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煌星のバルトラ  作者: ハル
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調査団の結成



 騎士団の帰還から数日後、叡智の森(ミレス=グローヴ)で起こった異変について、ルクシオン聖王国、オルドラ魔導公国、そしてヴァルカディア帝国の代表者が集い、話し合いの場を設けることとなった。


 帝国内では、その代表を誰にするかを巡って一時混乱が生じた。


政務を放棄した王はもとより、享楽的で野心だけが先走る第一皇子に任せるには、あまりにも荷が重い。


第一皇子派の一部の貴族たちから反発の声が上がったものの、レイヴェルト家とシャルヴァン家の後押しによって中立派の貴族たちが動き、最終的にセリナが代表として選出されたのだった。


 帝国の名を背負う者として名を連ねるのは、セリナとその側近シリル、そして調査のため既に現地へ向かっているクロードの代役として、シャルヴァン家の次男イザーク…シャルヴァン。


「第一皇女殿下、ご無沙汰しております。」


 イザークがセリナに向かって恭しく頭を下げる。


 整った顔立ちはクロードに似ているが、鋭利な気配を纏う兄に対し、イザークは幾分か柔らかな雰囲気のある男だった。


「イザーク殿、久しいな。」


 セリナは笑みを浮かべて彼の挨拶に応じる。


「領地運営も順調と聞いている。その若さですでに頭角を表しているとか。貴族たちが噂していたぞ。」


「いえ、兄や父に比べれば、わたしなどまだまだです」


 イザークはそう言って、わずかに目を伏せて笑った。


「皇女殿下、そろそろ」


 傍に控えていたシリルに促され、セリナは小さく頷いた。


「時間のようだ。行こう」


イザークもまた無言で頷き、セリナたちの後に続いた。



***



 第一皇女宮は、他の王族たちの宮殿と比べ、華やかさはない。しかし、調度品は落ち着いた色合いでまとめられており、実用性を重視しつつも、そのどれもが上質な素材で仕立てられている。


 その一角、来客用の応接室にて今回の会議は行われる。部屋に入ると、長机の上に通信魔鏡が置かれていた。


銀縁の鏡面は、今はセリナ自身の姿だけを映しているが、魔素を流せば遠方の相手と視覚・聴覚を通じた会話が可能となる。


「これが噂に聞く通信魔鏡ですか。なんでも大陸にたった三つしか現存しないとか。遠くにいる相手と、顔を見ながら会話できるなんて、なんだか信じられませんね。」


 イザークは興味深そうに魔道具を覗き込んでいる。


「えぇ。オルドラ公国の鬼才、ゼフィル・ハーグレンはご存知ですか?これは、彼の作品だそうです。

通信魔鏡……今は国が作成を禁じています。もっとも、高い技術が必要なので作れる人間は限られていますが。」


「離れた場所から、即座に正確な情報をやり取りできるとなると、軍事に転用されれば、作戦・指揮・諜報・奇襲あらゆる局面で優位を得られる。国が作成を禁じたというのも頷けますね。」


イザークが顎に手を添えてつぶやいた。


「持ち出しも使用も、外交上の例外的措置でしか許されない。今回がその例外というわけだな。……法整備が整い、いずれ実用化できればよいものだが。」


 二人のやりとりを見ていたセリナはそう言って、一度深く息を吐き、椅子に静かに腰を下ろした。そして目の前の通信魔鏡に目を向ける。


 会話に加わることのないシリルとイザークは、魔鏡に写らない位置に控えている。目を向けると、二人とも静かに頷き、セリナもそれに応えるように、小さく頷いた。


「……繋いでくれ」


 シリルが一歩前に出て、魔鏡に指先を添える。淡い光が波紋のように流れ、鏡面がわずかに揺れた。


 ほどなくして、会議室に設置された二つの投映用魔道具のひとつが何かを映し出す。


 まず姿を現したのは、深い皺が刻まれた精悍な顔立ちの、右目に走る大きな傷跡のある男。男の背後には「七翼と剣」が描かれた、ルクシオン聖王国の国章が見える。


 男は腕を組み、微動だにしない。その視線に一切の揺らぎはなく、その場の空気が一瞬で張り詰めるのを、セリナは肌で感じた。


 続いて、もうひとつの魔道具が光を帯び、翡翠色の長髪を持つ男の姿が浮かび上がる。


金縁の片眼鏡、銀の美しい刺繍を施されたローブを羽織り、柔和な笑みを湛えているが、その表情からは底が読めない。


「……この度は、急な召集に応じてくださったこと、感謝申し上げる。事態が切迫しているため、諸々の形式は省かせていただき、さっそく本題に入らせていただきたい。」


 イザークが小さく感嘆の息を漏らした。


「……行ける伝説、騎士王ディシャール・ルクシオン。噂に違わぬ威容だ。もう一人は…」


その声に、シリルが続いた。


「もう一人の方は、レメレイ・エスカディエ。ベルノア魔導アカデミーの学院長です。公王は外交にあまり出られない方ですので、次に位の高い魔術師たちが内政や外交にあたることが多いそうですよ。

…まぁ、公国自体が外交の場に出てくることはあまりないので、私自身、彼を目にするのはこれで二度目ですが」


 セリナはそのやり取りに耳を傾けながら、改めて目の前の二人の姿を見つめた。


 目の前の二人に比べれば、自分など赤子の様なものだ。いける伝説とまで謳われる賢王に、大陸の魔道を牽引するアカデミーのトップ。


いくつもの逸話をセリナ自身も耳にしてきた。


この二人を相手にうまく立ち回れるのか。いや、不安だなどと弱気なことを言っている暇などない。


帝国の代表として、私はこの場にいる。弱みを見せれば、付け入られる。政治とはそう言う世界だ。


セリナは覚悟を固め、真正面から二人の視線を受け止め、口を開いた。


「……異変が確認された地点は、我が帝国領内――叡智の森(ミレス=グローヴ)


 その名を口にした瞬間、ディシャールとレメレイの表情に緊張の色がはしる。


「東方の討伐任務から帰還途中だった第二騎士団の部隊が、森の異変を感知しました。その内容は……魔物の“気配の消失”です」


「……消失だと?」


 眉間の皺を深めたディシャールに、セリナは頷いた。


「はい。森の外縁部から探知魔法を用いて確認したところ、魔物の気配が感じられず、探知魔法を使用するも、魔物の存在は確認できませんでした。……そして、これは感覚的な部分になりますが、漂う魔素の雰囲気が、以前とはまるで異なっていたそうです」


 レメレイが片眼鏡を押し上げながら問いかける。


「異なっていたとは?」


「ここ数十年、森の魔素の淀みが強くなっていたことはご存知かと思いますが、その禍々しさが消え、清らかなものに変化していたと、聞いております」


「ほぉ。」


「それも、局地的なものではなく、広範囲に及ぶものです。彼らが確認できたのは表層部の一部に限ったことですが…」


「自然災害による魔素の変異は、確かに過去にも例があります。しかし、叡智の森ほどの魔素溜まりとあの広大な範囲諸共となると……過去に例のない事象ということは間違いないでしょう」


 レメレイの発言を受け、ディシャールが腕を組み直す。


「あの森の中心は古くから不可侵とされてきた。八十年前だったか……魔物の増加により共同監視区域となり、定期的な魔物の討伐は行ってきたが、その間、中心部へたどり着いた者はいない。魔物がいないというのが事実ならば、あの森の調査を進める絶好の機会とも言えるが。」


「……ええ。そこで提案があります。三国共同の調査団を編成し、森の中心へ向かうのです」


 その提案に、二人は動きを止める。やはり二つ返事で承諾は得られないだろう。そう考えていたが、その後二人から返って来た反応はセリナが予想だにしていないものだった。


「……なるほど、未曽有の試みだが、悪くはないな」


「面白い発想です。本質を見極めるためならば、国境も立場も些細な問題。我が国は喜んで協力いたしますよ」


 セリナは少し面食らいながらも、深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」


「帝国第一皇女セリナよ。惚けた顔をしておるな。あっさりと提案が通ったことが疑問か?」


 ディシャールがどこかおかしそうにセリナを見ている。


「え…えぇ。まさか即答していただけるとは思っておらず。」


「他の王族であったなら、こうはならなかったであろう。公国の意図は知らぬが、我はお主の功績を、大いに評価しておる。」


「功…績……?」


 セリナが戸惑いをにじませた声で問い返すと、ディシャールはわずかに顎を引いて微笑んだ。その表情には、侮蔑も皮肉もない。


「傀儡となった皇帝の代わりに政務を執り、享楽に溺れた第一皇子による失策の痕跡を各地から消し、帝都を、いや帝国そのものを破綻させずに保ってきたのは……他でもない、お主あってこそのものだ。」


「……」


「我が王国にとっても、帝国が内部崩壊せぬことは重要な課題よ。難民が国境を越えて押し寄せれば、我らとて大きな打撃を受ける。」


 ディシャールの声音がわずかに低くなる。


「だからこそ、我は願っておるのだ。

――次の玉座には、そなたが座るべきだとな。」


「……!」


セリナの目が見開かれる。


「私は……そんな……。ただ、帝国が崩れぬよう――」


「そう思って動ける者こそが、玉座に立つ資格を持つ。

血筋も、名声も、力も、無能なものが持てば毒にすぎん。第一皇女よ。お主には民を思う心と、民を導く器がある。」


 セリナは視線を落とし、握った拳を静かに胸元へと添えた。言葉にならない想いが、喉元で熱を持って渦巻く。


「……わたしはセリナ・フォン・ヴァルカディア第一皇女を支持する。この言葉、正式な宣言として記して構わぬ。」


 賢王と名高いルクシオン国王が、ここまで踏み込んでくれるとは思わなかった。


他国の内政へ踏み込むというのは、もはや友好の域を越え、一国の命運すら揺るがしかねない事柄だ。


それがどれほどの覚悟を伴う言葉であるか、セリナには痛いほどわかる。


 だからこそ、胸の奥が熱くなった。


 必死に走り続けてきた道が誤りではなかったと肯定されたようで、目頭が熱を帯びる。


同時に、その覚悟に必ず応えねばならぬ――そんな思いが、確かな烈火となって胸に灯った。


「……ルクシオン国王、ありがとうございます。貴殿の御心、確かに受け取りました。

今はまだ明言できぬこと、どうかご容赦ください。しかし、これだけはお約束します。

どのような道を選ぶことになろうとも――

民を守り、この国のため、そして大陸の平和のためにこの命尽きるまで、尽力することを。」


 セリナの瞳を、ディシャールの鋭い眼光が静かに射抜く。こちらの真意を探るように、彼はしばしセリナを見つめ続けた。


そしてしばらくすると、何かを確信したようにふっと視線を外し、厳しさを緩め、口元に満足げな笑みを刻んだのだった。


「まぁ、わたしは単にあの場所に興味があるだけですがね。」


 レメレイの飄々とした発言にセリナとディシャールの視線が集まる。


 なんとも公国らしい意図だ。公国は魔法や学問に関して、他の国の追随を許さないほど圧倒的な力を誇っている。


歴史上でも、他国への干渉はほとんどなく、あってもそれは魔導が絡んだ場合のみという、特異な国だ。


 セリナは、「感謝します。」と一言そう述べて顔をあげた。


「すでに、我が国からはクロード・シャルヴァン率いる少数精鋭の先遣隊を派遣しております。彼らと合流した後、三国合同の調査隊として、森の中心を目指す。その様な流れで問題ないでしょうか。」


 ディシャールとレメレイは、再び同意を示した。


「……叡智は森に眠り、沈黙の中に息づく」


 レメレイは目を伏せ、感慨深い様子で呟いた。


「我が国に伝わる、先人の言葉です」


 レメレイが笑みを浮かべる。


「そして今、我々はまさに、その沈黙の扉の前に立っている。時代が、動こうとしている。そう感じませんか?」


 静かに空気が震える――確かに、いまこの場が、歴史の分岐点なのかもそれない。セリナはそう感じていた。



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