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煌星のバルトラ  作者: ハル
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狂気



「クロード様…兄が不躾な物言いをしてしまい、申し訳ございませんでした。先ほどのイオルさん、でしたか。大丈夫でしょうか…?」


 再び中庭へ戻ると、ルネが申し訳なさそうな表情を浮かべこちらに駆け寄ってきた。


「いや、気にしないでくれ。元はと言えば、我が国所属の者が起こした騒ぎだ。こちらこそ申し訳ない。」


「いえ、そんな…あっ、それはそうと実は今少しわかったことがあって。」


「わかったこと?」


 ルネは頷くと、懐から小さな魔道具を取り出した。魔素測定器を少々横長にしたような形状で、中心に透明な板のような物が嵌め込まれている。


 ルネはそれを花壇の近くで起動させた。青白い光が周囲を走り、カチカチと音を鳴らしながら、板の部分に数値が刻まれていく。


「これは、環境測定機と言いまして、…まぁ、その名の通り、その土地の環境調査に役立つ魔道具なんです。こうやって調べたい土壌のそばで起動させると、状態を数値を出せるんです。」


 ルネが話している間に、音が鳴り止み、刻まれていた数値も止まった。


「……あのー、ルネさん。そんなキラキラした目で“ね?すごいでしょ”みたいに見つめられても、俺らなんもわからないんですけど」


 そばで眺めていたフェルレンが申し訳なさげに言うと、ハッとした表情を浮かべ、「ご、ごめんなさい。」と頬を染めつつ、ルネはすでに数値が刻まれてあるいくつかの測定器を横一列に並べた。


「……この測定器で一定区画ごとに調べてみたのですが、土の水分量、空気の湿度、温度まで、このようにまったく異なったのです。


つまり、区画ごとに、人為的に環境が制御されているということ。


詳しいことはもう少し調べる必要がありますが、……もし、この技術を、魔術の仕組みを解明できたのなら、土地が痩せ、作物が育てられず、飢餓に苦しむ人々を救うことも可能になるかもしれない、すばらしい技術です。」


「……」

 ルネの言葉を聞き、周囲に沈黙が落ちた。


 もしそんなことが可能ならば、その価値は計り知れない。


 カイラスは顎に手を当て、彼に似合わずどこか深刻な表情を浮かべていた。


 彼の故郷であるルクシオン王国は、大陸の中では最も多く雪原地帯を有している。その寒さから、年間を通して作物を育てられる期間も短い。それ故に保存食などの技術が発達しているが、食糧難は大きな問題の一つだった。


「……すばらしいな。寒い冬に、空腹でひもじい思いをする者たちを一人でも減らすことができる。」


 しばらくした後、カイラスは独り言の様に呟いた。その表情には、並々ならぬ想いが乗せられているように見える。


「……ん?」


 その時、クロードの視界に妙なものが写った。中庭の片隅に、奇妙な人形が立っていたのだ。


 木で作られたその身体は異様に細長く、頭部は不自然なほど大きい。左右非対称のボタンの目がこちらを見つめており、乾いた草花が胴に巻きつけられている。腰から垂れたぼろ布は風に揺られ、カサカサと小さな音を立てて踊っている。


「妙な視線を感じると思えば……なんだ、あれは。」


 クロードが目を細めると、周囲の面々もなにごとかと人形に視線を移す。


「なんですか、あのぶさ…」

「かわいい。」


 フェルレンが言いかけたところで、ルネがぽっと頬を染めながら呟いた。フェルレンがぎょっとした顔を浮かべ「えっ?」と信じられないものを見る瞳でルネを見ている。


「……どうやらこれは魔道具のようです。」

 いつの間にか人形のそばに寄っていたレメレイが呟いた。


「術式が刻まれていますね。」

 それを聞いたルネが慌てて人形の元へ向かう。


「……これって、もしかして、古代術式?」

「えぇ、そのようです。」


「古代術式とは?」

 カイラスが首を傾げる。


「今ある術式は、すべてこの古代術式に起因するといわれています。しかし、文献も少なく、術式も難解を極め、そのほとんどが解明されていません。」


 ルネの声は震えていた。その震えは恐怖からではないのだろう。未知の知識を前にした、陶酔にも似たおそらく畏怖の類であると見て取れる。


「それほどの魔術を使いこなす人物が、その場所の主人だって言うなら、他にも色々とでてきそうですね。」

 そう言ってフェルレンが塔を見上げた。


「そうだな。今はひとまず先に進もう。その人物の痕跡が、あの塔の中に他にもあるかもしれない。ルネ嬢と、レメレイ殿は…」


「私たちは、この場所の記録が終わり次第合流いたします。なにかあればすぐ呼んでください。」


「承知した。ならば護衛に何人か置いていこう。」






***





 中庭を抜けた先には、正面玄関と思わしき扉があった。

 一通り確認したが、罠の類は見当たらない。

 周囲を警戒しながら、クロードは静かに扉へ手をかけた。




「……なんなんだ、これは」




 扉を開けた先に広がる光景を視界に収めた瞬間、クロードは思わず息を呑んだ。


いや、動きを止めたのはクロードだけではない。


 カイラス、フェルレン、そして後方に控えていた騎士たちまでもが、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。それほどまでに、目の前の光景は異様だった。


 天井は高く、どこか神殿を思わせる造りをしている。

奥の壁沿いからは複数の階段が伸び、正面には幅広で緩やかな大階段が据えられていた。白と青を基調とした美しい空間だ。


 しかし――


 その空間に足を踏み入れた直後、真っ先に視界に飛び込んできたのは、魔術式だった。


 床に、壁に、柱に。

 目につくあらゆる場所に、魔術式が書き殴られている。


 何者かの思考の渦の中へ突如放り込まれたような感覚に陥った。


「……狂気すら感じるな」


 カイラスが、口角をわずかに上げて呟いた。

それは強者と対峙した時に見せる彼の笑みとよく似ていたが、そこには確かな畏怖が滲んでいる。


「フェルレン、レメレイ殿たちを呼んできてくれ」


「……っあ、す、すぐ呼んできます!」


 未だ圧倒され、言葉を失っていたフェルレンにクロードが声をかける。フェルレンははっとしたように頷くと、慌てた足取りで正面玄関へと駆け出していった。





***





 その後程なくして、レメレイたちを引き連れて、フェルレンが戻ってきた。


 魔術式を目にした二人は目を見開き、硬直している。


 後に続く騎士は「なんだこれ!?」「ま、魔術式…?」と狼狽えて声を上げている。


「レメレイ殿、ルネ嬢、この術式は一体…」


 二人に問いかけようとしたカイラスがぎょっとした表情を浮かべ、言葉を止めた。


 何事かとクロードが視線を二人に向けると、二人は涙を流していた。


「えっ、ど、どうしたんですか!?」


 フェルレンの声は、二人の耳には届いていない。


 よく見ると、公国の他の魔術師たちも、床と壁を覆う魔術式に魅せられ、立つことすらままならない者までおり、誰一人として、動くことができずにいる様子だった。




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