22.伝えたかった言葉
クレールが倒れた事をシリウス様に伝えると、すぐに獣医に診てもらえる手筈を整えて頂けた。
アモルに続いて、クレールまで同じ症状で倒れてしまうなんて。
「アモルが倒れた原因も、はっきりとは分かっていないんですよね? 快方に向かっているのは不幸中の幸いですが」
「原因は分からないが、大方、予想はついている。君にカナリアを飼ってもらった理由は、カナリアは人間よりも敏感に、有毒ガスに反応する特性があるからだ。つまり、彼らは何らかの害のある気体を吸ってしまったと考えられる」
そういう理由であの二羽は、私のもとに来てくれることになったのね。
だから、シリウス様はアモルが倒れた後、至急、クレールを連れて来るように指示なさったんだ。
「カナリアに異常が見られたのは、今回の人生が初めてだ。僕はその原因を魔女の瘴気⋯⋯破滅の魔女の気配に当てられてしまったのだと推測している。つまり、聖女が破滅の魔女である可能性が極めて高い」
「聖女様の正体が魔女⋯⋯」
確かに聖女様の近くにいると、おぞましいような気持ちになるから、否定はできないけど⋯⋯
「聖女に仕える神官の中に、僕の友人がいる。君も知っているだろう? 元同級生のプロキオン=ドゥーベだ。彼に協力を要請して、情報をもらおう。君は何も心配せずに、いつも通りにしていてくれれば良い」
シリウス様はそう言って頭を撫でてくださり、数日後には、プロキオン様と接触するため、大神殿のある王都へと向かわれた。
話の内容は、手紙では話せないことらしいから、何か新しい情報が手に入ると良いのだけれど。
不安と期待を胸に眠りにつくと、夢の中に聖女様が現れた。
彼女は勝ち誇ったような表情で私を見下ろしている。
「お姉様、今から良いものを見せてあげるわ」
聖女様が振り返った目線の先には、傷だらけになったシリウス様がいた。
縄のようなもので後ろ手に縛られ、床に座らされていて、その目は恐怖に満ちている。
王都に向かわれたシリウス様の身を、無意識に案じていたからこのような夢を見るのかしら。
夢だとしても、こんなにも痛々しいシリウス様なんて見たくない。
早く目覚めて⋯⋯
「人間の分際で、私に逆らうからいけないのよ?」
聖女様はこちらの事情なんかお構いなく、話を続け、手に持っていた剣を床に放り投げた。
あれは、いつもシリウス様が戦場に赴く時に使っていた剣だ。
今回の外出にも携行していかれたはず。
剣の達人のシリウス様が、聖女様に剣を奪われるなんて、普通なら絶対にありえない。
「ふっ。まだ寝ぼけているようね。これが現実の出来事だと、まだ実感が湧かないかしら」
短く鼻で笑った聖女様が、シリウス様に手をかざすと、彼を縛っていた縄がイバラに変化した。
「うぅ⋯⋯⋯⋯くっ⋯⋯⋯⋯」
無数のトゲが身体に突き刺さり、シリウス様は苦しそうに表情を歪める。
耳に響く苦しそうな息づかいと、漂ってくる血の匂い。
これは夢なんかじゃない。
「聖女様! 何をなさっているのですか!? すぐに止めてください! どうしてそんなひどい事をするんですか?」
余裕ありげに微笑む聖女様は、私か叫ぶのを満足そうに見ている。
やがて、彼女の髪と目の色は、ピンク色から黒に変わっていった。
やはり聖女様の正体は、破滅の魔女シャウラだったんだ。
シリウス様は、この魔女におびき出されてしまったのだろうか。
どうして、このような事に⋯⋯
「お姉様、あなたはいったい、いつになったら記憶と力を取り戻して反省するの? 足りない鍵は、明察の賢者が握っているはず。いつまでも見つからないから、待ちくたびれたわ」
シャウラは腕を組みながら、苛ついたように話す。
「記憶と力って何? あなたは、わたくしを呪い、シリウス様を苦しめて何がしたいの? そもそも、あなたは封印されていたんじゃないの?」
「それはあなたの魂の中に、慈愛の魔女と呼ばれたシェダルお姉様が眠っているからよ。私の目的は全部で三つかしら。一つ、シェダルお姉様が再び魔女として生まれてこられるまで、魂の器を殺し続けること。二つ、忌々しい賢者たちの魂の器を見つけ出し、地獄の苦しみを味あわせること。三つ、魔女に戻ったお姉様が罪を償い改心できるよう、この世から人間を抹消すること。賢者たちの封印? あんなものは時を経て力を失い、ちょうど千年で解けたわよ」
美しい顔立ちをしたシャウラの笑みは、醜く歪んでいた。
つまりシャウラは、私たちに残りの賢者を見つけ出させるために、あえて泳がしていた。
それが私の記憶と力を取り戻す鍵になるのと、復讐のためでもあるから。
そもそも、この魔女が世界を破滅に導こうとしたから、シェダルだって苦渋の決断をしたはずなのに。
「一つ試してみたいことがあるのだけれど⋯⋯」
シャウラは良いことを思いついたとでも言いたげに、両手の手のひらを合わせた。
「お姉様が生きている状態で、予見の賢者を殺したらどうなるのかしら。もう、時渡りの能力も使えずに、この繰り返しも終わってしまうのかもしれないわね。明察の賢者が見つからないのは残念だけど⋯⋯」
シャウラが人差し指をくいっと持ち上げると、シリウス様の首の周りに、イバラが巻きついた。
ゆっくりと皮膚にトゲが食い込んでいく。
「くっ⋯⋯⋯⋯」
シリウス様の表情は苦痛に歪む。
「お願い! もう止めて! あなたが一番憎んでいるのは、私なんでしょう!?」
シャウラは私のことは無視して、微笑みながらシリウス様の様子を伺っている。
「ミラ、すまない⋯⋯この人生はここまでのようだ⋯⋯何度も苦しめてすまないが、必ず君を救い出すから⋯⋯やっと君に、この言葉を伝えることが出来る⋯⋯⋯⋯ミラ、愛してる」
シリウス様の言葉が耳に届いたと同時に、夢から覚めるみたいに世界がぷつりと途切れ、目の前が真っ暗になった。