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1.近くて遠い旦那様


「すまないが、僕はこれ以上、君との関係を深めるつもりはない」


 私の愛する夫、シリウス=アルデバラン公爵は、深刻な表情で残酷なことを言った。


「シリウス様、それはいったい、どういう意味でしょうか? 夫婦となったのに、関係を深める気がないとおっしゃるのは⋯⋯」


 貴族にしては、異例の慎ましさの結婚式を挙げてから、もう半年が経つ。

 それなのにシリウス様は、一度も私の寝室には来て下さらなかった。


 その事に寂しさを覚えた私は、信頼している侍女の助言を受け、殿方が好みそうな下着や香水を(まと)い、なけなしの勇気を振り絞って、今夜、お部屋を訪ねたのだけれど⋯⋯


「言葉の通りだ。君が何を試みようとも、僕の考えは変わらない。無駄な努力は止めた方が良い。痛々しくて見ていられない」


 シリウス様は、ネグリジェ姿の私の肩にブランケットをふわりとかけた。

 取り付く島もないほどの、はっきりとした拒絶。


 その言葉が意味するのは、私という存在がシリウス様にとって魅力の無い、愛するに値しない妻だということ。


 いつからだろう。

 シリウス様が何を考えていらっしゃるのか、分からなくなってしまったのは――




 私たちが初めて出会ったのは、十五歳の頃。

 王立アステル学園に入学した直後のことだった。


 隣の席に座る、物静かな生徒。

 アルデバラン公爵家嫡男のシリウス様は、自分たちと同じ年齢とは思えないくらい、落ち着いた様子で本に目線を落としていた。

  

 涼し気な目元に、筋が通った鼻。

 黄昏時の空のような深い紫色の髪と瞳からは、優雅でミステリアスな印象を受けた。

 今、思えば、一目惚れだったのかもしれない。


 それから毎日、同じ教室で朝から夕方まで共に授業を受けるものの、挨拶を交わす以外の接点がなかった私たちを引き合わせてくれたのは、一冊の本だった。


 お父様とお母様が、入学祝いに贈ってくださった何冊かの本の内の一冊。

 『三人の賢者と二人の魔女』という昔話だ。


 表紙に特殊な加工が施されているから、五人の登場人物のステンドグラス調のイラストが、キラキラと輝いて見えるのも気に入っている。


「ミラ嬢もその本が好きなのか?」


 突然、隣から聞こえて来た、低く落ち着いた声の主は、興味津々といった様子でこちらを見ていた。

 気になっていた男性から、いきなり話しかけられて、一気に心拍数が上がる。


「はい、そうなんです。最初はこの幻想的な表紙に惹かれたんですけど、お話の方も、何度も読み返したいほど気に入ってしまって⋯⋯」 


「そうか。実は僕も昔、その本を好んで読んでいたんだが、ある登場人物の心情に、中々共感出来ずに解釈に迷う場面がある。ぜひ君の考えを聞かせてくれないだろうか?」


 シリウス様はゆっくり話したいからと、私を昼食に誘ってくださった。


 学生食堂の隅の目立たない席を選んだのにも関わらず、私たちは生徒たちの注目を集めている。

 

 それもそのはず。

 アルデバラン公爵家といえば、太古の戦で国を救った英雄の末裔と言われており、現在に至っても国の防衛に大きく貢献している家門だ。

 

 貴族ばかりが通うこの学校に、シリウス様のことを知らない者はいないだろう。


「ミラ嬢は何故、破滅の魔女が最後にあのような暴挙に出たと思う? 同じ環境で育って来た慈愛の魔女と、どうして、ああも考え方が違うのか⋯⋯」


 真剣な眼差しでこちらを見つめるシリウス様。

 その視線から、この物語への熱意が伝わってくる。


「そうですね⋯⋯やはり破滅の魔女は、自身の中にある人間=悪という考えを払拭出来なかったのだと思います。他者から向けられる好意を受け取り、恩を感じられる慈愛の魔女とは違い、破滅の魔女は、同じものを受け取っても、満たされることがなかった。まるで心の器の底に穴が空いているかのように⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


「破滅の魔女は、三人の賢者に愛される慈愛の魔女にただ嫉妬したのではなく、彼女を誰にも奪われたくなかったのではないでしょうか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯えーっと、その⋯⋯あの行動は、破滅の魔女の悲痛な叫びに感じられました。唯一の理解者であったはずの慈愛の魔女が、人間を愛したことに絶望したと言いますか⋯⋯」


 あまりの反応の薄さに不安になり、シリウス様の顔を見上げると、彼は目を見開き、固まっていた。


「あの⋯⋯シリウス様、申し訳ありません。わたくしは何か、間違えてしまったでしょうか⋯⋯」


 物語のクライマックスシーンの話題である事に加え、シリウス様と二人きりで話す緊張もあったからか、ついつい語りすぎてしまったのかもしれない。


「いや、面白い考え方だ。破滅の魔女が慈愛の魔女を愛していたという前提ならば、矛盾があるように感じた発言にも深みが増す⋯⋯では、三人の賢者が破滅の魔女を封印する場面はどうだろうか? ミラ嬢の考えを教えてくれないか?」


 目を輝かせながら少し前のめりになった、この時のシリウス様は、年相応の男の子に見えた。 

この度は、数ある作品の中から、本作を見つけて頂きありがとうございます。


毎日更新の予定ですが、時間帯は固定ではありませんので、ぜひ『ブックマークに追加』&『更新通知ON』をお願いいたします。

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