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煌星のバルトラ  作者: ハル
34/35

理の庭

 

 

 その後、野営地で体制を整えたクロードたちは、半数の部隊を率い、再び塔を目指していた。


 野営地に残した者たちには、明朝までに連絡がなければ、異常があったと判断し、一時撤退のうえ状況を上層へ報告するよう伝えている。


 これから向かう先では、何が起きてもおかしくはない。中に入れば、通信も途絶える可能性がある。


 先ほどまで空の下にその威容を覗かせていた塔は、今は高く厚い外壁に隠れ、姿を隠していた。


 しばらく進んでいくと、木々が途切れ、少し開けた場所の先に、重厚な二枚扉が見えてきた。


 クロードが扉に単身で近づき、罠の類がないか確認していく。下方に視線を向けると、片側の扉の前に落ちている小枝や葉が掃けられているように見えた。


「出入りしたような形跡があるな。」

 いつのまにかクロードの隣に来ていたカイラスもそれに気づいたようだ。


「あぁ。出ていったのか、まだ中に何者かがいるのか。…探知魔法の反応は?」


「なんの反応もありません」

 探知魔法を担っていた魔術師の一人がそう言って首を振る。


「わかった。……皆、少し下がっていてくれ」

 その言葉を聞いた他の面々が、扉から距離を取ったことを確認し、クロードとカイラスの二人は、左右の扉の取手にそれぞれ手をかけた。


「いくぞ」


 短い合図の後、二人の力で扉がゆっくりと開かれる。

ーーギギと軋むような乾いた音が響いた。


 扉が開かれた直後、その先から澄み渡った清涼な空気が流れ込む。


「これは…」


 開いた扉の先に見えた光景はまったく予想だにしていないものだった。


 色とりどりの植物が規則正しく咲き誇り、陽の光が穏やかに降り注いでいる。その光景は、まるで一枚の美しい絵画のようだ。


 中庭を超えた先には、荘厳な円柱状の塔がそびえ立ち、最上部は見上げる首が痛むほどの高さがある。窓に嵌め込まれた色硝子は日の光を反射し、淡い鮮やかな色を庭全体に落としている。


「すげぇ…」


「一体なんなんだ、ここは…」


 緊張に満ちていた騎士たちの表情が、驚愕と畏れに塗り替えられていく。


「……ありえないわ…こんなの……」


 そんな中、ルネが呟いた。指先はわずかに震え、視線は咲き乱れる植物に釘付けになっている。


「ほんと、あり得ない光景ですよね。あの魔物で溢れかえっていた叡智の森(ミレス=グローヴ)の最深部に、こんな場所が存在していたなんて…」


「ちがいます!!」

フェルレンが賛同するように口を開いたところで、思いがけない否定の言葉がルネからとんできた。


「えっ!?」


「あ、いえ、すみません。たしかにそうなんですが、そうではなく…!ここにあるのは……普通の植物じゃないんです!」


 普段の知的で落ち着きのある雰囲気からは想像ができないほど、ルネは取り乱しており、要領を得ない。息を詰め、植物に次々と視線を走らせている。


「普通じゃないとは?」

 クロードが問いかけると、ルネは視線を植物から話すことなく答えた。


「どれも極めて希少なものばかりです!いいえ、それどころか、絶滅したとされる種まで……信じられない!」


 興奮を抑えきれない様子で口元に手を当て、近づくことすらためらうように立ち尽くしている。


「絶滅種って……まじですか」

 フェルレンは驚きを通り越して引き気味の表情で足元の草花を見つめた。


「それが事実ならば、この中庭の存在だけでも調査に来た価値は十分にあったと言えるな。……たしかルネ嬢は、植物について博識だと聞いた。ひとまず、この庭の調査と記録を頼めるか。」


「ええ、もちろんです。この場所は……国の宝、いいえ。それどころか、世界の宝になり得ます。」


 ルネは懐から手帳を取り出すと、夢中で記録を走らせ始めた。やはり兄妹だ、一心不乱に書き留める様は、兄であるレメレイと重なって見える。


 その時、騎士の一人が花壇の前で立ち止まり、慌てて声を上げた。


「お、おい! この花……ルナフィアじゃないか!?」


「ルナフィアって……貴族でも滅多に手が出せないほどの高値がつく、あの!?」


「あぁ、親父が商人だから見たことがあるんだ。間違いない!」


「これ一輪だけでもしばらく遊んで暮らせるぞ……」


 生唾を飲み込む騎士たち。欲望に心を奪われたのか、そのうち一人が、無意識に手を伸ばした。


「不用意に触れるな!!」

 それに気づいたクロードが声を上げたが間に合わず、騎士の指先が花に触れる。するとその直後ーー


「……っ!?」


 騎士の体が突然ふわりと浮き上がった。クロードが咄嗟に掴もうと手を伸ばすが、あと少しのところで届かず、空を切る。


「うわああああっ!!!」


 騎士は必死に地面を掴もうと手足を動かすが、抵抗できぬまま空中を漂ったかと思うと、次の瞬間には凄まじい力で扉の方向へと弾き飛ばされていった。


 そしてそのまま扉から敷地外へと放り出される。地面に叩きつけられると覚悟した騎士だったが、不思議と衝撃はなく、飛ばされた騎士たちは呆然と辺りを見回していた。


「イオル!無事か!!」


 扉の外側で尻餅をついている騎士、イオルに向かって、クロードが呼びかける。イオルは帝国所属の騎士だった。


「は、はい!申し訳ありません!!」

 返事を返しはしたものの、状況が理解できていない様子で、キョロキョロと辺りを見回している。幸い負傷しているものもおらず、ただ外へと追いやられただけのようだ。


「無事なようで何よりだが、一体なんだというのだ。花に触れた直後に飛ばされていったようだが…。殺気の類は感じなかった。周囲に我々以外の気配もないぞ。」


 カイラスが周囲を探るように目を走らせる。フェルレンと公国の魔術師たちも、常時探知魔法を継続しているが、なんの異常も検出されていないようだった。


 イオルは立ち上がり、再びクロードたちの元へ戻ってこようとするものの、見えない壁のようなものに阻まれ、塔の敷地を踏めずにいる。


 一連の騒ぎの傍らで、レメレイは溢れ出そうになる何かを押さえ込むように口元に手を当てていた。長髪の隙間から覗く瞳は、明らかに血走っている。


「レ、レメレイ様…?」

 そんなレメレイの異常に気づいたフェルレンがギョッとした表情をしつつ、恐る恐る様子を伺うように声をかけた。


 フェルレンの呼びかけで、ハッと我に返ったようにレメレイは咳払いを一つすると、「何か?」と何事もなかったかのように微笑んで見せた。


「先ほどざっと確認した限りでは、いわゆる一般的な防御魔術の類は見当たりませんでした。しかし、今の反応は明らかに魔術を要するもの。ここで焦点を当てるべきはその“発動条件”です」


 レメレイは庭へ一歩進み、花を視線で追った。軽く膝を折り、花の位置や周囲の配置を確かめている。


「通常の防御魔術なら、接触する前に対象を弾くはずです。つまり、壁のように『近づかせない』挙動を示す。だが今回のケースは、対象が“触れた直後”に作用している。


つまり、接触を検出するか、あるいは行為の意図を識別してから排斥している可能性が高いということです。さらに重要なのは、一度排除された者の侵入を防いでいるということ。」


 未だ塔の敷地に入らずにいるイオルを一瞥した後、再び花へと視線を戻したレメレイは、直後、何の迷いもなく花に触れた。


「兄さん!!」ルネが慌てて声を上げる。周囲の者たちも、レメレイがさきほどの騎士と同じ運命を辿るのではないかと身構えた。


 周囲の反応をよそに、レメレイは「問題ないようです」と笑みを浮かべている。表情こそ変わらないが、その声色には、熱っぽい高揚感を含んでいた。


「彼とまったく同じように花に触れたが何も起きない。つまり、接触をトリガーとしている可能性は消えました。やはり意図を読み取っているのか…花を手折ろうとしたこと、もしくは“盗み”のような、何か罪に該当する行為……


現時点で確かなことはわかりませんが、どちらにせよ、恐ろしく緻密な魔術です。術式は一体どこに記述されているのでしょう。こんな素晴らしい魔術、一刻も早くその仕組みを紐解かねば…!」


「盗み…」

 一方、レメレイの発言を聞いて、イオルは顔を青くしていた。無意識的に手を伸ばしてしまっていたように見えたが、自身の行いを振り返り、ショックを受けているようだ。


「すまないが、少し離れる。中庭の調査を続けてくれ。」 ルネたちにそう一言残し、クロードは立ち尽くすイオルの元へ向かった。


「イオル」


「クロード様…も、申し訳ございません。わ、わたしは…決して盗みなどするつもりはなく…っ!」


 イオル、彼は平民出身の騎士だ。クロードも、先の遠征で一緒だったこともあり、親しいまではいかないが、以前、彼についての話を小耳に挟んだことがある。


 病気の母を抱え、下に兄妹たちが3人おり、彼の収入で一家を支えている。それを聞いた時は、立派だとひどく感心したのを覚えている。


 イオルはまだ若い。しかも平民の出自にも関わらず、帝国代表としてこの調査隊に選ばれているのは、それほど彼が必死で鍛錬を続けてきた証に他ならない。


「“騎士”とは、無意識の行いすらも律せねばならない。」

 イオルはハッとしたよつな表情を浮かべ、ぐっと下唇を噛んだ。


「俺の師から常々言われていた言葉だ。当時は、無意識を律するなど、どうしろというんだと反発した事もあった。しかしそれは、“己の心を見失わぬ”ということだと、今は思う。


心がどこを向いているのかを見失えば、人は簡単に道を誤ることがある。逆にそこがブレなければ、無意識の行動すらその軸に従っていく。


イオル。君の剣には確かな軸があるはず。それを見失うな。」


 しばし沈黙ののち、イオルは深く息を吐き、顔を上げた。


「……はい」

 その瞳に宿る光を見て、クロードは頷いた。


「野営地へ戻れ。ここは我々が調べる」

 イオルは一礼し、静かにその場を離れた。



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