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21.魔女の瘴気

 

 花瓶を作り初めてから数日後、ケイドから連絡をもらい、再び工房を訪ねることにした。


 シリウス様は調べ物のために出かけるから同行されないとのことだった。

 敷地内とはいえ、一人での外出が許された事に、解放感があるのは否めない。


 ケイドが取り出して来た花瓶は、すでにケイドが白い釉薬を塗って焼いてくれていたので、これで完成と言っても問題ない仕上がりになっている。


「わたくしが手を加えるのがもったいないわね」

 

「何をおっしゃいます! 奥様の作品なんですから! 好きなように絵付けを行ってくださいね!」


 筆と染料を用意してもらい、考えてきた絵柄を描く。

 

 集中して作業していると、あっという間に時間が過ぎていった。


「できたわ! どう? 可愛らしく描けたんじゃないかしら!」


「わぁ! とっても綺麗に描けているじゃないですか! いつも連れ歩いているその子ですね! 仕上げにもう一度焼いたら完成です!」


「よかった。完成したらお部屋の一番目立つところに飾ることにするわ」


 私が花瓶に描いたのは、二匹の黄色いカナリア⋯⋯アモルとクレールが藤の花を背景に戯れる姿だ。

 この花瓶に花を生けたらどれだけ素敵だろうか。



 花瓶を眺めながら少しお茶でもと言うことで、お言葉に甘えて休憩させてもらうことにした。


「ねぇ、ケイド。ずっと気になっていたんだけど、へームル=ターラー氏って、どんな方なの?」


「養父は職人気質の気難しい人ですけど、情に厚い漢の中の漢って感じです! 孤児だった僕を拾って、ここまで育ててくれましたし。陶芸家としての技術も信頼もあるのに、一つ一つの作品に対するこだわりが強すぎて、なかなか世に作品を送り出さないから、お金稼ぎにはほんと向いていなくって。だから僕があの人の分も稼がないと! なんちゃって!」


 ケイドの話しぶりから、そこに血のつながりがなくても、二人が互いを親子として大切に思っていることが感じられる。


「ケイドは元々はどこの出身なの?」


「僕は『シレンスの森』っていう、ちょっと変わった場所の生まれなんです。地図にも載っていない、隠された森の集落で家族と暮らしていたんですけど、三年前、十一歳だった頃、いつものようにキノコや野草を収穫しに出かけたところ、巨大な熊の化け物に襲われてしまって⋯⋯気づいたら森の外で倒れていて、そこに通りがかった養父に助けられました。すぐに集落に引き返しましたが、家族もみんないなくなっていました」


 シレンスの森と言えば、『三人の賢者と二人の魔女』の物語の中で、破滅の魔女が封印されたとされている場所だ。 

 まさか、この国に同じ名前の場所があるとは知らなかった。


「ご家族とはそれっきりなの?」


「はい。襲われた形跡はありませんでしたから、どこかに身を隠しているんでしょうけど、居場所は見当もつきません。僕が自分の作品を何としても世に広めたい一番の理由です。養父もこの事に賛成してくれているので、僕がここで作って売りに出す作品には、『ターラー』ではなく、本名で刻印を入れています」


 ケイドは近くにあったお皿を裏返して見せてくれた。

 

「そういう事情があったのね。ご家族が見つかるよう、私にも手伝える事があれば何でもするわ」


「ありがとうございます。でしたら、これからもここに置いて頂けると助かります。それが僕にとって理想の未来への近道ですから」


 ケイドは、私が毒見役のことを気にしているのを知ってか、そのように言ってくれた。




 翌日、この日は聖女様がこの屋敷に訪問してくださる日だった。


 魔女の呪いにかけられた私の様子を見て頂こうと、シリウス様が呼んでくださったのだそう。


 最近はもう消えてしまいたいなんて衝動はないけれど、聖女様の浄化の力で呪いが解けるものなのか、見ていただけるとのことだ。



「それでは、ミラ=アルデバラン様の浄化の儀式をを執り行いたいと思います」


 修道服姿の聖女様の指示通り、純白のキャミソールに着替え、椅子に腰かける。


 聖女様は私の頭の上にヴェールのようなものをかけ、祈りを捧げ始めた。


「神よ。この者に巣食う、悪しき魔の力を清めたまえ」


 私の頭のすぐ上で、聖女様が鈴を鳴らす音が聞こえてくる。

 どこまでも響きそうな澄んだ音だけど、何故か全身が粟立つのを感じる。


 なんだろう。このゾクゾクするような感覚は。

 気持ち悪い。早く終わって欲しい。


 それからは聖女様の言葉をオウム返しにして、神の教えを唱えた。


「それでは最後に、この者に祝福を」


 聖女様は私の頭を覆っていたヴェールを外し、おでこの髪を優しくかき上げ、眉間にキスしてくださった。


「⋯⋯⋯⋯まだなのね」

 

 聖女様は背筋が凍るような低い声でつぶやいた。


「呪いは消えなかったのでしょうか⋯⋯?」


 恐る恐る、聖女様の顔を見上げる。


「そうですね。力及ばず申し訳ありません」


 聖女様は困ったように眉を下げながら微笑まれた。

  

 聖女様のお力をもってしても、魔女の呪いを消すことは出来ないのね。

 これからどうしたらいいんだろうか。


「それでは今日のところは、これで失礼いたします。呪いは消えずとも、浄化には成功しましたから、しばらくは問題ないでしょう。どうか御心を強く持たれますように」


「はい。わかりました。お忙しいところありがとうございました」


 今は下着姿だから、お見送りはここまでで良いと言って頂いたので、扉が閉まるまで頭を下げる。

 聖女様が部屋から出ていかれると、不快感が消え去った。

 

 初めて聖女様が家に来られた日も感じた、このゾワゾワする感覚⋯⋯

 魔女の呪いが、聖なる存在を拒絶しているのかしら。

   

 さて、服を着ないと。

 室内を振り返ると、今度は嫌な予感がした。

 まだ昼間なのに、クレールの鳴き声がしない。


 慌てて鳥かごに駆け寄ると、クレールはアモルの時と同じように、意識を失っていた。

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