18.魔女の気配
この日の夜。
再び魔女の夢を見た。
天井付近で浮遊している彼女は、ベッドに横たわる私のことを、意地悪そうな顔で見下ろしている。
『お姉様、残念ながら生き残ってしまったのね。お可哀想に。ここ百年の繰り返しの中でも、圧倒的に苦しそうで惨めだわ。だから言ったでしょう? 人間なんかと一緒になっても、幸せにはなれないって。あらゆる脅威からお姉様を守れるのは、私だけなのよ』
魔女は得意げな笑みを浮かべる。
お姉様⋯⋯ということは、破滅の魔女シャウラかしら。
彼女は、魔女と人間の結婚なんて絶対に認めないと、慈愛の魔女シェダルを非難していたくらいだし⋯⋯
『もし、お姉様がこの苦痛から逃れようと、自ら命を絶ったとしても、予見の賢者は何度でもまたお姉様を檻に閉じ込めるわよ? 私だってこの光景は見飽きたくらいだもの。終わりのない苦しみから抜け出す方法はただ一つ⋯⋯お姉様が改心するようなら、呪いを解いてあげる。お姉様を苦しめるこんな世界、私がすぐに滅ぼしてあげるから』
魔女はそう言い残して消えていった。
夢から覚めると夜明けが近いのか、空が白み始めていた。
今晩の付き添い役のナシラが、椅子に座って舟を漕いでいる。
「ごめんなさい。わたくしが余計な仕事を増やしてしまって⋯⋯」
私が気を強く持てば、ナシラだって自分の部屋でゆっくり休めるのに。
申し訳ない気持ちで頭をなでると、ナシラは気持ちよさそうな顔をした。
「ミラ様⋯⋯晴れて良かったですね⋯⋯見渡す限りのコスモス畑⋯⋯素敵です⋯⋯」
夢の中で私とピクニックでもしてくれているのかしら。
生家の庭園にも、決して大きくはないけど、コスモス畑があったから、懐かしい気分になる。
献身的に支えてくれるナシラに感謝しながら、自分のベッドに潜り込む。
そう言えば、今朝はやけに静かね。
カナリアは秋になるとあまり鳴かないらしいけど、この時間なら、いつもは元気に鳴いているのに⋯⋯
ふと、アモルの様子が気になり、鳥かごを覗くと、アモルは鳥かごの底でガクガクと震えていた。
黄色く美しかった羽根が、所々黒ずんでいるように見える。
「アモル! どうしたの!? しっかりして!」
鳥かごの側面を軽く叩いて振動を与えるも、アモルの目は虚ろなまま。
命に関わる酷い状態であることは、火を見るより明らかだ。
こういう時ってどうしたらいいの?
優しく抱き上げた方が良い? 下手に触らない方が良い?
「ミラ様、どうされましたか? アモルの様子がおかしいですか? 旦那様! アモルに異常が見られます!」
ナシラは窓を開け放ったあと、大慌てでシリウス様を呼びに部屋を飛び出した。
「アモルが倒れたのか? いつからこの状態なんだ。君の身体には異常はないのか? 目や喉に刺激は感じないか?」
シリウス様は血相を変えて、部屋に飛び込んで来た。
そして何故かアモルではなく、私の両肩に触れながら、異常がないかを確認する。
「目が覚めたらアモルはこの状態でした。昨晩までは普段通りでした。わたくしには異常ありません。何も感じません。シリウス様、お願い。アモルを助けて!」
すがりついて懇願すると、シリウス様は頷いてくださった。
「すぐに獣医に見せよう。マーリエの森に住んでいる彼なら、小鳥の生態にも詳しい。とりあえず君はこの部屋から出るんだ。毒ガスの類では無いことを確認する」
アモルは使用人によって鳥かごごと運び出され、馬車で獣医の元へ向かった。
私は一時、客室に移動し、シリウス様に聴取を受ける。
「昨晩から今朝にかけて、何か変わったことはなかったか? どんな些細なことでもいい。嗅ぎ慣れない匂いを嗅いだとか、不審な音を聞いたとか」
「いえ、特にそういったことはありませんでした。強いて言うなら、夢に魔女が出てきたことくらいでしょうか。『三人の賢者と二人の魔女』に出てくる、破滅の魔女シャウラです。物語のセリフとは違いますけど、物騒なことを言っていました。虫の知らせというか⋯⋯」
「夢に魔女が出てきたのか? それは今回が初めてなのか? もっと詳しく話してくれ。彼女が話した言葉を全て僕に話すんだ」
シリウス様は、目の前の机にバンと手をついて、前のめりになった。
「え? 夢の話をするんですか? わたくしの妄想の話を?」
「そうだ。アモルの体調不良と関係があるかもしれない」
シリウス様は真剣な表情で私をじっと見つめる。
「⋯⋯⋯⋯わかりました。それでアモルを助けられるなら⋯⋯」
アモルのためになるのならと、素直に夢の話をすることにした。
聴取が終わり、夕方には寝室の安全が確認され、戻れることになった。
部屋に一歩踏み入れると、いつもの場所に鳥かごが吊り下げられていることに気がついた。
「アモル! もう元気になったの? 平気なの?」
大急ぎで近づき、鳥かごの出口を開けて、取り出そうとする。
「あれ? この子、アモルじゃない」
近くでよく見ると、そこにいるのは確かに黄色いカナリアだけど、顔つきや仕草が全然違う。
部屋にいる侍女を振り返ると、彼女はこちらに近づいて来た。
「シリウス様のご指示で、急いで代わりのカナリアをご用意いたしました。この子のことも肌身はなさず連れ歩くようにとのことです。アモルはしばらくの間、治療を受けるため、戻らないそうですから」
シリウス様のあまりの用意周到さに、戸惑いを覚える。
そんな。急にアモルの代わりの子を可愛がれって言われたって⋯⋯
私がこの家から出ていっても、シリウス様は新しい女性を連れてきて、鳥かごに飼うのかしら。
そんな殺伐とした考えが浮かぶくらい、私の心はまだ蝕まれているままだった。