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煌星のバルトラ  作者: ハル
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花と欲


 リフノアの大通りは、活気にあふれ、多くの人々が行き交っている。ユリウスは目深に被ったフードの端を指先で整えた。


 多くの露店が軒を連ねるこの場所であれば、何か有益な情報が得られるかもしれない。そう思い、足を運んだのだ。


 大きい通りを囲うように、通りを埋め尽くす、色鮮やかな天幕が風に靡く様は、華やかで美しい。食料、布地、装飾品、趣向品など、あらゆるものが売られている。


 こんな風に賑わう街の光景に憧れたことがあった。文字を覚えてすぐくらいの頃。挿絵もなく、文字から想像を膨らませていただけだけだったが。


 しかしそんな華やかな光景の裏で、奴隷の売買などという非人道的なことが罷り通っているなんて、到底許容できることではない。


 通りのすぐ脇。薄暗い路地には、太い鉄鎖で繋がれた人々が、石畳に這いつくばるように蹲っている。


 彼らを助けるにはどうしたらいいのだろう。ずっと考えてはいるが、中々これという策は思いつかずにいた。


「おにいさん、この街ははじめてかい?」


 不意に横から飛んできた声のほうに顔を向ける。


 声の主は、深い皺を年輪のように刻んだ老婆だった。彼女は天幕の影に深く腰を下ろし、まるで商品の鑑定でもするかのように、こちらをじろりと見つめている。


 店先には、小ぶりながらも肌の張った果実がいくつか並んでいた。種類こそ多くはないが、どれも瑞々しさを保っている。


「えぇ、そうなんです。」


 ユリウスがフードの陰から穏やかに微笑むと、老婆の細められた瞳がわずかに見開かれた。


「……あんた、ずいぶん綺麗な顔してるねえ。旅人っていうより、どこかのお貴族様みたいだ。」


 老婆はため息混じりに言葉を続けた。


「その顔、隠してて正解だよ。そんな綺麗な顔で、フラフラ歩いてたら、“買ってくれ”って言ってるようなもんさ。リフノアではね、“色”も盛んなんだ。」


「色……?」


「体を売る仕事さ。男も女も関係ないよ。ほら、あそこの路地見てごらん。」


 老婆があごで示した先の路地に目を向けると、旅人風の男に甘えるようにしなだれる女の姿が見えた。煌びやかな装飾がうごくたびに光を反射していた。


 シャンディラの着ている異国情緒のある服と趣は少し似ているように感じるが、肌の露出がかなり多い。


「あれ目当てで来る客も多いんだ。店も多いしね。店で買う分にはいいが、中には見境のない連中もいる。綺麗な子が攫われて、無理やり……なんてことも、この辺じゃあ珍しくない。あんたも気をつけた方がいい。」


「取り締まる人間はいないんですか?」


「一応、領主直属の警備隊はいるよ。でも怠け者ばかりでね。目の前で揉め事が起きなきゃ、見て見ぬふりさ。」


 老婆は肩をすくめると、少しだけ声を落とした。


「でもね、昔よりはずっとマシになったんだ。“ガルーナ商会”は知ってるかい?」


「ガルーナ…?」


「そう。ここ数年で急激に力をつけてきた商会でね。そいつらが、ここら一体の自警団的な役割も担ってくれてるんだ。腕も立つし、商売の手腕もかなりのものらしい。」


「……市民の味方、というわけですか。会ってみたいな」


「それが、拠点があるのかもわからないらしい。商会だってのに不思議な話だろ?

でも、あたしたち市民にとっては、本当に頼れる存在さ。騒ぎが起きるとどこからともなく現れて助けてくれるんだ。」


「でもそんな神出鬼没な人たちが、ガルーナ商会の人間だってことはどうやってわかるんですか?」


「体のどこかしらに花の刺青がある。それが目印だよ。」


 その時。

 大気を震わせるほど熱狂的な歓声が、街の奥から響いてきた。市場の活気とは質の違う、殺気立った熱が押し寄せてくる。


「ああ、始まったみたいだね」


「あれは…?」


闘技場(コロッセオ)だよ。見えるだろ?」


 老婆が指差した先。市場の喧騒を見下ろすように聳え立つ、巨大な円型の建造物が目に入る。


「あれを見るために、世界中から人が集まる。奴隷売買や色街と並ぶ、この街の巨大産業さ。」


「へぇ…。世界中から集まるなんて、すごい人気なんですね。」


「ふふっ…そりゃそうさ。優勝者は、なんでも望みが叶うんだからね。」


「……なんでも?」


老婆は、欠けた歯を見せてニヤリと笑った。


「金、地位、自由、名誉。領主様が、書面で保証してくれるらしい。だがね……願いが大きけりゃ、代償もでかい。自分の命を賭けるのは当然、家族や友人まで担保に差し出す馬鹿もいる。勝てば天国、負ければ地獄……。奴隷から貴族まで、すべてを失った奴が最後に縋るクモの糸。」


「…………」


 ユリウスは無言で、その巨大な影を見つめた。


「いろいろ教えてくれて、ありがとうございました。お礼に、この林檎を三つ。それと、他におすすめの果物があればいくつか詰めていただけますか?」


「へい、まいどあり。またいつでもおいで。」


 料金と引き換えに、ずっしりと重い袋を受け取ると、ユリウスは静かに会釈をして、その場を後にした。


 しばらく歩いていくと、肩から下げていたカバンがモゾモゾと動く。


 《コロッセオってなんじゃ》


 今までカバンの中で大人しくしていたジュノがカバンから顔を出した。ユリウスは丈の長い外套をきているため、おそらく周りからは見えないだろう。


「剣闘士や猛獣なんかが戦う場所…いわゆる娯楽施設だよ。」


 ジュノは「ふぅん」と、わかったようなわからないような声を出し、丸い体を小さく揺らした。


《人間というのは、やはりよくわからん。……しかし、「なんでも願いが叶う」というのは面白いのぉ。レッドワイバーンの肉を山盛り……いや、ベアーウルフのローストも捨てがたい……》


 先ほどまでの神妙な顔はどこへやら、ジュノは真剣な面持ちでよだれを拭い、好物のリストを並べ始めた。


「本当に食いしん坊だなぁ、ジュノは」


 ユリウスは思わず苦笑したが、その言葉を頭の中で反芻した瞬間、ハッとする。


「……なんでも願いが叶う………いや、なるほど、逆も然りか。案外いけるかもしれないな」


《む? ユーリ、何か思いついたのか?》


 鼻先から涎を垂らしそうな、惚けた表情のままジュノがこちらを振り返る。


「少し強引にはなるけどね。……さて、領主のことをしらべようか。」


 道筋が見えたのと、ほんの少しの好奇心から、ユリウスは笑みを浮かべたのだった。


 


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