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煌星のバルトラ  作者: ハル
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目覚めと旅立ち



《ユリウス!よかった、目を覚ましたか!》


 ぬっとジュノの顔が視界に現れる。また心配をかけてしまったことを察して、ユリウスは少し罰が悪そうな表情を向けた。


「‥‥なんか、最近似たようなことがあった気がするよ。」


《まったくじゃ!何度も何度も心配かけおって!》


 ジュノは怒りを発散するように、ベシベシと肉球でユリウスの顔を繰り返し叩いた。


「心配かけてごめん。でももう平気だよ。むしろ今は、信じられないほど体が軽いんだ。身体中にエネルギーが満ちているようなかんじがする。」


 そう言って、ユリウスはぎゅっと手のひらを握りしめた。大袈裟かもそれないが、今なら何でも成し遂げられそうに感じる。それほどの全能感だった。


「ほとんど枯渇状態にだったはずだけど…枯渇どころか、もともとの上限よりも、増えているような気がするんだ。」


 自分の中の魔素。それを、術式を介することで炎や水、風など様々なものに変換し、体外へと排出することを“魔術”と呼ぶ。


 魔術を展開した際、以前は自身の中の魔素の流れを読み取り、書き記した術式へと手のひらを通して流し入れ、魔術として具現化させる、といった手順を実行していく必要があった。


しかし今は、魔素の流れを感じるというより、自分と自分の中にある魔素が一体となっているように自然と馴染んでいる。


「今までぎゅっと押し込められていた何かが、本来あるべき場所にもどったような気がするよ。…すごくしっくりくる。」


 ユリウスは目を閉じ、自分の内側へと意識を向けた。確かにそこには、流れる川のように絶え間ない魔素の流れがある。


 しかもそれは以前のような単なる“燃料”ではない。自分そのものと溶け合い、脈打ち、呼吸し、生きている。


 試し手を翳し、光をイメージしてみた。


「術式を書かなくても…」


 術式を頭の中で組み立て、イメージし、魔素を手の平に流しこむ。すると次の瞬間、眩い光が溢れ出した。


「ほんとにできた…」


少し驚いたように、ユリウスがぽつりと呟く。


《いよいよ人間離れしてきたな。》


「ひどいな、人を化け物みたいに言わないでくれないか…」


《まぁ、もともと化け物じみてきていたがな。なんにせよ。これでいつでもここから出ていけるというわけだ。》


ユリウスの瞳に、静かな決意が宿る。


「…今すぐ発とう。僕たちが置かれている状況についての情報が少なすぎるからね。派手にやったから、誰が気づいた人もいるかもしれない。」


《味方も敵も、わからぬからな。確かにそれが賢明じゃろう。それに、もう出立の準備は済んでおるしな。》


「うん。ボロボロの状態だとしても、ここを出てどこか安全な場所まではすぐに移動するつもりだったけど、まさかこんな万全な状態で出立できるなんてね。」


 そう話しながら、ユリウスはテキパキと荷物の確認を進める。そして最後に、素朴だが、美しい絵柄が彫られた小箱を手に取った。


「それは…」


「…うん。母さんだよ。」


そう言って愛おしげに小箱に触れた後、収納魔法で異空間にしまった。母が亡くなった後、遺灰を小箱に納めたのだ。


「…さぁ、行こうか。」


 塔の扉を開いて中庭へ出る。あたり一面に生えている薬草や作物はユリウスが魔法を活用しながら試行錯誤を繰り返して育て上げたものだ。ひとつひとつに思い入れがある。


 乾燥させた薬草や食料、すでに煎じた薬など持てるものは収納魔法の中にしまえるだけしまったが、さすがに庭に生えているもの根こそぎもっていくわけにはいかない。


 大切な子どもたちを残していくような、ちょっとした寂しさを感じるが、おそらくユリウスの魔力が充満したこの場所でなら枯れることはないだろう。


 いつかここへ戻ってこれる日がくるだろうか。それまでこの庭は待ってくれるかな。そんなことを考えながら、歩みを進める。


 風が優しく草を揺らし、太陽の光が植物の葉を照らしていた。


 後ろ髪を引かれる思いで、最後に振り返った庭は、どこまでも穏やかで、ユリウスたちを見送るかのように、優しく揺れていた。


 中庭を抜けしばらく進むと正門に辿り着く。ユリウスはその重厚な扉に手をかけた。


 長い間、開かれることのなかった扉が、ゆっくりと軋みながら動き出す。


 蔓草と苔に覆われた縁からは、乾いた葉の香りが舞い上がる。


 わずかに開いたその隙間から、金色の陽光が差し込んでくる。あまりに眩しくて、ユリウスは一瞬目を細めた。


「……行くよ。ジュノ」


 ユリウスは深く息を吸い込み、そのまま一歩踏み出す。


 これはただの扉ではない。


 ユリウスにとっては世界との境界線だった。


 閑散とした森の中に、草を踏む足音が静かに溶けていく。塔の中の匂いとはまるで違う、大地の香りがした。扉のうちと外では、不思議と空気が全く違うように感じる。


 開放感に全身が包まれた。


 雲は柔らかく流れ、風は頬を撫でてゆく。まるで夢の中にいるように、一歩、そしてまた一歩、塔の影を踏み越えた。


 足元の草は太陽の光にきらめき、遠くで小鳥がさえずっている。


 生まれてからずっと、この高い石の壁の向こう側に思いを馳せた。何度も憧れ、何度も夢に見たこの風景は、思っていたよりも遥かに美しい。


 塔の上から恋焦がれた景色の中に、今自分は立っている。


「なんだか、信じられないな。」


 ジュノのしっぽが楽しげに揺れている。


 そして二人は、森の中へと進んで行った。



***



 三つの大国が睨み合う中立地帯にして、かつて世界の叡智が集ったとされる「塔」の眠る地、叡智の森(ミレス=グローヴ)


 そこは常に緊張と謎に包まれた場所だった。だが今日、その空気は明らかに違っていた。


「……静かすぎる」


 先陣を歩いていたクロードが手綱を引いて馬を止めた。長身で均整の取れた体躯、淡い金色の髪は騎士らしく整えられ、彼の肩で、群青のマントが静かに揺れている。


 藍色の鋭い瞳が、森の奥へと鋭く向けられる。


「たしかに、昨日まで魔物の気配がこそかしこにあったのに、今はまったく感じられないな。いや、あるにはあるが、身を潜めているような……」


 すぐ後ろを進んでいたバルドも、警戒するように視線を走らせた。灰黒色の髪を後ろにかきあげ、大振りな大剣を背中に背負っている。


「明らかに様子がおかしいけどよ、不思議と嫌な感じはしなくねーな。」


「あぁ、同感だ。空気が違う。」


 バルドとクロードが話していた横から、小柄な青年が顔を出した。色素の薄いブラウンの髪に、やや吊り気味な瞳。細身の体格に正装の鎧がやや重たげに見える。


「えー、そうっすか?僕、ぜんっぜんわかんないなー!

ていうか、僕たち東方戦線にいたんですよ? しかも延長延長で、半年近くも!!ようやく帰れると思ったら森の異変調査とか……ねえ、もう気づかなかったことにしてもう帰りません?」


フェルレンは心底辛そうな表情をつくりクロードに訴えかける。


「クロード様! もう限界です〜!!」

馬の上で小さく身をよじりながら、フェルレンが涙声で宣った。


クロードは眉をわずかにひそめ、静かに振り返った。その仕草ひとつでも、思わず何でも言うことを聞いてしまいそうになるほどのオーラに、フェルレンはびくりと震えた。


「フェルレン、何度も言っているだろう。“クロード様”はやめてくれ。」


「そ、そこですか……。由緒正しいシャルヴァン公爵家の嫡男にして、自由騎士の称号をもつあなたを、誰が呼び捨てにできるんですか。諦めてください。」


「やけに説明口調だな……」


 呆れたような表情のクロードに、フェルレンは身を乗り出してさらに訴えかける。


「伸びに伸びた遠征がやっと終わって、帰れる!って矢先にこんな魔物だらけの森の調査なんてあんまりです。もう十分がんばりましたよ、僕たち。無理です。ふかふかのベッドで寝たいし、美味しいご飯を食べたいし、お風呂にも入りたいんです!」


「気持ちはわかるが、仕方ないだろう。叡智の森(ミレス=グローヴ)は、四つの大国に跨る重要な場所だ。異変を放置するのは、あまりにもリスクが大きすぎる。」


「うぅ……わかってます。わかってますけど! ひどすぎる!! なんでこんなタイミングで……」


 馬の腹にしがみつきながらめそめそと泣き言をこぼすフェルレンを、隣で聞いていたバルドが大きく息を吐き出した。


「おまえなー、今の泣き言を団長にでも行ってみろ。殺されるぞ。」


「私が何ですって?」


 冷たく凛とした声が背後から響いた瞬間、隊員たちは反射的に背筋を正した。


 フェルレンが恐る恐る振り返ると、そこにいたのは騎士服に身を包んだ長身の女性。紫の長髪を高く結い、鋭い琥珀の眼差しが隊列を厳しく見据えている。


 第二騎士団団長・シルビアだ。


「ひっ! 団長……っ」


「この状況で泣き言とは、いい度胸ね、フェルレン。…訓練が足りなかったかしら…。」


「……!」


 フェルレンの顔がみるみる真っ青に染まった。


「まぁ、フェルレンは帰ってからしごきあげるとして…、クロード、どう思う。」


「あぁ。妙な静けさと、魔物の気配……この森で何かが起こっているのは確かだろう。」


「同感ね。帝都に文を出す。王家の指示を仰ぎましょう。伝令の準備を。」


 シルビアは、したためた帝都への封書を光の鳥(ルーメル)に括り付けた。「頼んだわよ。」シルビアの声に応えるように、光の鳥(ルーメル)は飛び立ち、そのまま光の粒となって空に消えた。



 ──そして三日後。


 張り詰めた森の空気を裂くように、鳥の声が響く。


 「……随分と早いな。」

 クロードが鋭い視線を向け呟いた。光の粒子が集まりやがて鳥の姿を成し、シルビアのもとへ舞い降りた。


 光の鳥(ルーメル)に括り付けられた封書をシルビアが手に取る。


「そ…それで団長、どうなりました?」


 フェルレンがソワソワと落ち着かなさげにうろついている。


「…帰還せよ、とのことだ。」


「やっぱ調査ですよねぇ……って、え。えぇ!?…帰還!?」


 あれほど帰りたがっていたフェルレンですら驚きの声を上げている。文句を言いつつ、帰還命令が下されるとは予想していなかったようだ。


「誰かが横槍を入れできた可能性もある…。俺が残ろうか?」


 クロードの提案に、シルビアは首を振った。


「……確かに、自由騎士のあなたが忠誠を誓うのは王族じゃない。独自の権力のもと動ける存在ではあるけれど。それは看過できないわ。


何があるかわからないこの場所に、しかも長期遠征で装備も食料も心許ない中で、一人残していくなんて。いくらあなたが強いと言ってもダメよ。


それに、帝都にはセリナ様もいらっしゃる。帰還命令にも理由があるかもそれない。命令に従いましょう。」


シルビアの言葉に、クロードは「…わかった。」とだけ答えた。


「いいんですか、団長」

バルドが低く問いかける。


「魔物が溢れ出している。…なんて状況だったら話は別だけれど、命令よ。私たちは従うほかない。…ここから帝都までは、ペースを上げていく!しっかりとついてきなさい!!」


シルビアの号令に、隊は迅速に帝都へ向けて動き出した。




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