35.終焉《しゅうえん》の剣
無事に先導石を手に入れた私たちは、石が放つ光の筋が指し示す方へと歩みを進めることにした。
「フォーマルハウト様は、どうして二つともが魅了石だとわかったのですか? どちらもそれらしい事を話していたのに⋯⋯」
「ほとんど勘が働いたようなものですよ。森の番人が、先導石は『光で道を指し示す』と言っていたことに引っかかったんです。それだけおしゃべりができる石なら、言葉で道案内をするのではないかと思っただけで」
「そういう事でしたか。わたくしったら、石の言いなりになって騙されるところでした。フォーマルハウト様のおかげです」
「アルキオーネ嬢とフォーマルハウト――どちらが欠けても、ここまでたどり着けなかった。どれだけ感謝してもしきれない」
シリウス様が御二人に向かって深々と頭を下げるので、私も続いて頭を下げた。
「シリウス様! 感謝されるには一足先早いですわよ! この先、何が待ち構えているかも分かりませんので」
「アルキオーネ嬢のおっしゃる通りです。最後まで力を合わせて、この因縁を終わりにしましょう」
御二人は私たちの肩に手を置いて、微笑んでくださった。
◆
森の中をひたすら突き進むと、再び開けた場所に出た。
経過した時間を考えれば、日が沈んでいてもおかしくはないのに、昼間のように明るい。
見上げると、白い霧に空が覆われている。
光っているのは――御神木の葉だ。
一枚一枚の葉が光を放ち、輝いている。
これが、シレンスの森の御神木⋯⋯
あまりの荘厳さに言葉を失っていると、一人のご老人がこちらに近づいて来た。
腰が曲がって前かがみになっているのを、杖で支えながらなんとか歩いている様子。
ご老人は私の前で立ち止まると、地面に片膝をついた。
「え? ちょっと、大丈夫ですか?」
思わず助け起こそうと近づくも、片手で制止される。
「慈愛の魔女シェダル様が再びこの地にお戻りになられるのを、我々はどれだけ待ちわびたことか」
戸惑う私たちに、ご老人は知っていることを全て話すと言ってくださった。
まずこの御方はオグマ=ルーラーという名で、この森の守護者――簡単に言えば長をしているとのこと。
この森の民は、二人の魔女と暮らしていた人間の末裔であり、ここには人間が魔法を使うための道具――魔道具が遺されており、人々の暮らしを支えているのだそう。
「森の番人の変身の能力も、魔道具によるものです。他にもこの森を外部から隠すためのしかけや、生活に必要な水や火を生み出すもの、傷を癒す道具も授けて頂きました」
オグマさんは森の民の住む集落に、私たち四人を案内してくれた。
そこには魔法の力を使いながら、豊かに暮らす人々の姿があった。
魔法なんて、おとぎ話の中だけのものと思っていたけど、この森ではその力が活用されていたのね。
集落の中央には、無限に水が流れ出てくる蛇口があり、人々がバケツで水を汲み、それぞれの家に持ち帰っている様子。
蛇口の前に列をなす人々の中には懐かしい顔があった。
「シリウス様! あれはケイドではありませんか?」
前回の人生で私たちが出会った頃よりも少し幼いケイドは、お姉さんと思しき女の子と協力しながら、水を運んでいる。
明るい笑顔を振りまく様子は、私が知っている笑顔よりもさらに輝いて見える。
「元気そうで良かった。このまま何も起きないよう、手を打たなくては」
シリウス様は一度だけ私の手をぎゅっと握って、すぐに離した。
ケイドの幸せがずっと続くよう、私たちが守らないと。
「破滅の魔女シャウラが封印されている場所はどこでしょうか? 封印が解ける日が迫っていると思われます。そして、あなた方もこのままでは無事に済まないかもしれません」
オグマさんはぴたりと立ち止まった。
「シャウラ様の元へ行く前に、受け取っていただかなければいけないものがございます」
オグマさんは集落の奥にある、人気のない場所に私たちを連れて行った。
そこには小さな祠が建っていて、オグマさんは手を組み祈りを捧げたあと、扉を開けて中から宝箱を取り出した。
「こちらの剣は千年前、シャウラ様の封印が弱まった時のためにとシェダル様が遺されたものです。シャウラ様の改心を願い、一度は桎梏の剣で封印されたものの、時を経てもなお、シャウラ様が破滅を望まれるのなら、この剣を使うのだと。名は終焉の剣といい、悪しき心を持つ者だけを斬り裂くことができるのだとか」
宝箱を開けるよう勧められるのものの、鍵がかかっているのか、上手くフタがあかない。
鍵の部分には穴がなく、薔薇の花のような模様が描かれているだけ。
「ねぇ、シェダル。これってどうやって開けるの?」
ふと思い至って自分の中の魔女に話しかけると、頭の中にイメージが浮かんだ。
すると、宝箱のフタが、ひとりでに開いた。
「やはり、貴女様の中にシェダル様が眠っておられるのですね⋯⋯」
オグマさんは真っ白なあごひげを撫でながら、感心したように呟く。
宝箱の中には赤い布が敷かれていて、その上に剣が横たえられていた。
剣の見た目は、世に流通する他の剣と、そう大きく変わらないように見える。
銀色の剣身に、金色の握り、装飾には先導石が使われているみたい。
ただ、千年前のものとは思えないくらい保存状態が良く、新品同然の輝きを放つ。
「この剣はどうすれば良いのでしょうか? シリウス様にお持ち頂くのが良いかと思ったのですが⋯⋯」
真剣な表情で頷いたシリウス様が剣に手を伸ばすと、剣は水平を保ったまま宙に浮いた。
そしてあろうことか、ひとりでにその場で回転し、剣先をシリウス様の方へ向け、襲いかかった。
「シリウス様! 危ない!」
私が叫ぶよりも早く、シリウス様は腰に差していた剣を抜き、その攻撃を弾き返した。
終焉の剣は意思を持っているかのように、激しくシリウス様に斬りかかる。
透明人間になった剣の達人が戦いを仕掛けてきたと言われた方がしっくりくるくらい、激しい攻防だ。
「オグマさん! 何がどうなっているのでしょうか?」
動揺する私たちとは違い、オグマさんは特に驚いた様子もなく成り行きを見守っているけど⋯⋯
シリウス様は歯を食いしばりながら、何度も繰り出される攻撃を受け流す。
シリウス様の剣が終焉の剣とぶつかる度に火花が散る。
勝負の行方を伺っていると、終焉の剣がひときわ素早い動きで、何度も突きを繰り出した。
その攻撃を全て受けきられたことで満足したのか、終焉の剣はシリウス様の足元に転がった。
剣が動かなくなった事で、成り行きを見守っていた私たちの緊張も一気にほぐれる。
「剣に試されたようですね。先見の賢者様も達者だったと聞きますから。戯れのようなものでしょう」
オグマさんは、ふぉっふぉと笑いながらシリウス様の元へ近づき、労うように肩に手を置いた。
「これが戯れとは、恐れ入った。これから頼んだぞ」
シリウス様は額の汗を拭いながら、ふーっと息を吐き、終焉の剣を拾い上げた。