27.告白
シリウス様とガゼボで話した後、教室に戻り、カバンの中にあった読み終えたばかりの本をお貸しする事が出来た。
運悪く幼馴染の男女の恋愛小説だから、まるでシリウス様とメリディアナ王女殿下の話みたいなのが気になるところではあるけれど、果たしてシリウス様はどのような感想を抱かれるのか。
お忙しいシリウス様のことだから、読み終わるまでにまた何ヶ月かかかるでしょうけど、その日が今から待ち遠しくてしょうがない。
浮ついた気分になりそうなのを何とかこらえ、午後の授業をこなした。
放課後、いつもならアルキオーネ様とフォーマルハウト様、プロキオン様と四人で過ごすことになるけれども、うわさの話の事もあるし、プロキオン様と顔を合わすのは少し気まずい。
縋るような思いでアルキオーネ様の同行を目で追っていると、フォーマルハウト様とプロキオン様と共に、教室の外に向かわれるようだった。
教室を出る直前、アルキオーネ様は私を振り返り、声を出さずに口を動かした。
『待っていて』とおっしゃったのかしら。
そのお言葉に従い、自分の席に着席したまま待機する。
しばらく時間が経ち、日が傾き始めた頃。
徐々に廊下が騒がしくなってきた。
「まさか、あの冷静沈着なフォーマルハウト様が、プロキオン様と口論なさるとは」
「可愛がっていた女性に手を出され、自慢気に言いふらされたのですから、お怒りになるのも当然でしょう」
「プロキオン様は、アルキオーネ様からは平手打ちを食らったと聞きましたが」
「直接見られなかったのが残念でなりませんわね」
廊下を通り過ぎる生徒たちの話を聞いて、胸に冷たいものが広がっていく。
あの御三方が口論? 平手打ち?
大急ぎで教室を飛び出し、生徒たちが歩いて来た方角へ向かう。
すると、中庭のベンチにフォーマルハウト様が黄昏たように座っておられるのが見えた。
ベンチの背もたれに肘を置き、脚を組んで遠い目をされている。
その様に彼らしからぬ荒っぽさを感じるのも、口論の直後とあれば納得がいく。
「フォーマルハウト様⋯⋯」
「ミラ嬢。どうしたのですか? そんなに慌てて」
フォーマルハウト様は何事もなかったかのように、いつもの優しい笑みを浮かべ、組んでいた脚を揃えた。
「通りすがりの生徒たちがうわさしていたんです。フォーマルハウト様とプロキオン様が口論していたと。ごめんなさい。わたくしの軽率な行動のせいでしょうか?」
私がプロキオン様と二人きりで出かけて、キスしてしまって、騒ぎにまでなったから、もう今まで通りの四人でいられなくなってしまったんだろうか。
「ミラ嬢のせいではありません。僕が個人的に彼の行動が許せなかっただけです。彼はミラ嬢とのプライベートな関係を周囲に暴露し、不利益となる情報を広めました。それも、事実とは異なるものまで⋯⋯どうしても許せなかったんです。けれども、あなたにそんな顔をさせてしまったのなら、僕の行動も間違っていましたね」
大きな手が頭の上にぽんと乗せられ、優しく撫でられる。
フォーマルハウト様のお話によると、開幕直後にアルキオーネ様がプロキオン様に平手打ちをし、最初はフォーマルハウト様も冷静に制止しようとしたそうだ。
けれども今度は徐々に御二人が口論になり、それを仲裁するため、最終的にはアルキオーネ様がプロキオン様を連れていかれたとのこと。
御二人はどうしていつも私のために、そこまでしてくださるんだろう。
なにから伝えればいいのか言葉に詰まっていると、フォーマルハウト様は再び口を開いた。
「ミラ嬢、突然の事で驚かれるかもしれませんが、僕はあなたの事を尊く思っています。その尊さ故に、今以上に近づく勇気が持てなかった。それに、あなたの心がシリウス様にあるのならば、僕に勝ち目はないと。それなのにあの男は、あなたにいとも簡単に触れ、良いようにしようとする。その事が僕には耐えられない。あなたの純粋で清らかな心が傷つくところは見たくないのです」
フォーマルハウト様の手が、私の頬を包み込むように添えられ、まるで美しい物を見ているように見つめられる。
「そんな、わたくしはそのような清廉潔白な人間ではありません。買いかぶりすぎです。今回の事だって、結局は合意の上での事ですから」
プロキオン様の事を上手くあしらう選択肢だってあったはずのに、あえてそうしなかったのは、私だって少なからずプロキオン様を異性として見ていたからだ。
はめられたと思う事もあったけれども、その場から逃げずに流されたのは、自分の意思だとも言える。
「ミラ嬢、もし、その場にいたのが彼ではなく、僕だったとしたら⋯⋯あなたは僕の事も受け入れてくださいましたか? それとも彼が特別なのですか?」
フォーマルハウト様は切なそうな目で私を見つめた。
初めてみる表情に驚き固まっていると、気がつけば抱きしめられていた。
「ミラ嬢、僕ではだめでしょうか? 僕ならあなたを傷つけることは絶対にしませんし、大切にすると誓えます。あなたを守りたい。これからずっと、誰よりも近くにいたい」
その言葉はまるでプロポーズのように聞こえた。
少し身体を離し、彼の顔を見上げると、これが嘘偽りない本心から発せられた言葉なのだと理解できる。
「しかし、フォーマルハウト様、わたくしはプロキオン様ともその⋯⋯色々あったばかりで⋯⋯」
「だからこそです。あなたをみすみす彼に渡すわけにはいかないから、僕は今、あなたにこの話をしているんです。まさか、彼に操をたてるのですか? ならば、僕も少し強引になった方がいいのでしょうか」
優しく顎を持ち上げられると、眼鏡の奥の瞳と目が合った。
美しい深緑の瞳には熱がこもっている。
フォーマルハウト様が私のことをそのような目で見てくださっていたなんて、今まで全く気が付かなかった。
突然の展開に考えが追いつかない。
けれども、プロキオン様とは違い、フォーマルハウト様からは確かな愛情を感じられる。
この方と結ばれれば、二人で幸せになれる?
でも今の私は、あっちへフラフラ、こっちへフラフラして、だらしがないのでは。
「⋯⋯⋯⋯少々、先走りすぎましたね。たまには自分の気持ちに正直になって、あなたに男として見て貰いたかったのです。三日後の星空祭の夜、その時、返事を聞かせてください」
フォーマルハウト様はさっと身体を離し、立ち去っていかれた。