36.魔女の支配
「あとは、封印されているシャウラを、この剣で葬るだけだ」
終焉の剣に認められたシリウス様は、元々使っていた剣を腰の鞘におさめ、その横に終焉の剣を差した。
宿敵との対面に気を引き締めていると、神聖な森には似つかわしくない、ドスドスとした足音が遠くから響いてきた。
四足歩行の生き物が、土ぼこりを舞い上げながら、こちらに向かって走ってくる。
あれは⋯⋯もしかして、虎?
オレンジ色の虎は勢い良くこちらに走ってきたかと思ったら、オグマさんの前で急停止した。
その広い背中には、白っぽい服を着た人を乗せているみたい。
「オグマ様、侵入者を発見しました」
虎は人間の言葉を発したあと、しゅるりと音を立てながら姿を変える。
その正体は、森の番人の少女だった。
「まぁ! ミミズクだけではなく、虎にも姿を変えることが出来るのですね!」
アルキオーネ様は顔の前で手を組み、感動していらっしゃる。
こういう時のアルキオーネ様は、年相応の少女に見える。
「侵入者か。この森に迷い込んで出られなくなる者は珍しくも何ともないが、この者は違うというのか?」
「はい、オグマ様。この者は瞳に魔女の印が刻まれているのです。恐らく、シャウラ様に操られ、ここを訪れたのかと」
伏せた状態で、雑に寝かされているその人を少女が表返すと、それは私たちのよく知る人物だった。
「プロキオン様? どうしてこんなところに⋯⋯」
眠っているプロキオン様の顔や、服から覗く手足には、細かい擦り傷がたくさんできている。
道が分からないまま無理に森に入って、彷徨っている内に怪我をしてしまったのだろうか。
「確かにこの者には魔女の印が刻まれているようです」
オグマさんは気を失っているプロキオン様のまぶたを指でこじ開け、瞳を観察した。
「恐らくこの者は、聖職者の資質があるのでしょう。悲しいことに神聖力が強い者ほど、魔女の支配を受けやすいとされています。この者の魂は無意識に誰かを救済しようとする。例えそれが、破滅の魔女であったとしても⋯⋯そのため、封印により力の多くを失われたシャウラ様にも操られてしまうのでしょう」
プロキオン様の様子がずっとおかしかったのは、シャウラに操られていたせいだったんだ。
「確かにシャウラ様は、過去から現在に至っても、許されない行いをしました。世界を滅ぼさんとし、人々を恐怖に陥れた。千年の時を経ても改心なさっていないから、この者を操るような真似をなさったのでしょう。けれども、我々はあの御方を完全には憎めないのです。魔女が我々に遺してくださったものは、余りにも偉大すぎる」
オグマさんはプロキオン様の肩に手を置きながら、辛そうに語った。
破滅の魔女と呼ばれたシャウラも、こんなにも人間たちに愛されているんだ。
でも、ケイドの話から推測するに、封印が解けたあとのシャウラはこの人たちを攻撃してしまう。
それは、改心できなかったシャウラに一番の原因があるけれども、罰を先送りにし、この問題を後世に残してしまった、慈愛の魔女と三人の賢者の責任でもある。
「プロキオンの呪縛を解くことはできないのでしょうか? 彼は元来、僕の友人なんです」
「先見の賢者様なら可能でしょう。終焉の剣は悪しき者だけを斬り裂く剣⋯⋯この者に取り憑いた『魔』の部分だけを切り取れば良いのです」
オグマさんのアドバイスに従い、シリウス様は終焉の剣を引き抜いた。
プロキオン様の頬に刃を当てると、皮膚が裂けることは無いものの、血が垂れるみたいに黒いモヤが流れ出た。
シリウス様が剣先をプロキオン様から離すと、まるで綿菓子を作る時みたいに、黒いモヤが剣にスルスルと絡めとられていく。
黒いモヤが全て体外に流れ出ると、プロキオン様の表情は穏やかになった。
こんなにも神々しい少年が、魔女に操られて私を脅していたなんて。
「操られた人間も解放されたようですし、シャウラ様の元へ参りましょう」
オグマさんの案内で、さらに奥深くへと進んだ。
その場所は森の中でもひときわ静かな場所で、穏やかな風が吹いていた。
中央に生えた一本の木を囲むように、複数の木が生えていて、木と木の間にはしめ縄が張り巡らされている。
中央の木には、枯れた枝のようなものが剣で固定されていた。
近くで見ると、その枯れ枝には目と鼻と口のような窪みがある。
「あれが破滅の魔女シャウラですか」
「元々はわたくしたちと同じ姿だったとは、想像もつきませんわね」
フォーマルハウト様とアルキオーネ様は、あまりの変わりように、少し哀れむ気持ちもあるのか、冷静にシャウラを見つめていた。
それに対してシリウス様の目には復讐の炎が燃えているのが分かる。
「行こう。僕たちの戦いを終わらせよう」
シリウス様は剣を構え、ゆっくりとシャウラの元へ近づいた。