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14.公爵夫人の務め①

 

 この日は、アルデバラン公爵家が懇意にしている、ラサラス公爵夫妻が屋敷にご訪問なさる日だった。

 

 ラサラス公爵家は、アルデバラン公爵家の遠縁にあたり、戦に出征する際にも協力関係であったとのことだ。


 この時のために、お義父様とお義母様も療養所から屋敷に戻って来られた。


「父上、お加減はいかがでしょうか?」


 シリウス様は、杖をつきながら歩くお義父様に駆け寄り、その肩に手を添えた。


 お義父様の視力は、目の前に誰かがいるという事は感じられる程度だそうで、ここ最近は悪化せずにいるとの事だけど⋯⋯


「この人ったら、最近、パン作りなんか始めちゃってね。料理長が材料を計量して混ぜてくれるから、台の上で、ひたすら生地をこねているのよ。ほら、男の人って、体温が高くて、力も強いから、美味しく出来るのよね〜」


 お義母様は口元を手で隠しながら、上品な仕草で笑う。

 一方、お義父様は少し照れたように顔を背けた。

 

 そんなお二人のご様子を見て、シリウス様の表情も和らぐ。


 良かった。お義父様も新しい楽しみを見つけられたんだ。 


「昨日焼いたパンを持って来ているから、この後みんなで頂きましょう」


 お義母様は侍女に指示をし、応接室にパンを乗せたかごを運ばせた。


 お義父様、お義母様、シリウス様、私の四人で他愛のない話をしながら、お客様のご到着を待つ。


「ラサラス公爵ご夫妻が到着されました」


 レオニスが知らせてくれたので、エントランスでお出迎えする。

 

 馬車から降りて来られたのは、ラサラス公爵と夫人、そしてもうすぐ一歳になる、お二人のご子息のリギル様だ。

 

 皆様が一通りご挨拶を交わされたあと、シリウス様に、簡単に紹介して頂き、応接室へと移動した。 


 ずらりと使用人たちが控える中、テーブルを挟んで向かい合うようにして座る。

 紅茶を飲みながら、お義父様の作った美味しいパンを頂く。


 リギル様が夫人の膝の上に、ちょこんと座っていらっしゃるのが、なんとも愛らしい。


 話題はそれぞれの近況報告が中心だった。


「実は、妻が新しい事業を始めましてね」


 ラサラス公爵は、夫人の肩にそっと手を置いた。

 夫人は少し照れくさそうに公爵閣下を見つめ返しながら、語り始める。


「実は、家の領地の名産品である柑橘の皮を使って、香油を作ってみましたの。いい香りがするのに、捨てるのはもったいないと思いまして⋯⋯生産量はあまり多くはないのですが、有り難いことに貴婦人たちにも人気で。よろしければ、大奥様と若奥様もお試しください」

 

 ラサラス公爵夫人は、侍女から茶色の小瓶を受け取り、私たちに差し出した。


「それは素敵な事業ですね。ありがとうございます」


 瓶のフタを少しあけ、手で扇ぐと、爽やかで瑞々しい香りが漂って来る。


「若奥様の方は、公爵家にいらしてから、何か始められたことはありますか?」

 

 ラサラス公爵夫人は目を輝かせながら、尋ねてこられる。


 私が始めた事業⋯⋯⋯⋯?

 そんなものは、なにもない。


 私はただシリウスの指示に従って、書類を整理したり、計算が合っているか確認したりするだけ⋯⋯


 もしかして私って、公爵夫人としての務めを果たせていなかった?

 急に胸に不安と罪悪感が広がる。


「彼女はあまり思い切りの良いことは得意ではないのです。その代わり、頭が痛くなるような数字の羅列のある書類も正確に分析することができるので、そちらを任せています」


 私が咄嗟に答えられなかったからか、シリウス様がフォローしてくださる。


「そうでしたか。数字の扱いに長けていらっしゃるとは尊敬いたしますわ。わたくしはそういうのは苦手で、この事業も思いつきと肌感覚で始めたもので⋯⋯」


 ラサラス公爵夫人は照れたように笑う。


「お褒めに預かり恐縮です。ラサラス公爵夫人は商才があられるのですね。尊敬いたします」 

  

 シリウス様のお陰でなんとかこの話題を切り抜ける事が出来た。

 しかし、この場にお子様がいらっしゃる以上、当然避けられない話題もあるわけで⋯⋯


「大旦那様、もしよろしければ、リギルを抱いて頂けませんか? 戦場の英雄の膝に乗せて頂くなんて、箔が付きますから」


 公爵夫人は椅子に腰掛けるお義父様の膝の上に、リギル様を乗せた。

 お義父様は恐る恐るといった様子で、リギル様を抱きかかえる。


「小さくてなんとも可愛らしいな。シリウスが子どもだった頃を思い出す⋯⋯」


 お義父様の表情は癒されたように和らいでいる。


「とても愛くるしいわね。わたくしたちも、早く孫の顔が見れると良いのだけど」


 お義母様は、嬉しそうなお義父様とリゲル様を優しい目で見つめながらおっしゃった。


 目の前の幸せそうな光景に胸がちくりと痛む。

 私がプレッシャーに感じる必要はない。

 よく聞く定型文、ただの社交辞令でしょう。


「もう直ですわよ。ね? 若奥様?」


 公爵夫人は屈託のない笑顔を私に向ける。


 なぜだろう。さきほどからこのお方の顔を直視するのが辛い。


 同じ公爵夫人の立場でありながら、自分がその役目を果たせていないことを突きつけられている気分になる。


 私がラサラス公爵夫人のように上手く立ち回れないから、シリウス様は私から離れて行ってしまうの?

 今、シリウス様はどんな表情をしている?


 これ以上失望されるのも、そのことを自覚するのも怖くて、曖昧に微笑みながら押し黙るしかなかった。

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