【ホラー】髪の長い赤ん坊【じゃないお!】
ミッコが合コンにベビーカーを引いてきた。
「あら、子持ちはダメなんて書いてたかしら?」
「いや、そんなことはないんだけど、ただ⋯⋯」
焼豚チャーハンバーグリルチキンタマニコニコ流星群ツーセット山健一郎がなんとも言えない表情でベビーカーに視線を向ける。
そこには顔が見えないほどの長髪に覆われた、赤ん坊かどうかもハッキリ分からない赤ん坊サイズの人型の塊が力なく座っていた。
「なんですってぇ!? この子の髪が長くて気味が悪いからこういう楽しむべき場に連れてくるのはどうかと思うなぁ、でもそんなこと言えるわけないし、どうしよう⋯⋯怒らせないような、傷つけないような言い方ないかなぁ⋯⋯ですって!?」
ミッコが激怒した。
「うっせぇな! ケンはそんなことひと言も言ってねーだろ? 勝手に妄想してキレてんじゃねーよ」
少々酔いの回った松平建が強気に言った。
「いまだにAdoちゃんのその曲歌ってるヤツに言われたくないわよ!」
「『うっせぇな』だけでAdo判定されんの!? ⋯⋯どのみちいいだろ、名曲はいつまでも歌われるもんなんだからよ」
「音楽なんてブリンバンバンボンだけあればじゅーぶんなのよ!」
「あぁ!? やんのかコラァ!」
「やってやんよのやのやんよ!」
ヒートアップする2人。実は彼らは同じゼミの学生で、普段からよく言い合いをしているのだ。
「まったく、これだから男は⋯⋯」
ミッコがそう呟いた時だった。赤ん坊が口を開いたのだ。
「逞⋯⋯帙>⋯⋯」
ボイスチェンジャーで変えたような低い声で、なにかをゆっくりと話した。
「あーそうでちゅねぇ〜〜〜! 偉いでちゅね〜〜〜〜〜!」
長い黒髪をなでなでするミッコ。
「なぁ、その子どうしたんだよ。お前昨日まで普通にゼミ来てたし、腹もデカくなかっただろ。お前の子じゃないよな?」
ストレートに聞く松建。
「拾ったの」
「えぇっ!?」
「大丈夫大丈夫、犯罪とかじゃないから! ちゃんと警察に届けて、持ち主が現れなかったから私が貰ってきたの」
「えぇ⋯⋯」
「⋯⋯闍ヲ縺⋯⋯励>」
また赤ん坊が口を開いた。相変わらず低くゆっくりなにかを呟いている。
「可愛いでちゅね〜〜〜! あっはっは」
自分のヒザを撫でるミッコ。
「おい、それヒザだぞ」
「ほんとだ」
松建のツッコミで気付いたミッコが手を赤ん坊に伸ばした時だった。
「蜉ゥ縺代※」
「そうだね〜よーしよしよし」
低い声でハッキリ何かを言ったが、ミッコ以外は聞き取れていない様子だった。
「なぁ、この子、なんでこんなにロン毛なんだ? カツラでも被せてんのか?」
「地毛だよ〜」
「地毛ってお前、見た感じこの子1歳くらいだろ? なんでこんなロン毛なんだよ。普通赤ん坊って産まれた時ハゲだぞ」
「遺伝なんじゃない?」
「ロン毛の遺伝なんてねーよ」
「盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、そろそろ次のお店行くよ!」
焼豚チャーハンバーグリルチキンタマニコニコ流星群ツーセット山健一郎がタケノコの真似をしながら言った。酔っ払っているのだ。
健一郎の号令で参加者301名はピクルスの真似をしながら店から順番に出ていった。
「PayPayで」
急遽参加した『ニッポンの社長』を名乗る男が全員分のお会計を済ませると、髪の長い赤ん坊を残して全員いなくなった。
社長が髪をかき分けると、中から可愛らしい赤ん坊の顔が出てきた。
「痛いよ⋯⋯苦しいよ⋯⋯」
赤ん坊は泣いていた。
「助けて⋯⋯」
そう言って見つめる赤ん坊をひと撫ですると、社長はベビーカーを放置してそのままキャバクラへ帰っていった。
「店長、あいつら赤ん坊を置き去りにしやがりました!」
「なにィ!? 300人もいて誰も気付かねぇもんなのか!?」
「あいつらそこのFラン大学生ですからね!」
「ヨホホホホホホホ!」
合コンのお会計が3億円だったこともあり、やたら高テンションの高い2人高い。
「店長、この子どうするんですか?」
「うちで飼うしかねーだろ」
「責任持って育ててくださいね」
「お前に言われなくても分かってるよっ、はは⋯⋯⋯⋯は? なんでお前に言われなあかんの? 自分はなんもしないくせに、なんで俺にそんなこと言ってくんの? なにお前? 殺していい?」
「いいですよ!」
了承を得た店長は流しの下から殺虫剤を取り出し、ツヤツヤ目毛(バイトくん)の口内に噴射し、マッチ棒に火をつけて投入した。
「どうだ? 死ねそうか?」
「すげー旨いです」
「そうか、それはよかった」
味一筋でやってきたんだ。おいらの腕を見くびってもらっちゃあらっきょうのポップコーンってやつよ。3個入りで80円だ。割り切れねぇから結婚式で長方形すんだよなぁ。
「店長、いちごが食べたいです!」
「すぐ買ってきます!」
ラジャ! のジェスチャーをして店を飛び出す店長。店内に残されたツヤツヤ目毛とロン毛の赤ん坊。
「⋯⋯食えんのかな」
赤ん坊を見てヨダレをたらしながら独りごちるツヤ目毛。
「食えますよ」
脳内でツヤ目毛に話しかけるリトルツヤ目毛。
「じゃあいただきます」
髪の先の方だけめんつゆに浸して豪快に啜るツヤ目毛。その姿はまるで夏を象徴するような、CMに引っ張りだこになりそうな姿の、アレの、あのヤツだった。
「美味くねぇ⋯⋯ぱそっぱそだわ」
パソコンの味がしたようである。
「ガツガツムシャムシャちゅるちゅるうまうま!」
それからも狂ったように赤ん坊のロン毛を食む食むする目毛。15時間後には赤ん坊の頭はツルッツルのズルッズルになっていた。
「ただいま〜いちご買ってきたよ〜」
ちょうど完食したタイミングで帰ってくる店長。髪を食べてお腹いっぱいの目毛。
「あ〜、ありがとうございま⋯⋯ちょっと、もう⋯⋯食べれないっす。ごめんなさい」
「じゃあ返してきます!」
「ロウソク立てて待ってますね!」
それから店長が戻ることはなかった。
元ロン毛の赤子と2人で店をやっていく決心をする目毛。
空は晴れた。
さぁ行こう。