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20.隠された少年


 シリウス様に連れられて、約半年ぶりに屋敷の外へ出た。

 

 外の空気は、いつの間にか冷たく澄んでいて、庭園を彩る花も春とは違う種類のものが見頃を迎えている。

 

 何より変わったのが、目的の場所であるレンガ造りの建物で、私が最後にこの庭園に出た時にはなかったものだ。


「この建物に、その方がいらっしゃるんですか?」

 

「あぁ。今までの人生では一度も出会えなかった人物だ。君が、彼と僕を引き合わせてくれたんだ」


 シリウス様の発言にピンと来ないまま、建物の中に案内された。

 

「あっ! 旦那様! 珍しいですね、こんな時間に⋯⋯⋯⋯って、奥様!?」


 室内では、オーバーオールを来た少年が、ろくろを回していた。

 茶色い髪をした、十代半ばくらいの少年で、私を見て両手をあげて大袈裟に驚いている。

 この子は⋯⋯⋯⋯陶芸家⋯⋯⋯⋯?


 室内の壁には、花柄や幾何学模様などに絵付けされた食器がずらりと並んでいる。


「ケイド、突然すまない。君の存在は妻には隠すと伝えていたが、話すことにした。ミラ、彼はケイド=ターラーだ」 


 シリウス様が紹介してくださると、彼は慌てて立ち上がり、こちらに頭を下げた。


 ケイド=ターラー⋯⋯陶芸家⋯⋯私が引き合わせた⋯⋯⋯⋯

 

「もしかして、へームル=ターラー氏のご子息ですか? わたくしたち、毎日あの御方の食器を使わせて頂いております」


「そうだ。へームル=ターラー氏は、ケイドの養父にあたる。君はあまり気にしていなかったようだが、あのティーカップには、とある細工が施されていた。その細工について調べたかった僕は、結婚式の直後、大急ぎで彼の工房を訪ね、そこでケイドと知り合った」


 シリウス様の話によると、私が購入したティーカップの内側の花柄には、特殊な染料が使われていて、人体に害のある毒物に触れると、色が変わる仕組みだったらしい。


「その染料を発明したのが、他でもない僕なんですよ! それなのに旦那様ったら、『本当に全ての毒物に反応するのか? 間違いないのか?』って、物凄い剣幕で迫っていらっしゃって⋯⋯それで、そんなに疑うんなら、僕が証明してやりますよって、言う話になりまして⋯⋯奥様が口にする食事は毎日、僕が作った食器と僕の身体で、安全であることを確認していたんです! このお役目を果たす代わりに、お屋敷内に工房を準備して頂き、旦那様の助けを借りて、僕の作品を世に広めているということなのです!」

 

 ケイドは私の両手を握り、目を輝かせながら熱く語っている。

 けれども、万が一毒が混ざっていた時には、この子が真っ先に被害に遭ってしまうということだ。


 王族に毒見役がつくというのはよく聞くけれども、私はそのような高貴な身分でもないし、自分のために誰かが危険を冒しているとなると、罪悪感が湧く。


「君ならそういう反応をすると思ったから、ケイドを隠すことにしたんだ。君を守りたい一心で、ケイドにはリスクがある話をもちかけてしまったとは思っている」


「いえいえ! そんな! 奥様が悲しい顔をする必要はありませんよ! 僕はこの技術に自信と誇りを持っていますし、誰でも安心して食事が出来るよう、存在を広めたいと思っているんです。僕にとっては、旨味しかないお話なんですから! 実際にここの食事は美味しいですし!」


 ケイドは、屈託のない笑顔を私に向けてくれた。


 食事に問題があれば、彼の作った食器が一番に反応するから、自分に危険はないという考えなのね。

 それだけ自分の腕を信頼しているんだ。

 

 私が彼と同じ歳くらいの頃、そんなふうに自分が持つ何かに自信を持てた事はあっただろうか。


「良かったら奥様も何か作ってみますか? 土には癒しの効果もあるんですよ! ね? ね?」


 ケイドは私の手を引いて、近くにあった椅子に座らせ、そしてあれよあれよという間に、陶芸体験の準備を整えてくれた。

 

「どうなさいます? 食器は僕と養父が作ったものがありますから、花器や人形にされますか?」


「そうですね⋯⋯⋯⋯それでは花瓶にします。上手に出来たら、お部屋に飾りたいです」



 ケイドは最初の工程は力仕事だからと言って、硬そうな粘土の塊をろくろの上に置き、少しずつ手で水を足しながら、叩いて形を整えてくれた。


「どんな形にしますか? 高さがあるものや、口が細い物。丸みのあるものなど、お好みは?」


「丸みのあるものが良いです。真ん中が膨らんでいる可愛らしい形でお願いします」

 

 成形のコツを手取り足取り教えてもらえたお陰で、それなりに納得のいく形のものが完成した。


 ケイドの言う通り、手を土まみれにしながら集中して作品を作っていると、心穏やかな時間を過ごすことが出来た。


「ケイドの助けがあったとは言え、君もセンスがあるんじゃないか?」


 笑いかけてくださるシリウス様の表情に、一瞬、心臓が止まりそうになった。

 だって、まるで初めて出会った頃のような、少年みたいな笑顔だったから。

 

「はい! 僕が初めてのときなんかは、力を入れすぎて、ぐにゃぐにゃに曲がってしまいましたけど、奥様は慎重に丁寧にされてましたね! 後は一度焼いてから絵付けをして、もう一度、焼けば完成です! また、お声かけいたしますね!」


 

 親切に手助けしてくれたケイドにお礼を言って、工房を後にする。


「どのような花瓶が出来上がるのか、完成が楽しみだな」


「はい。実はもう、どんな絵柄にしようか、ある程度、考えがまとまっているんです」


「そうなのか。何の柄にするんだ?」


「ふふっ。それはまだ内緒です」


「そうか」


 シリウス様は、はしゃぐ子どもを見守る親のような目で私を見ている。

 

 土には心を癒やす効果があるというのは、本当らしい。

 いつの間にか、シリウス様と自然に会話が出来ている自分がいた。

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