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煌星のバルトラ  作者: ハル
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病の村


 村の広場に足を踏み入れた瞬間、視線が集まる。人の姿ならば問題ないだろうと考えていた2人だったが、その認識には大きなズレがあった。人と接することもなく生きてきた弊害とも言えるだろう。


 ただの旅人というにはあまりにユリウスの容姿は美しく、浮世離れしていたのだ。どこか神聖さすらも感じる風体に加え、隣を歩く少女も同様に、目を引く。


 辺境の小さな村でなくとも、あきらかに異質な存在だったのだ。


「誰だ、おまえら」


 遠目から見守る村人たちの輪をかけ分けて、ブラウンの髪をうしろに束ねた、鋭い目つきの男がユリウスたちの前に立ちはだかった。剣を構える佇まいはどこか様になっており、多少の心得があることが伺える。


「旅人……というわけでもないよな?」


 男はジロジロと訝しげな視線を向けてくる。ユリウスはジュノにそっと耳打ちした。


「ぼくたちものすごく警戒されているみたいだ。」


「むむ…おかしいの。完璧な擬態のはずなのじゃが。あの男、なかなか洞察力があるの。」


「そういう問題でもないような気がするけど…」


 こそこそと話すこちらの様子を見て、男の表情にはますます緊張の色に染まっていく。


「やっぱり怪しい。何を企んでる!」


 初めて交わす会話がこんな殺伐としたものになるとは思ってもみなかった。どうしたものかとユリウスは考える。


「ここは、真摯な言葉で会話を試みてみよう。うん、そうするべきだ。」


 独り言のように呟いて、ユリウスは顔を上げた。村の人たちの警戒心が少しでも薄らぐように、自分は敵ではないと伝わるように、精一杯の笑みを浮かべて。


 その瞬間、男を含め村人たちは思わず息を飲んだ。顔を上げた怪しげな少年があまりにも優し気で、あまりにも美しく微笑みを浮かべていたためだ。


「怖がらせてしまってごめん。でも君たちに危害を加えたりだとか、そんなことは絶対にしないから安心してほしい。」


「そ、そんな言葉を誰が信じるっていうんだ。」


「少し事情があって人里離れた場所で、長いこと暮らしていたんだ。だから、きみたちがなぜそんなに警戒しているのか、という部分に検討がつかないほどには世間知らずだよ。だから、怪しいと言われてもどう信じて貰えばいいのか、正直なところわからなくてすごく困ってる!……だからこういうのはどうだろう。」


少し狼狽えていた男だったが、緊張の色をゆるめず、ユリウスの言葉の先を伺っている。


「君たちは今辛い状況に置かれているように見える。だから、できれば力にならせてはくれないか。」


「辛い状況だと?ふんっ当てずっぽうも大概にしろよ。お前に何がわかるっていうんだ。ついさっき来たばかりのやつが。」


「ーー体中に黒い斑点ができ、まるで体を引き裂かれるような痛みがはしる。」


 その言葉を聞いた直後、男は目を見開き動きをとめた。


「次第に斑点は白に変色していく。そして、痛覚を残した、視覚、聴覚、味覚などあらゆる感覚が消失し、死ぬ瞬間まで苦しみ、最後には家族の声も届かず、温もりを感じることもできず、孤独に死んでいく。……淀んだ魔素に充てられると、そういう症状が出るそうだよ。」


男の顔がくしゃりと歪む。悔しさ、悲しみ、怒り、いろんな感情が溢れ出て、今にもこぼれ落ちそうな様子だ。


「……っ」


「家屋の数に比べて、畑や露店で働きに出ている人の数が少なすぎるし、さっき畑で見かけた人の腕に、黒いシミみたいなものが。でも黒子やシミにしては、形に少し違和感があった。魔素の流れも少しおかしかったしね。あとはそこの人。」


 ユリウスが視線を向けたのは、周りを囲むように遠目から様子を伺っていた村人の中にいる一人の女性だった。女性は急に自身に注目が集まり、少し戸惑っているようだ。


「リリー!なんでここに。危ないから中に入ってろって言っただろ。」


 先ほどまで警戒を示していた男が声を上げた。


「知り合いだったんだね。そう、君のいうとおり普通怪しい人間が来たとなれば、家の中で身を潜めるだろう。なのに彼女は飛び出してきた。そしてその瞳には焦燥と…同時に、期待の色が浮かんでいたように僕には見えたんだ。」


 女性は口を噤んでいたが、やがて意を決したように声を上げた。


「娘が…っ。ずっと神に祈っていたんです。何日も、何日も。どうか娘をお助けください、私はどうなっても構わないからと。」


女性の瞳から堰を切ったように涙がぽろぽろとこぼれ落ちていく。


「村に見慣れないやつがきたらしいって夫から話を聞いて、気づいたら家を飛び出していました。もしかしたら、帝都から薬師様がやっと派遣されてきたのかもしれないと。


……あなたはさっき言ってましたね。助けてくれるって。どうかっ、どうか!娘をたすけてください。


娘を助けてくれるのなら、あなたが何者だろうとかまいません!私にできることならなんでもします。どうか…どうか…っ!」


「リリー…」


「ジャック、あの子を助けられる術があるのなら!少しでもっ…可能性があるのなら、私は信じたい…っ。」


男ーージャックは駆け寄り、女性の肩にそっと手を置いた。


「……村の男の一人が、大怪我を負った子どものために薬草を取りに行ったことがはじまりだった。“死の大地”に足を踏み入れたんだ。


……あんたも知ってるだろ?死の大地は、大昔に討伐された大災害、魔女アルテアの魔素が今もなお残り続けている不毛の大地だ。あそこに近づいたやつは…呪われる。


その男も村に戻ってしばらくすると発症した。気づいた時には全てが遅かったんだ。それからどんどん他の奴らにも感染していって、俺の娘のミーナも。」


ジャックは悔しそうに唇を噛み締めている。


「帝都に助けを求めたが、返答は村を出るな。その一言だけだ。逃げようとした奴もいたが、周りの村には帝都から通達があったようで、この村の人間は入れてもらえず、追い返されたそうだ。…俺たちは、国に見捨てられたんだ。」


握りしめられた拳には血が滲んでいる。


「あんた、さっき力になるっていったよな。…その言葉、信じてもいいのか。」


 嘘偽りは許さないという男の強い意志を感じる瞳を、まっすぐに見つめ返し、ユリウスは答えた。


「いくつか薬草をもってきているんだ。それに、多少魔法の心得があるから、少なくとも苦痛を和らげてあげることはできるはずだよ。でも実際見てからじゃないと、無責任に助けられると断定はできない。」


「……いや、それだけでも助かる。ずっと、苦しんでいるんだ。変わってやれるなら変わってやりたい。あの苦しみを和らげてやれるなら、どうか頼みたい。さっきまで、散々疑っておいて都合のいい話だってのはわかってるが…」


「もちろん力になるよ。疑うのは当然のことさ。不安に駆られているなか、村に訪れた怪しい人間。君は大事な人たちを守ろうとしただけさ。…だから、その思いを組みたい。僕にできることを、精一杯やってみるよ。」


 ジャックはパッと顔をあげた。奇跡を乞い願うような、そんな表情でユリウスを見つめている。


「ありがとう……頼む。」




***




 ジャックの家は、広場からすぐ見える場所に位置していた。目立つわけではないが、どこか他の家よりも造りがしっかりしていて、目に留まる。


 庭には様々な種類の薬草が生えていた。窓辺には乾かされた薬草や麻布が掛けられている。


 玄関先の靴棚は少し広く、来客を迎える習慣がある家のようだった。中からは、かすかに煮炊きの匂いと、薬草のような香りが漂ってきた。


「奥の部屋だ。」


 そう言ってユリウスが案内されたのは、突き当たりの日当たりの良い部屋だった。


 部屋の奥にある寝台には、幼い少女が寝かされており、苦しそうなうめき声をあげている。


 見える範囲ほぼ全てに、黒い斑点が浮き上がっている様子から、一刻を争う状態であることが見てとれた。斑点が白く変化する前ということは、今この少女は、想像を絶する痛みに襲われているはず。


 ユリウスは、そっと少女の手を握り、その体内に少量の魔素を流し込んで状況を探っていく。


 目を閉じ、少女に全意識を向けるユリウスの横顔を、夫婦は固唾を飲んで祈るように見守っている。


「心配するでない。」

夫婦のそばに立ちユリウスを見守っていたジュノが言った。


「あやつの魔法は既に…」

 ジュノがそう言いかけた瞬間、空気が震えた。


 目に見えぬ何かが、部屋中を満たしていく。

 ユリウスの手のひらから、光が噴き上がった。


「ーーー人の領域を超えておる。」


 ジュノがそう言った直後、ユリウスが振り返った。


「…ジャック、リリー」


 そう呼びかけるユリウスの真剣な眼差しを見た夫婦は、寄り添い合ったまま、覚悟を決めたような表情で言葉を待った。


「大丈夫、助けられるよ。」


 そう言った直後、更に眩い光が溢れ出した。空色の光の粒子がキラキラと煌めきながら、あたりを彷徨っている。


 その中心にいるのは、呪いに侵された少女に手を差し伸べる、美しい少年。


 その光景を見たものは、後にこう綴った。


 ーーそれはまるで、物語の伝説を切り取ったかのような光景だったと。


 夫婦をはじめ、窓から様子を心配そうに見守っていた村人たちも、ただただその奇跡のような光景に圧倒され、言葉を失った。


 やがてゆっくりと光が収まった頃、先ほどまで苦しんでいた姿が嘘のように、少女の表情は穏やかなものになっていた。身体中にあったはずの斑点もよく見なければわからないほどに薄くなっている。


 しばらくすると、少女の丸く愛らしい瞳がぱちりと開いた。


「…いたいのなくなった…?」


 そう呟いてキョロキョロとあたりを見回している。両親の姿を捉えると、少女は自ら寝台を勢いよく降り、駆け寄り抱きついた。


「パパ!ママ!ミーナ元気になった!!」


 オレンジ色の癖っ毛がふわりとゆれる。夫婦はいまだに信じられないものを見るようにじっと腕の中にいる、我が子を見つめていた。


「うそ…だろ?」


「ミーナ…!」


 涙を流しながら夫婦は力一杯我が子を抱きしめた。しばらくすると、ジャックは涙で赤らんだ瞳でユリウスを見つめた。


「本当に…っ、本当に、ありがとうございます。…いくら言葉をつくしても足りないほどの大恩。一生忘れません。」


「間に合ってよかったよ。ミーナ…だっけ。痛いのなくなってよかったね。」


「うん!おにいちゃんがたすけてくれたんだよね。ありがとう!!」


 にこにこと愛らしい笑顔を浮かべるミーナにユリウスも微笑み返した。


「あの、お名前をお聞きしてもよいでしょうか。」


「そういえば名乗りもしてなかったね。僕はユリウス。そっちにいるのはジュノだよ。」


「ユリウス…様。いったいあなたは何者なんですか。」


「さっきも言った通り、ちょっと訳ありで説明するのが難しいんだ。…そうだな、強いて言えば薬師かな。でも今は、そんなことよりも優先すべきことがある。」


そういってユリウスは部屋を後にし、玄関から外へ出た。すると、奇跡を目の当たりにしたであろう村人たちが我先にと群がってくる。


「ど、どうかうちの子も…!」


「俺の親父もなんだっ…頼む」


「私の弟も…!!」


 懇願をはじめる村人たちを前にしても、ユリウスは冷静だった。


「もちろんだよ。ただし、条件がある。これを守れない場合には、僕は一切手を貸さない。誰一人として、助けることはないと思って欲しい。」


 穏やかな微笑みとは対照的な冷たい声音に、村人たちは恐怖を覚え、一瞬でその場が静まり返る。


 条件とはいったいなんなのか。金か、命が、あれほどの奇跡をおこしてもらうのだ、それ相応の対価を要求されるのは当たり前だと人々は思った。


「普段、村を取りまとめている人は誰?」


 ユリウスの問いに、そばにいた男が恐る恐る答える。


「村長がいましたが、病で死んじまいました。」


「なら、誰か代役を引き受けてくれないか。僕は村の事情に疎いから協力して欲しいんだ。」


村人たちはお互い顔を見合わせて戸惑っている。


「俺が引き受ける。」


 そう声を上げたのは、いつのまにか表へと出てきてくれていたジャックだ。


「元冒険者なので、腕っぷしにも多少覚えがあります。身内を助けたい一心で誰かしらが暴挙にでようと俺なら止められるし、村のことなら大体把握してる。俺にできることなら何でも言ってください。」


「助かるよ。それじゃあ、今からいうことをよく聞いて。」


 人々は意を決したような表情でユリウスの言葉に耳を傾けた。



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