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24.近くて遠い憧れの人


 ある日の休み時間、私は自分の席に座りながら、心のなかでため息をついていた。


「シリウス! 今度の休日はどこへ出かけましょうか?」


 隣のシリウス様のお席から、メリディアナ王女殿下の明るい声が聞こえてくる。

 

「僕は、殿下のお好きなところなら何処へでも⋯⋯」


 シリウス様は殿下のお側に立ち、胸に手を当てながらお辞儀をする。


「もう! いっつもそればっかりじゃない! わたくしはシリウスに楽しませて貰いたいの! それと、わたくしのことは『メディ』と呼んでといつも言っているでしょう!?」


「メディ様、ここは教室ですから、このお話は後に致しませんか?」


 シリウス様はそう言って、不満そうにむくれる殿下をお席までエスコートした。


「メリディアナ王女殿下とシリウス様は、本当に素敵なご関係ですわね」


「薔薇のように美しい王女殿下に、クールで麗しい騎士様⋯⋯まるで物語の主人公のようですわ」


 クラスメイトの皆様は、うっとりとした表情でお二人を振り返る。


 殿下とシリウス様のご関係が、休日もお二人で出かけられるほど進んでいらっしゃるのは周知の事実。


 メリディアナ王女殿下のご両親である両陛下と、シリウス様のご両親であるアルデバラン公爵夫妻は親交があり、お二人が婚約されるのは時間の問題との噂もある。


 私はシリウス様に対して、淡い恋心を抱いているけれども、シリウス様にはメリディアナ殿下がいらっしゃるし、そもそも私とシリウス様とでは、身分の差がありすぎて、全く釣り合わない。

 恋い焦がれることでさえも、おこがましいほどだ。


 入学直後は、同じ本が好きという共通点もあり、お話する機会もあったけれども、最近はそれすら叶わない。


 私に出来ることは、この特等席から時々その涼やかな横顔を盗み見て、ひとときのときめきを感じられる幸せに感謝することだけ。

 何度も自分にそう言い聞かせている内に、休み時間は終わった。



 それから数日後の放課後、いつもの四人での集まりに向かう前に、水やり当番の仕事をするため、花壇の近くの水場でジョウロに水を汲んでいた時のこと。


「ミラ嬢、こんな所にいたんだね! って、朝も水やりをしていたのに、夕方にも水をやるのかい?」


 不思議そうに声をかけて来られたのは、プロキオン様だ。


「この時期は陽射しが強いからか、すぐに土が乾いてしまうようなのです。元々はアルキオーネ様が気づいてくださったんですよ。試しに土を掘ってみると、中までカラカラに乾いていて⋯⋯」

 

「そうだったんだね。アルキオーネ様には万物の声が聞こえているんじゃないかってくらい、時々鋭い時があるというか、なんというか」


 プロキオン様はぶつぶつ言いながら、ポケットの中をゴソゴソ漁って、一枚のチケットを取り出した。


「はい。これ、明日の観劇の鑑賞券ね」


 プロキオン様は、私の手のひらを包むようにして、チケットを乗せる。


「え? 明日って何かありましたでしょうか?」


「え!? まさか俺たちとの約束を忘れてしまっていたのかい? ショックだな〜さすがのアルキオーネ様もフォーマルハウト様も、がっかりされるだろうな〜」


 プロキオン様は大袈裟に手で目元を覆い、俯く。


「えっと⋯⋯申し訳ありませんでした⋯⋯」


 どうしよう。本当に何も思い出せない。

 ただでさえ、私だけが下級貴族な上に、成績も御三方の足元にも及ばないというのに、話まで聞いていないとなると、失望されてしまうかもしれない。


「とにかく! 時間通りにここに来てくれたら大丈夫だから! お二人を落胆させないようにね!」


 プロキオン様は笑顔で駆けていった。

 よかった。プロキオン様は怒っていらっしゃらないみたい。


 その後、私もすぐ後を追い、いつもの四人での勉強会に参加した。


 約束を忘れていたという罪悪感と墓穴を掘りたくないという思いから、アルキオーネ様とフォーマルハウト様には、自分からその話題を出さずになんとかやり過ごすことが出来たのだけれど⋯⋯


 どうやらそれが間違いだったと気がついたのは、約束の日、劇場の入り口にたどり着いてからだ。


「ミラ嬢! 君は今日も今日とて美しいね! 俺のために着飾ってくれるなんて嬉しいよ。さぁ、楽しい一日にしようね?」


 待ち合わせ場所には、満面の笑みのプロキオン様が、すでにいらっしゃった。

 そして何故か、まだアルキオーネ様とフォーマルハウト様がいらしてないのに、私の手を引き、中に入ろうとする。


「アルキオーネ様とフォーマルハウト様がいらっしゃってからの方が、良いのではないでしょうか? 何処に座ったのか、分からなくなるといけないので⋯⋯」


「今日はお二人は来ないよ? 最初から俺たち二人だけ!」


 あっけらかんと言い放つプロキオン様の言葉に耳を疑う。


「え!? まさか、わたくしを騙したのですか?」


 物忘れが酷くなってしまったのかだとか、御三方に嫌われてしまうかもしれないだとか、私なりに悩んだと言うのに。


「だって! そうでもしないとミラ嬢は俺となんかデートしてくれないでしょ? それに、ミラ嬢が好きな『三人の賢者と二人の魔女』の劇なんだよ? すでに席も押さえてあるし」


 プロキオン様は、まるで子犬のように目を潤ませながら私を見つめる。


「⋯⋯⋯⋯そうですか。それなら、まぁ、せっかくの機会ですから⋯⋯」


 渋々了承すると、プロキオン様のお顔は、ぱぁっと晴れやかになった。


「さぁさぁ、お嬢様、参りましょう」


 プロキオン様は、うやうやしく私の手を取り、エスコートしてくださった。



 劇場内は正面のステージをぐるりと囲むような馬蹄状になっていて、私たちの席は二階のバルコニー席だった。


 チケット代はプロキオン様が出してくださるとのことだったけれども、高級なお席なのではないかしら。


「このような良い席で観劇出来るなんて、夢のようです。ありがとうございます」


 素直にお礼を言うと、プロキオン様は白い歯を見せて笑う。 


「快適に観賞できそうで良かったよ。とは言え、あっちの王族席には俺たちは、どうしたって入れないよね〜って、あれ? もしかして、メリディアナ王女殿下とシリウス様じゃない? ほら?」


 冗談っぽく笑っていたプロキオン様は、驚いたように貴賓席を指さした。


 艶めくプラチナブロンドの髪は、王族の証。

 近くの観客たちからメリディアナ様の名前が漏れ聞こえて来るから、確かだろう。


 それに、隣にいらっしゃる深紫の髪の男性は、シリウス様だ。

 私が彼を見間違うはずがないから。


 お二人は退出しようとしているのか、シリウス様が殿下をエスコートしているように見える。


「どうやらもうお帰りみたいだね。一つ前の演目は、濃厚なラブロマンスだったから、この後お二人も⋯⋯⋯⋯」


 プロキオン様は私の耳元に近づき、低い声で残酷な事を言った。 


「⋯⋯⋯⋯え?」


 あまりのショックにプロキオン様の顔を見上げると、彼は見たこともないような冷たい目で、私を見下ろしていた。

 銀色の瞳が黒く濁ったように見える。

 普段のひょうきんな彼とのギャップに驚き、息が止まりそうになる。


「⋯⋯⋯⋯な〜んてね。さすがに王女殿下と公爵家のご令息が婚前交渉なんてしないでしょう。まぁ、王女殿下が積極的にお誘いになれば、さすがに断れないだろうけど!」


 プロキオン様は、傷つく私の表情を見ながらも、わざとそんな言葉を選んでいるように見えた。


「さぁ、劇に集中して」


 プロキオン様は私の肩を抱き寄せ、頭を抱きしめるようにしながら、優しく撫でてくださった。

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