後編 彼氏がASD傾向の彼女さん
私の彼氏は、たぶん変わっている。というのは、初めての彼氏で他に比較できる人がいないから。でも、変わっているんだろうな、と最近思うようになってきた。
それでも私は彼のことが好きだ。
初めて彼がうちに泊まりにきた時
「お風呂のお湯、ちょうどいい温度で入れて」
とお願いすると困った顔をして浴室へ向かった。なかなか戻ってこないので、どうしたのかと思って浴室に向かうと浴槽の外側にしゃがんで、水道から出るお湯を無心で触っていた。
「何してるの?」
と声をかけると
「ちょうどいい温度って?」
と真顔で訊かれた。「え? それは感覚でさぁ」と言うと「それじゃあわからない」と困惑する様子を見せた。
他にもファミレスで食事をしている時、彼が食べていた和風おろしハンバーグが意外とおいしそうで
「一口ちょうだい」
とお願いすると、ハンバーグを切り分けようとしたものの、ナイフとフォークで宙をかき
「一口ってどれくらい? 好きなだけとって」
と鉄板をずいっと押し出してきた。私は「あーん」してほしかったのだけれど、その夢は破れた。
彼は曖昧な表現が苦手らしい。
今日、大学の講義でASDについて学んだ。発達障害の一種で、コミュニケーションや対人関係が苦手なことがあるらしい。
教授の話を聞いて、彼とよく似ていると思った。
彼はもしかすると、その傾向があるのかもしれない。それなら今日習った対応方法で、彼に向き合ってみよう。
その後、彼の様子が変わった。
今、彼にお風呂のお湯を入れてもらう時は、
「40℃のメモリから3㎜ずらしたくらいに蛇口を設定して」
と具体的にお願いすると、「了解〜!」と嬉々として、お湯を入れに行ってくれる。お風呂に入る時、定規を持って行き蛇口を確認すると、ピッタリ3㎜ずらしてくれていた。その正確さはすごい。
そして「あーん」の夢も叶えた。
彼はファミレスに行くと絶対、和風おろしハンバーグを注文する。具体的作戦をここでも実行した。
「2㎝かくで切って、『あーん』してほしいな♡」
と言うと「うん。わかった!」と、すばやくハンバーグを切り分け「あーん♡」と口元に持ってきてくれた。その一口のハンバーグは、今まで食べた中で一番おいしかった。
彼のおかげで私は、ありのままの言葉で気持ちを表現できるようになった。彼といると私は素直でいられる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
みんなが互いを理解し合える社会になることを願うばかりです。