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34.シレンスの森


 地図にはない場所⋯⋯シレンスの森を探すため、四人で手分けして文献を漁った。

 しかし、意図的に隠されているからか、有力な情報は得られなかった。


 ケイドは、森で魔物に襲われて倒れていたところを通りがかったヘームル=ターラー氏に助けられたと言っていた。

 それならば、彼の工房の近くにシレンスの森はあるのではと言うことで、実際に訪ねることにした。



 人里離れた小高い丘に、彼の工房はあった。

 木造の小屋に赤い屋根が特徴的で、近くに広大な森もある。


 遠くの木陰から様子を伺うと、家の外で椅子に腰かけ、ろくろを回している人がいた。


 その人は五十歳前後くらいの男性で、半袖のシャツから覗く腕は毛深く、熊のように太い。

 毎日外で作業をしているのか、肌は日に焼けている。

 

「お話を伺ってみますか?」


「そうしたいところだが、会話になるかどうか⋯⋯」

  

 私たちを代表して、シリウス様が作業中のターラー氏に近づき、自己紹介と突然話しかけたことへの謝罪をし、シレンスの森について尋ねたのだけれど⋯⋯


「⋯⋯知らん」


 ターラー氏は一言そう告げたあと、作業に戻ってしまった。

 彼が気難しいのは、この頃から変わらないらしい。


「嘘をついている様子もありませんし、彼にこれ以上、何かを求めるのは難しいかもしれません」

 

 フォーマルハウト様がそうおっしゃるので、ターラー氏の工房を後にし、森の入り口に移動した。


 目の前の広大な森の中は、あてもなく彷徨うにはリスクが高いように見えるけど⋯⋯


「人が住んでいれば、何らかの痕跡が残るはずだ。今日のところは深入りしないが、この付近だけでも見ておかないか?」


 シリウス様のお言葉に、アルキオーネ様もフォーマルハウト様も頷き、中に進むことにした。


 

 森の中は青々とした広葉樹が無数に生えていて、日除けになってくれるおかげで、涼しくて快適だった。


 誰かが手を加えたのか、ところどころ切り株があるし、人間が頻繁に通っているであろう道は、草が生えずに土が露出している。


「人が出入りしているのは間違いない。ターラー氏の可能性も否定出来ないが」 

 


 誰かが歩いた痕跡である一本道を辿りながら奥に進んでいくと、急に白っぽい霧が出て来て、見通しが悪くなった。


 光が遮られ、辺りは日没直前のように暗くなる。


「皆様ご無事ですか? 急に何も見えなくなってしまいましたが」


「わたくしは大丈夫ですわ」


「僕も問題ありません」


「下手に動かない方がいい。いつでもそれぞれが触れられる位置にいよう」


 手を伸ばせば届くほど近くにいるのに、全く見えないなんて。

 これって本当にただの霧なのかしら?

 

――ホーホー


 不安を煽るかのように、鳥の鳴き声が聞こえてきた。


 その生き物が私たちの目の前に降り立つ気配がしたあと、徐々に霧が晴れていく。


「まぁ! ミミズクではございませんか!? 本物が見られるなんて、珍しいですわね!」


 アルキオーネ様は嬉しそうにはしゃぎながら、ミミズクの前にしゃがみ込んだ。


 ミミズクは、身体全体が茶色い羽根に覆われ、頭には耳のような羽角が二つある。

 オレンジ色の瞳で、こちらをじっと見つめている。


「ホーー」


 ミミズクはアルキオーネ様に向かって、鳴き声を出した。

 

「わたくしたち、シレンスの森に行きたいのですけれど、あなた、場所をご存知ありません?」


「ホーー」


 アルキオーネ様が問いかけると、ミミズクは返事をしたあと、音もなく羽ばたいた。


「『ついて来なさい』とおっしゃってますわね。『ただついて来るだけではなく、私がとまった木に触れ、くぐった木を同じようにくぐれ』とも。案内して頂きましょう」


 アルキオーネ様はミミズクの言葉が理解出来るらしい。

 その後を追って、森の奥深くへとどんどん進んでいく。


 大きな翼を広げて素早く森の中を羽ばたくミミズクを全速力で走って追いかける。

 普段、こんなにも身体を動かすことなんてないから、息は上がるし、足は重だるい。


 全く羽根の音がしないから、見失わないように気をつけないと。

 

 音を上げたくなるほど長い距離を走っていると、再び辺りが真っ白な霧に覆われた。


 濃い霧の中をミミズクが羽ばたいていった方向に走り抜けると、少し開けた場所に出た。


 巨木をくり抜いて作った家のようなものが、一軒建っている。

 

 ふと視線を感じ、一階の窓に目をやると、一人の少女が立っていた。

 ガラスがはめられていないため、カウンターのようになったその窓から、彼女は身を乗り出し、こちらを覗き込む。


 茶色い髪を後ろで一つにくくって、三つ編みにし、瞳と同じオレンジ色のリボンをつけている、愛らしい少女だ。


「ようこそ皆様。私は森の番人。ここは中継地点です。あなた方四人が、この先に進む資格をお持ちなのかどうか、見極めさせて頂きます」


 森の番人と名乗る少女は、カウンターの下から、手のひらに乗りそうなくらいの小さな木箱を三つ取り出した。


「この箱の中身はそれぞれ、魔晶石、魅了石、先導石です。魔晶石は魔女の邪悪な力が結晶化したもの、魅了石は生き物を惑わし虜にする石、先導石はシレンスの森の御神木までの道を、光で指し示す石です。あなた方四人が()()ならば、先導石がどの箱に入っているのか分かるはずです。箱に触れて良いのはあなただけです。それではお選びください」


 三つの箱の中には、見たことも聞いたこともない石が三種類入っていて、その中から先導石というものを見つける?

 しかも、箱に触れて良いのは私だけって⋯⋯


 少女は、にこにこしながら私を見上げている。

 つられて笑顔を返すけれども、内心、わけがわからない。


「一つ一つ持ち上げてみますね」


 御三方が頷いてくださるので、まずは左の箱を持ち上げた。


 すると、箱の隙間から黒いモヤのようなものが漏れ出て来るのが見えた。

 モヤは粘り気のある液体のように、私の手を伝い、地面に向かってゆっくりと垂れていく。


「ミラ! 早くその箱から手を離すんだ!」


「どう見ても怪しいですわ!」


 シリウス様とアルキオーネ様にも同じものが見えたらしい。

 慌てて箱をカウンターに置くと、黒いモヤは箱の中に吸い込まれるように戻っていった。


 フォーマルハウト様は腕を組み、口元を手で覆い隠しながら少女の反応を伺っている。

 番人の少女は相変わらず、にこにこしたままだ。


「今のが恐らく魔晶石ですね。では残り二つのどちらかが先導石ですね」


 中央の箱を持ち上げると、中から声が聞こえてきた。


『選ばれし者よ。この声が聞こえるか。早くこの箱を開けるのだ。さすれば道は開けん』


「聞こえましたか? どうやらこの箱の中身が先導石のようです!」


 御三方を振り返るも首を傾げられる。

 

「僕には何も聞こえなかった。ミラには聞こえたのか?」


「わたくしも何も聞こえませんでしたわ」


「僕も聞こえませんでした」


 そんな。今、確実に声が聞こえたのに。

 

 念の為、右の箱を持ち上げてみる。


『清く美しき人の子よ。あなたが今まで見た最も美しいものは何でしょう? どうか、この箱を開けて、私の姿をご覧ください。七色の輝きを放つ聖なる石は、この世の何よりも美しく、この世の全ての宝石を集めても到底及ばないほどの価値があります。あなたが想像も出来ない美しさをお約束しますので、ぜひ、ご自分の目で確かめてください。そして、この世の誰も手にすることができない輝きをご自身のものにしてください』


「今のは聞こえましたか? 魅了石が言いそうな事を言っていますが⋯⋯」


 御三方は静かに首を横に振る。


 この声が聞こえているのは私だけ?

 もう一度、確かめよう。

 中央と右の箱を交互に持ち上げ、声を確認する。


『何をしておるのだ。我がそなたを導くと言うておろう』


『宝石は持ち主の価値をより一層高めてくれるもの。大昔、私を奪い合って滅びた国があるほどです。あなたが私を手にしたあかつきには、この国の全ての人間を手玉に取ることができるでしょう』


 よく喋る石たちだ。

 それぞれ自分を選ぶようにと主張してくる。


 その主張を伝えると、シリウス様もアルキオーネ様も考え込んでしまった。

 フォーマルハウト様は相変わらず少女を疑り深く観察している。


『早くしないか! まさか、我の言葉を信用出来ぬというのか? そのような無礼者を導く道理はない。我の機嫌を損ねる前に! 早く!』


「えっと、ごめんなさい。どうしましょう、先導石が怒っています⋯⋯」


 このままだと、正解しても先導石が案内をしてくれなくなる。


「本当に、この中に先導石があるのですよね?」


 フォーマルハウト様は少女に問いかけた。


「はい。確かに」


 少女はフォーマルハウト様に微笑みかけながら返事をする。


「⋯⋯⋯⋯嘘ですね。恐らく中央も右も、魅了石なのではないでしょうか」


 フォーマルハウト様の言葉に、少女はしばらく黙り込んだあと、天に向かって手を伸ばした。


 すると、緑色に輝く石が空から舞い降りて来て、フォーマルハウト様のお顔の前にぷかぷかと浮かんだ。


「どうぞ、お受け取りください。それでは」


 少女はこちらに手を振り、森の入り口の方の白い霧へと走っていく。


 彼女の姿が見えなくなる直前、彼女の身体がミミズクに変化し、空に羽ばたいていくのが見えた。

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