表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/45

43.二人の宝物①


 初めて迎える二十二歳の春。


 シリウス様の寝室で過ごしていた時のこと。

 

「ミラ、辛くなかったか」


 シリウス様は、私のおでこや首筋に汗で貼り付いた髪を指で優しくよけてくれた。

 冷たい水をグラスに注ぎ、手渡してくださる。


「はい。大丈夫です。むしろ、たまにはもっと荒々しく扱われてみたいくらいです。ロセウス戦記のシーンにもあったじゃないですか? もちろん、シリウス様だからそう思えるんですけど」


 結婚生活ももう三年目だからか、ほんの少し勇気を出すだけで、こんなリクエストも言えてしまう。

 しかし、シリウス様は意外だったのか、驚いたように目を見開いていた。 


「そうか。ミラはそんな風に思っていたのか。英傑ロセウスが戦利品の姫を抱くシーンが好みだったとは。精読の上、善処しよう」


 シリウス様はガウンを羽織り、立ち上がろうとする。

 善は急げ? 思い立ったらすぐ行動?の精神なのだろうけど、目の前で確認されるのは、さすがに恥ずかしい。


「シリウス様、こんな時に一人にしないでください。心細いです」


 ガウンの裾を掴んで上目遣いで甘える。


「それもそうだ。今は君との時間だから」


 シリウス様は再びベッドに戻り、抱きしめてくださった。



 私たちの夫婦生活はいたって順調だ。

 けれども、未だに子を授かれずにいる。


 まだ若いのだから焦る必要はないと周りは慰めてくれるけど、原因は予想がついている。


 それはシリウス様のお部屋の引き出しの中にある、白いフタの小瓶――


 私がそれを初めて見たときは、彼の机の上に忘れたように置かれていた。


 瓶の中には、金平糖やミンツのようなカラフルな粒がたくさん入っていて、お菓子かと思って手に取ったら、血相を変えたシリウス様に没収されてしまったっけ。


 その反応が気になった私は、本で中身を調べることにした。

 特徴が酷似している薬品の説明欄に書かれていたのは、男性用避妊薬の文字。

 

 飲みはじめの時期は特に、頭痛や胸の不快感などの症状が強く出ることも多く、決して身体に負担がかからないものではない。


 それでも彼がそれを飲み続けるのには、恐らく最初の人生の終わりが関わっているのだろう。



 最初の人生での私たちは、順風満帆だった。

 仲睦まじい夫婦で有名で、お茶会やパーティーの度に周囲に茶化されるくらい。


 そんな私のお腹の中に命が宿ったのは、結婚してすぐの事だった。

 シリウス様は大層喜んでくださって、いつも私の体調を気遣ってくださったし、つわりや頭痛など、それなりに辛い症状があったものの、大きな異変はなく過ごせていた。


「経過は至って良好です。後はその時を待つのみですね」


 医師は診察の後、満面の笑みでそう言ってくれた。


「そうか。ならばよかった。どうか、当日もよろしく頼む」


「ありがとうございます。ここまで無事に来れたのも先生のお陰です。引き続きよろしくお願いいたします」


 後は産み月を迎えるだけ。


 出産に対する不安がなかったと言えば嘘になるけど、もうすぐ我が子に会える喜びの方が圧倒的に大きかった。


 しかし、産み月直前から、急に暗雲が立ち込め始めた。


「ミラ、その後はどうだ? 医者は、この時期の出血は動き過ぎが原因だと言っているから、安静にしておかないと」


 シリウス様はベッドに横になる私の様子を見にきてくださった。

 心配そうに私の顔と大きくなったお腹を交互に見つめる。


「最近、ベビードレスの仕上げをしていたからでしょうか。椅子に座っていましたし、一日の作業時間はそう長くはなかったはずですけど。この子に負担をかけてしまっているのなら、本末転倒ですね」

 

 出血箇所は私の身体らしいけど、もしかしたらこの子も苦しかったのかもしれない。

 この時は誰もが、この出血は疲れが知らず知らずの内に溜まっている事への警告なのだと捉えていた。


 けれども、私がいくらベッドの上で過ごしたところで、出血は完全には止まらず、これ以上どう安静にすればいいのか頭を悩ます事になった。


 そして迎えたお産の日。

 想像の何十倍もの腹痛に、何度も意識が遠のきかける中、必死に医師と産婆たちの声に耳を傾けた。


「若奥様、気をしっかり持ってください! 呼吸が浅くなっていますよ!」


「⋯⋯⋯⋯はい」


 深呼吸をしようと努力するも、なぜか肺に空気が入って来ない。


「⋯⋯⋯⋯の顔色が⋯⋯⋯⋯にしては、出血が多い⋯⋯⋯⋯恐らく⋯⋯⋯⋯だから、胎盤が⋯⋯⋯⋯このままでは⋯⋯⋯⋯が危ない⋯⋯⋯⋯」


 なんだか周囲が騒がしくなって来た。

 緊急事態が起きているのだと、なんとなくわかる。

 

 赤ちゃんは? 赤ちゃんは大丈夫なの?

 ようやく会えると思っていたのに。


「若奥様の命が優先だ! まだ間に合う!」


 視界はぼやけ、周囲の声が遠くなる中、医師が叫んだその言葉だけがはっきりと聞こえた。


 それは先生のご判断なの? それともシリウス様?

 そんなのは間違ってる。

 私とシリウス様の大切な宝物が優先に決まっているじゃない。


 私のことは良いから、この子だけは助けて。

 この子とシリウス様を会わせてあげて。

 

 心の中で強く祈ると、私は死に引きずり込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ