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12.慈愛の魔女と破滅の魔女


 二十歳の誕生日の翌朝。

 私は一冊の本をペラペラとめくりながら眺めていた。


 それは、私とシリウス様を結びつけてくれた『三人の賢者と二人の魔女』の物語だ。

 

 黒髪黒眼の女性というのは非常に珍しい存在で、私が知っているのは、この本に出てくる二人の魔女⋯⋯慈愛の魔女シェダルと破滅の魔女シャウラだけ。

 この物語の内容はこうだ。



 ――人間と魔女が共存していた時代。


 とある静かな森に、シェダルとシャウラという幼い魔女の姉妹が二人きりで暮らしていた。

 

 力はなくとも、地道な努力と集団生活を得意とする『人間』と、人間には扱えない不思議な力を持つも、孤独だった『魔女』は、互いの能力を活かし、支え合っていた。


 人間たちに良くしてもらった事で、すぐに打ち解けられたシェダルに対し、どこか人間を見下していたシャウラは、心を閉ざしたままだった。


 やがて二人は美しい娘に成長し、特に容姿に優れた妹のシャウラを一目見ようと、男たちが離れた街からも訪れるほどだった。

 けれどもシャウラは、誰の言葉にも耳を傾けず、相手を深く知ろうとしなかった。


 一方、姉のシェダルは森の青年たち⋯⋯後に『予見の賢者』、『明察の賢者』、『俯瞰の賢者』と呼ばれる三人と親交を深め、遂には『予見の賢者』の妻となる。


 シャウラはその事に激昂し、世界を破壊し、無に帰そうとしたものの、覚醒した三人の賢者と姉シェダルの手によって封印され、『破滅の魔女』と呼ばれるに至った――


 というのが概要だ。

 

 私の夢に出てきたのは、破滅の魔女シャウラだったのかしら。

 慈愛の魔女シェダルは、誰かを『お姉様』と呼ぶことはないだろうし。

 もうこの物語も何度読んだか、わからないわね。


 本の表紙をそっと撫でてから、机の引き出しにしまった。



 そんな夢の事もすっかり忘れていた頃、屋敷にお客様がやって来た。


「ごきげんよう! お元気だったかしら? 卒業以来ですわね!」


 馬車を降り、真っ赤な髪をなびかせながら、こちらに向かって優雅に歩いていらっしゃったのは、アルキオーネ様だ。


「アルキオーネ様! ごきげんよう!」


 感動の再会に、早足で駆け寄り、互いの両手を握る。

 シリウス様は軽く挨拶をした後、すぐに席を外されたので、二人で応接室に移動する。


「ミラ嬢⋯⋯じゃなくって、公爵夫人! 頻繁にお会いできないことは覚悟していましたけれど、余りにも姿をお見かけしないから、もしや、避けられているのでは?と不安になりましたわ! 本日はお招き頂きありがとうございます」


 アルキオーネ様は冗談っぽく笑った後、丁寧に頭を下げた。


「そんな、公爵夫人だなんて、やめてください。それに、わたくしがアルキオーネ様を避けるなんて、そんな事はあり得ませんから」


「そうよね。それならよかったわ。それではミラ嬢改め、ミラさん。お誕生日おめでとうございます! 王都中央図書館の職員が、直々に選んだ本ですから、質は保証されてましてよ?」


 アルキオーネ様の侍女が、リボンがかけられた本の山を机の上に乗せた。


「まぁ! こんなにもたくさん! よろしいのですか? どれも読んだことのないものばかり⋯⋯嬉しいです!」


 次々と本を手に取り、喜ぶ私を満足気に見つめるアルキオーネ様。

 物語のあらすじと見どころを、一冊一冊手に取りながら説明してくださる。


「こうやってアルキオーネ様と本についてお話していると、学生の頃に戻った気分です。フォーマルハウト様はお元気なのでしょうか?」


「本当に、懐かしい気分になりますわね。フォーマルハウト様はお元気そうでしたよ。それにしても、お誕生日当日に体調を崩すとは、ついていませんでしたね。せっかくお会いできるのだからと、わたくしも、フォーマルハウト様も、わざわざプレゼントを夜会に持ち込みましたのに」


「えっと⋯⋯誕生日⋯⋯体調⋯⋯夜会⋯⋯?」


「ええ。聖女様の生誕祭です。シリウス様が、せっかくだから、直接、手渡してあげて欲しいだなんておっしゃるものですから。まったくもって人使いの荒いお方ですけど、こうしてまた元気なミラさんにお会いできたのだから、来た甲斐がありましたわ!」


 オホホと笑うアルキオーネ様のおっしゃる事を整理すると。


 私の誕生日の夜、聖女様の生誕祭が行われていて、そこでアルキオーネ様とシリウス様が居合わせた。

 その場で私に誕生日プレゼントを渡そうとしたアルキオーネ様は、シリウス様から私が『体調を崩して欠席している』と説明された⋯⋯ということになる。


 聖女様のお誕生日も、私と日が近い事は知っていたけれども、生誕祭が開催されていた事も、招待されていた事も知らない。

 誕生日の夜、予定が立て込んでいると言ったシリウス様。

 

 聖女様の生誕祭のご出席が優先なのは、理解できる。

 でも、どうして私は連れて行ってくださらなかったの?

 どうして何も言わずに、一人で行ってしまわれたの?


 私が駄々をこねると思われたんだろうか。


「そうだったのですね。お忙しい中、お越し頂きありがとうございます。この通り私は元気ですから」

 

「これだけ喜んで頂けるのでしたら、また会いに来ますわね。フォーマルハウト様にも、お声がけしておきますわ」 


 アルキオーネ様は侍女とともに、馬車に乗り込み、笑顔で手を振り、帰って行かれた。



 夜。いつもなら寝ている時間だけど、アルキオーネ様と久しぶりにお会いできて興奮してしまったのか、なかなか寝付けずにいた。


 ベッドサイドランプの明かりを頼りに、アルキオーネ様から頂いた本を読みながら、過ごしていると、ふと胸騒ぎがして、外が気になった。


 なんとなしに窓を覗いてみると、ライトで明るく照らされた庭園内に、二つの人影があるのが見えた。


 お一人はシリウス様、そしてもう一人は⋯⋯アルキオーネ様?

 風になびく美しい真っ赤な長髪は、まさしくアルキオーネ様のものだ。


 こんな夜更けにどうされたんだろう。

 ご帰宅なさったと思ったのに。

 馬車や御者のトラブル⋯⋯とか?


 表情までは良く見えないけれども、二人で花を眺めながら、なにやら語り合っているご様子。


「ミラ様、失礼いたします」

 

 よく眠れるようにと温かいお茶を淹れて帰って来たナシラは、私の隣に立ち、静かに窓を覗き込む。


「あれは、アルキオーネ様でしょうか。お帰りになったはずでは⋯⋯」


 ナシラも困惑しているのを隠しきれない様子。


「そうね。何か人には聞かれたくない話をされているのかもしれないわね。わたくしは、もう寝るわ」


 二人の様子が気になるものの、やましい事は何もないと信じて眠ることしか出来なかった。

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