41.理想の妻②
あれから季節は流れ、日中の陽射しが柔らかくなり、外で過ごしやすくなってきた頃。
「ミラ、今度の週末にピクニックに行かないか? その⋯⋯川のせせらぎが聞こえる場所に」
ある日の夕食中、シリウス様は少し緊張した面持ちでそんな事をおっしゃった。
それは一つ前の人生で、私が二十歳の誕生日に望んだけれども、あっさりと却下されてしまったプラン。
今でも基本的に、馬車での外出は必要なもの以外は許されていなかったのだけれど⋯⋯
「正直、君に遠出をさせるのは、まだ怖い。万が一のことがあったらと思うと足がすくむ。けれども、君の人生、制限ばかりでは十分に楽しめたとは言えない。領内で一番近いクラルス川なら道中に危険な箇所もない。軽くまたげる程の川幅しかないが、近くにコスモスが群生している。そこでもよければ、一緒に行ってくれないか?」
以前からシリウス様は、馬車での外出のリスクを重く見ておられた。
それは一度、私が馬車の中で命を落としているから。
今はもう『死の引力』もないし、盗賊の襲撃ならシリウス様が対処してくださるだろうけど、脱輪や落石、馬の暴走など、防ぎようのないものもある。
それでも、私の願いを叶えようと、リスクのない範囲で外出を一緒に楽しんでくださるつもりなのね。
「ありがとうございます。わたくし、クラルス川に行ってみたいです」
「そうか。ならば準備を頼む」
シリウス様は安心したように微笑んだあと、近くに控えていた料理長に指示をした。
翌日。
ナシラを通して、料理長が私との面会を希望しているとの知らせがあった。
再び厨房を訪ねると、奥で料理人たちに指示を出していた料理長が、慌ててこちらに向かって来た。
「若奥様、今度のピクニックの事ですが、メニューの一つにサンドイッチをご用意しようと考えております。以前、若奥様は若旦那様に手料理を振る舞いたいとおっしゃっていましたので、サンドイッチをお作りになるのはいかがでしょうか? 火と刃物が必要な工程は我々の方で行いますので、若奥様に組み立てをお願いできればと⋯⋯」
私は、料理長のご厚意を有り難く受け取ることにした。
自分たちで作った方が、手間がかからずに済むはずなのに、私の希望を覚えていて、声をかけてくださる、その心遣いが何よりも嬉しかった。
ピクニック当日は、いつもよりほんの少し早起きして、食堂に向かった。
シリウス様に振る舞う、初めての手料理。
気持ちが前のめりになって、ついつい早足になる。
食堂に入ると、テーブルの上には薄く切られた食パンと、レタスとトマト、チキンとハム、潰された茹で卵などが並べられていた。
「すごい! こんなところまで、用意して頂けているなんて!」
火や包丁を使う工程はしてもらえると聞いていたけど、本当にあとは組み立てるだけというところまで準備してもらえている。
「これは楽しそうですね! ミラ様!」
「どの具材も色鮮やかで、美味しそうです。こちらまでワクワクして来ました」
侍女のナシラとアトリアも、一緒についてきてくれた。
早速、作業に取りかかると、隣でアドバイスをくれる。
「ちょっと欲張りすぎたかしら? 到底、一口では食べられない厚さになってしまったわ」
「大丈夫ですよ! 若旦那様への愛情が、山盛り入っているということです! これくらい、男性なら一口でガブリです!」
「若奥様が召し上がられるものは、可愛らしい大きさが良いかもしれませんね」
挟む具材の量や順番、ドレッシングをかけるタイミングなど、組み立ての工程にもコツが必要らしい。
これは意外にも奥が深いのかも。
ジャムやオレンジマーマレードも追加で持ってきてもらえ、ますますテーブルの上の食材の彩りが良くなった。
その様子を眺めながら、主に自分が食べる用の一口サンドを作っていると、ふとアイディアが湧いてきた。
「パンに穴が空いていたら、具材の色がよく見えそうね。例えば星形にくり抜いて、チーズが見えるようにしたり、ハート型にくり抜いて、ハムやジャムが見えるようにしたり⋯⋯」
この方法だと中身が漏れてしまうかしら。
ナシラとアトリアに意見を尋ねると、二人は少し考え込んだあと、ぱっと明るい顔になった。
「もしかしたら出来るかもしれません! ちょっと聞いてきます!」
ナシラは食パンの乗ったお皿を持って、厨房に相談に行ってくれた。
十分ほど経って戻って来たナシラは、満面の笑みを浮かべている。
「見てください! 型抜きで抜いて頂きました! ミラ様のイメージされていたものと同じでしょうか?」
お皿の食パンは、星形やハート型、花の形にくり抜かれていた。
「そう! これよ! さすがナシラだわ。ありがとう」
食パンにマーガリンとマヨネーズを塗って、ハムを乗せる。
最後に、ハート型にくり抜かれた食パンを乗せると、ハムのピンク色が顔をのぞかせた。
「可愛らしくできたわ」
「本当ですね。きっと若旦那様への愛情も伝わりますよ」
アトリアは拍手を送ってくれた。
私の初めての手料理は、料理長たちや侍女たちにお膳立てしてもらったからこそ実現する、子どものお手伝いレベルのものかもしれない。
それでも、私の思いを形にするのを助けてくれるみんなのその気持ちに胸が熱くなった。