って来られた。


「ミラ、よく頑張ったわね」


 お義母様は背中をさすり、労ってくださった。


 そこに産婆が、おくるみに包まれた我が子を連れてきてくれた。


 お義父様かシリウス様か、どちらが先に抱かれるのか産婆が確認すると、お二人は私に順番を譲ってくださった。


 何度かやり取りがあったあと、遠慮なく抱かせてもらうことにした。

 初めて対面する生まれたての子は、想像以上に小さく感じる。


 一見弱々しく見えるけど、このスタートラインから、色々な事を経験して、時には人の助けを借りながら、時間をかけて立派な大人に成長していくんだ。


「あぁ。なんて可愛らしいんだ。愛おしくてたまらない」

  

 シリウス様は蕩けそうな顔で我が子を見つめていた。

 そして、その姿を見て目を潤ませ、微笑むお義父様とお義母様。


 私が見たかったのは、こんな風に温かな家族の光景だった。 



 お義父様とお義母様が退室され、再び我が子を抱かせてもらった。

 体力を消耗しきった身体を支えるように、シリウス様が肩を抱いてくださる。


「ミラ、ありがとう。またこの子に会わせてくれて。こんなにも幸せな未来を見せてくれてありがとう。僕が君たちを守るから」

 

 シリウス様は、私の頬に頬を寄せながら言った。


「ありがとうございます、シリウス様。わたくしは世界一の幸せ者です」


 いつだって私を守り、支えてくれる最愛の人。

 その温かな体温に包まれ、我が子を胸に抱く喜びをかみしめながら、そっと目を閉じた。






【完結】






最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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