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37.決別


 千年の封印を経て、枯れ枝のような姿になったシャウラの元に近づくシリウス様。

 私もすぐに、その後を追う。


「お姉様⋯⋯ここで会うなんて、おかしいじゃない。今はまだ⋯⋯封印が解けていないっていうのに」


 枯れ枝から、弱々しいシャウラの声が聞こえてきた。

 いつも目の前に現れるときの彼女は、私たちが苦しむ姿を見て、生き生きとしていたのに。


「シャウラ、もう終わりにしましょう。賢者たちに復讐するなんて、この世界から人間を消すなんて間違ってる。千年経っても、何度、復活の時を繰り返しても、あなたの考えは変わらないのでしょう? わたくしたちは、その野望を何としても阻止しないといけないの」


 シャウラはふっ、と私の言葉を鼻で笑った。


「お姉様はずっとそうだった。魔女の誇りも地位も忘れてしまって⋯⋯この世界を壊せるだけの力を持っている私たちが、誰とも手を結ばず、何もせずに沈黙していたこと自体⋯⋯世界の平穏を守っていることになるとは思わない? 何かの抑止力になっていたとは思わない? それなのに人間たちは⋯⋯私やお姉様を崇めることもなく、対等であろうとする。お姉様の心を手に入れ、子どもを生ませ⋯⋯魔女の力を自分たちの繁栄のために使わせようとした。先に均衡を壊そうとしたのは、人間たちじゃない!」


 シャウラは自分のことを神とでも思っているのだろうか。

 魔女の力を恐れ、怯えた人間たちを従えるのが望みだったのだろうか。

 けど、魔女たちだって、そこまで万能な生き物じゃない。


「私たちだって、人間の力を借りなければ生きられなかったじゃない。それに、あなたが望むように、力で上下関係を決めるとしたら、人間たちは協力し合い、私たちを討つまで何万人でも仲間を集め続けたでしょう。世界の均衡は力で保つようなものではなく、助け合いと信頼なの」


 ふと気づいたら、自分がシェダルにでもなった気で話していた。  

 当時の彼女たちの暮らしぶりなんて、想像することしかできないのに。


「あなたが世界を壊そうとしたあの日から、千年が経とうとしている今でも、この森の民はあなたへの感謝を忘れていないのよ? あなたがしようとした事は、決して許されることではない。けれども、それでも人間は、あなたからもらったものを忘れてはいないの。ねぇ、シャウラ。もう一度やり直せないかしら? 人間たちを理解して、手を取り合えば、あなただって、必ず幸せに⋯⋯」


 自分が自分でなくなってしまったのか。

 自然に溢れ出てくる言葉を、ひたすら声に乗せシャウラに届け続けると、枯れ枝になったシャウラの目から涙がこぼれた。


「お姉様⋯⋯無理よ。私には理解できない。受け入れられないの。お姉様だって、虫や野ネズミとは結婚なんてできないでしょう? それを私に強要しないで。私だって本当は理解したかった。お姉様と同じ景色が見たかった。私がもし人間との恋を知れたら⋯⋯お姉様の邪魔をしようなんて思わずに、幸せになれたかも知れない。お姉様の新しい家族と私の新しい家族と、仲良く暮らせたのかもしれない⋯⋯」


 シャウラは本当に人間をパートナーとして見ることが出来ないんだ。

 ただ人間を蔑んでいるだけでなく、生理的に受け付けない。

 

 慈愛の魔女シェダルには、そのことが理解できずに、シャウラを正論で殴り続けてしまったのかもしれない。


「お姉様が大好きな予見の賢者は、確かにいい男だったのかも。私が彼に恋した⋯⋯って意味じゃないわよ? 私がどれだけ誘惑しても、権力を振りかざしても⋯⋯一途にお姉様を思い続けるんだもの。どんな女が隣にいても、お姉様も諦めずに必死に追いかけるんだもの⋯⋯馬鹿馬鹿しくて嫌になるわ」


 シャウラは再び鼻で笑った。

 けれども、その笑いは先ほどのような拒絶や怒りを含んだものよりも、ほんの少しだけ柔らかく響いた。


 彼女はメリディアナ王女殿下を操って、私たちの関係を妨害した。

 それは、ただの妨害ではなく、私の気持ちを理解しようとしての行動だったようにも聞こえた。


「お姉様、ごめんなさい。それでも私は、この者たちが憎くて、卑しく思えて、焼き払いたい衝動を抑えきれない。私の気持ちを理解できないお姉様が憎くて仕方ない。でも、この世の誰もが私の気持ちを理解してくれないんだもの。私が一人、間違っているんだわ。だから、もう、終わりにしてください」


 シャウラが流した涙で、乾ききった枯れ枝がしっとりと濡れていく。

 その姿を見ると心が揺れる。


 人間たちを皆殺しにするのは間違っている。

 彼女を野放しにすれば、森の民も私の大好きな人たちもみんな命を落としてしまう。


 でも、シェダルは?

 たった一人の妹のこの孤独と絶望を無視しても良いの?

 

「ミラ、時間切れだ。情が湧くと君の精神状態にも悪影響が及ぶ」


 シリウス様は私を守るように前に出て、終焉の剣を引き抜いた。


「待って! シリウス様! もっと、ちゃんと話を聞いてあげないと!」


「駄目だ。君は全てのものに愛を注いでしまうのだから、これ以上、この魔女の言葉に耳を傾けてはいけない。これは僕が始めた事なんだ。僕が責任を持って終わらせる。君にまで罪悪感を背負わせるわけにはいかない」


 シリウス様だって、シャウラに手出しをするのは本当は辛いんだ。

 私との幸せな未来のために、何度も人生を繰り返しながら、孤独に戦ってきた彼でさえも。


 それはきっと、私の中にいるシェダルがシャウラを愛しているから。


 だとしても、私がシャウラを庇うことは、シリウス様の今までの努力を、私に注いでくれた愛情を否定する事になってしまう。


 覚悟を決めた私が深く息を吐くのを確認すると、シリウス様は終焉の剣でシャウラの胸元を突き刺した。


 剣を刺した傷口から、黒いモヤが止めどなく溢れ、それを吸い込む終焉の剣は激しく暴れ出した。

 シリウス様は剣が抜けないように体重をかけながら、足を踏ん張っている。


 その姿をフォーマルハウト様とアルキオーネ様も静かに見守っている。

 

 やがて、剣から伝わる波動が私たちを包みこんだその時、私の身体から幽体離脱のように魂の一部が抜け出た。


 私たちの目の前には、金色に輝く慈愛の魔女シェダルの幻影が揺れている。

 シェダルの幻影は、シャウラの身体に寄り添い、共に剣の中に吸い込まれていく。


 激しい光に辺りが包まれ、光が収まる頃には、シャウラの身体もシェダルの幻影も、跡形もなく消えていた。

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