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17.壊れた心


 ふと気がつくと、私はシリウス様のベッドの上に寝かされていた。

 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

 窓の外は明るくなっている。


「ミラの首元には、このような紋様が浮かんでいるように見えた。君の方でも、昔の文献をあたってみては貰えないだろうか?」


「わかりましたわ。これが魔女の呪いなのだとしたら、賢者の魂を持つ最後の一人を早急に見つけ出さねばなりませんわね」


 シリウス様とアルキオーネ様は、机に向かいながら、なにやら難しそうなお話をされている。


「シリウス様⋯⋯アルキオーネ様⋯⋯」


 蚊の鳴くようなか細い声に、シリウス様は焦ったように、がたんと音を立てながらこちらを振り返った。

 そのまま勢い良く、がばりと抱きしめられる。


「ミラ! 良かった。気がついたのか。生きていてくれてありがとう」


 目に涙を浮かべるシリウス様と、微笑みながら静かに退室なさるアルキオーネ様。

 二人の時間を邪魔しないようにとのご配慮なのだろう。


 けれども私の心には、どす黒い感情が渦巻いていた。


「どうしてシリウス様は、喜んでいらっしゃるのでしょうか? あのままわたくしが死んでしまえば、新しい奥様を迎えることも出来ましたのに⋯⋯」


 自分のものとは思えないくらい、冷たい声だった。


「ミラ⋯⋯君は、何を言っているんだ?」


 シリウス様の瞳は、得体の知れないものでも見たかのように不安そうに揺れる。


「確かにわたくしは、あなたがあまりにも苦しそうだったので、助けたいと願いました。けれども、わたくしの傷ついた心には、何の救いもありませんし、もう、あなたのことを考えるのにも、心をかき乱されるのにも疲れてしまったんです。今は気力がありませんけど、もう少し気分が落ち着いたら、自分で全て終わりにしますから。そうしたらわたくしのことなんか忘れて、別の女性と幸せになってくださいね」


 シリウス様が見せる傷ついたような表情から、自分が放った言葉が彼に届き、その心をえぐれた感触がして、不思議と気分が晴れていく。


「ミラ、どうしてそのような事を言うんだ。君は今、呪いにかけられていて、心を蝕まれているだけなんだ。だから落ち着いて。決して気を落としてはならない。命を粗末にしてはいけない」


「あなたの表面的な言葉には、もはやわたくしを癒やす力はありません。ですから、もうこれ以上の苦痛に耐える自信もありませんし、それらを乗り越えた先に、明るい未来があるわけでもありません。わたくしは、一度命を落としかけて気がついたんです。この世界に生きる意味なんて何も無いことを。シリウス様の指示通りに生きることに、何の意味も無いことを。目障りだったら斬り捨ててくださって構いませんよ? その方が苦しまずにいけそうですから」


 言葉のナイフで彼の心をぐさぐさと突き刺す度に、気高く美しいその表情が歪み、透き通った瞳から、とめどなく涙があふれてくる。


 もっと早くこうしていれば良かったのよ。

 私だけ馬鹿みたいに苦しんで、傷ついて⋯⋯ 

 

「ミラ、すまない。僕が君を壊してしまったんだ。僕のやり方が間違っていたんだ」


 私を抱きしめるシリウス様の身体も声も、絶望したみたいに震えていた。

 嗚咽を漏らしながら、肩で苦しそうに呼吸している。


 シリウス様が苦しむところなんて見たくなかったはずなのに、何故か今まで味わったことのない快感を覚えた。



 それから私は自室に帰され、軟禁されることになった。

 ペーパーナイフや万年筆など、鋭利なものは全て部屋から引き上げられ、侍女たちが室内で常に私の行動を監視している。


 シリウス様も仕事の合間を縫って、一日に何度も様子を見に来ては辛そうな表情をする。


「もう皆さん勝手にしたらいいわよ。わたくしを生かしておきたいって言うのなら、せいぜい頑張ることね。わたくしだってその時の気分で自由にさせてもらうから」


「ミラ様⋯⋯どうしてこんな事に。わたくしがついていながら⋯⋯」


 ナシラは手で口元を覆いながら、うつむいている。


「ナシラのせいじゃないわよ。わたくしがおかしくなってしまっただけ。けど、もうこれ以上、頑張れなんて言わないわよね?」


「はい。もう、ミラ様は十分に頑張って来られました。ミラ様が幸せになれないのならば、ここにいる意味はありませんし、グラフィアス子爵邸に帰りませんか? もうこれ以上、辛い思いをして頂きたくありません。お願いですから、ナシラをおいて遠くへ行かないでくださいね。生きて一緒に帰りましょう」


 ナシラは私の腰に抱きつきながら、泣き出してしまった。


「そうね。家に帰りたいのは山々だけど、お父様とお母様はなんて言うかしら。役立たずの娘だと落胆されるかしら。初夜は済んでいなくても、わたくしはキズモノなのよね? 貰い手はもうつかないでしょうし⋯⋯」


「ミラ様、今は先の事は考えなくても大丈夫ですよ。ミラ様のお父様とお母様にとっては、ミラ様さえご無事であれば、それで良いのですから」


「そう。ならば、そのうち帰ろうかしら」


 たった半年の結婚生活。

 世間から見たら、私の我慢が足りないように映るかもしれない。

 でも、こんなにも悲惨な夫婦関係を続けること自体が時間の無駄よね。 


 深いため息をつくと、アモルが肩に乗ってさえずり始めた。


「アモル、貴方は幸せだった? 鳥かごに捕らわれて、生かすも殺すも主の気分次第の環境で⋯⋯」


 アモルは私の質問に答えているつもりなのか、美しい声で歌ってくれた。

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