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煌星のバルトラ  作者: ハル
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奴隷の青年




 奴隷は地下に囚われているらしい。石造りの薄暗い階段を降りていく。


「足元にお気をつけを。」


 奥へ進むにつれ、どんどん空気が重くなり、異様な臭いが漂ってくる。糞尿と血の臭いが入り混じったような臭いだ。


 階段を降りた先には扉が一つあり、監視らしき屈強な男が二人立っていた。


ボラードは懐から鍵を取り出して、扉を開けた。





ーーーその先に広がっていたのは、

ユリウスの想像を容易に超えるほどの地獄だった。





 汚れ切った牢の中に、奴隷たちが押し込められるように入れられている。


 扉が開いた音に反応し、怯えるような表情でたくさんの目がこちらを見つめていた。


 少し奥に進むと、個別の檻に入れられている者もおり、そこには獣人らしき姿が見えた。


「ひとまずこのあたりは、すぐにでもお買い上げいただける商品になっております。獣人やエルフは高級品ですので、こうやって個別で管理しているのです。気性が荒いのも多く、しつけには手を焼くんですがね。」


 たしかに、手前側の大きな牢屋に入れられているのは、ほとんどが人間だった。


「この奥は?」


「奥には状態があまり良くない物や、処分予定の物が置いてあります。病気や、怪我で使い物にならない商品ですが、そのかわり格安でお譲りできる場合もございます。まぁ、あえてそういった趣向を好むお客様もおりますが。」


「処分ね…」


 人を人とも思わない言動に、怒りが込み上げる。牢屋の中にいるのは種族問わず、子どもも多かった。


 売られたのか、強引に捕らえられたのか。彼らの背景にあるものはわからないが、この商人には、心というものはないのだろうか。本当に同じ人間なのだろうか。


「何か?」


「………いや。奥も見てみたい。」


 ユリウスは心を落ち着けようと、肩に乗るジュノをそっと撫でる。


周囲を見まわしながら、一歩、また一歩と牢の奥へと歩みを進める。奥に進むにつれ、その凄惨さは増していった。


 全てに絶望したような、虚ろな目だけが、闇の中でこちらを見つめ返している。


中にはそうすることすらできないのか、はたまた生きる気力すら奪われてしまったのか、微動だにせず虚空を見つめている者もいた。


身体の一部が欠損しているものも多い。そのほとんどが、人為的に奪われたような跡に見える。状態もかなりひどそうだ。まともな処置もされていないのだろう、可能しウジが湧いている者も見える。




 そして──




 ユリウスがふと視線を向けた先、一番奥の格子の外れかけた檻の隅に、彼はいた。


 最初、それが“人”だと認識するのに時間がかかった。だが、目を凝らすと、肩が、かすかに上下している。


 生きている。

 ……それは、まぎれもなく人間だった。


 褐色の肌。だがそれが本来の肌色なのかすら判然としないほどだった。皮膚はムチで打たれた跡や、火傷跡がひどく、泥や垢のようなものがこびりついている。


 負傷しているらしい左目には布が巻かれているが、血が滲み、痛々しく張り付いていた。


 そして右腕と、両足が彼にはなかった。その断面は閉じているが、まるで切れ味の悪い刃物で無理やり切り落とされた様な切り口に見える。


痩せ細り、ほとんどが骨と皮だけの身体は、呼吸一つにも苦痛を伴っているようだった。


 まるで捨てられた廃材のような姿。


 ユリウスがそばによると、かすかに片目が開かれる。


 そして、

 ──その緋色の瞳がユリウスを捉えた。


「……」


「……ああ。まだ生きていたのか。」


ボラードがどこか忌々しげに呟く。


「ゲルガ族という者たちを知っておいでですかな?」


「…たしか、その高い身体能力から戦闘民族として恐れられていたとか。大陸での戦が落ち着いてからは、森林地帯に身を潜め、狩猟や農作を生業としていると聞くが。」


「おぉ、博識ですな。おっしゃる通りです。しかし今はほとんど現存しておらん貴重品。これはその生き残りでして、とあるルートで運良く手に入れることができたのです!


…しかし少々問題がありまして。

腕は立つのですが、かなり気性が荒く。奴隷紋によって自由は効かないはずなのですが、買い手の要求に逆らう、騒ぐ、暴れる。返却、返却の繰り返しで、今やこの有様です。


最後に買われた時はまだ足は残っていたんですがね。いやはや、見事に壊されて返ってきました。」


 ユリウスは地に伏せる男を見つめた。怒りのあまり、握りしめた拳に血が滲む。


「……これも君のいう“商品”なのか?」


 ユリウスはあえて、ボラードに合わせ、“これ”と呼んだが、その声は自分が思っていたよりずっと冷え切っていた。


 そんなユリウスの様子に、まさかこんなものを売りつける気なのかという怒りと受け取ったらしいボラードが慌てて手を振る。


「いやいやいや、まさか!とんでもない!これはもう処分予定でして。」


「なるほど? 驚いたよ。まさかこんな状態の奴隷すら商品と言い張るつもりかと…」


「めっそうもございません!」


「なら、僕が連れていってもなんの問題もないな。」


「…は?」


「違うのか?」


「い、いや、それは…」


「まさかとは思うが…先程自身でこんなものは商品にすらならない。処分予定だといっていたもの今更売りつけようなどはしないだろう?」


 ボラードは口を開けたまま固まり、そして引きつった笑みを浮かべて頭を下げた。


「……ま、参りましたな……ええ、いいでしょう。あなた様のおっしゃる通りで……お引き取りいただいて結構でございます。処分するにも手間がかかりますしな。


……ただし!その後何か問題が起きたとしても、わたくしは一切責任を取りませんぞ!!」


「もちろんだ。」


 彼に価値がないとはけっして思わない。しかし、金銭で買うという行為はできる限りしたくなかった。それをした瞬間に、彼を売り物として扱うことになってしまう気がしたのだ。


 ユリウスは、自身に身体強化と、奴隷の男に軽量化の魔法をかけた後、背におぶった。


 なんで軽いんだろう。とても成人男性とは思えない重量感に、心が痛む。


「君を連れて行くよ。同意も得ずにごめんね。でも、君を傷つけたり、蔑ろにすることはしないと誓うから。」


 ぐったりとしている男に、聞こえているかはわからない。しかし、彼の緋色の瞳がかすかに揺らいだように見えた。


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