騎士団の帰還
その頃帝都は、まるで祭りのような賑わいを見せていた。
騎士団帰還の知らせ聞いた人々が、その姿を一目見ようと中央門から城へと続く中央通りを囲うように押し寄せていたのだ。
「今回の遠征はながかったわね!」
「なんでも、また東方から発生する魔物が増えてたみたいだぞ。帝都の平和は、第二騎士団とクロード様あってこそさ!」
「みろ!噂をすればだ!」
重厚な鉄蹄の音とともに、統制された騎士たちの列が、団長シルビアとクロードを先頭に帝都の門をくぐった。
「シルビア様ー!」
「相変わらずお美しい…」
シルビアは、女性でありながら団長にまで上り詰めた実績と、その凛とした佇まいから男女問わず、人気があった。
そして、その後に続くのクロードだ。一切の隙がない、鋭い空気感に民たちは息をのむ。
「あれが、蒼炎の……」
「やっぱ存在感が違うな。」
そして、バルド、フェルレンが後に続き、他の騎士たちも続々と帝都に足を踏み入れていく。
「よく生きて帰った第二騎士団ッ!!」
「お疲れ様ーー!!」
人々からの労いの言葉に、騎士たちはどこか誇らしげな表情を浮かべていた。
長い遠征からの帰還ということもあり、家族の姿を見た騎士の中には、涙ぐむ者も多かった。
花を手にした子どもが、母親の手に抱かれながら、騎士団に声をかける。
「おかえりなさい!騎士さまー!」
「お兄ちゃん、これあげる!」
小さな手から差し出された花束に、一番近くにいたバルドが馬を止める。
「おう、ありがとな。」
バルドが花を受け取って見せると、子どもたちは嬉しそうに微笑んだ。
「バルドさん、びっくりするくらい花似合わないですね。」
その様子を見ていたフェルレンがからかうと、バルドは「ほっとけ」と言いながらフェルレンを小突いた。
そして隊列はついに王城に辿り着く。
「このあとすぐに、私とクロードは王への謁見がある。バルド、訓練場に向かって荷解きを進めていてくれ。」
「了解、団長。」
シルビアの指示を聞いたバルドは、後ろの騎士たちを引き連れその場を後にする。
一方、シルビアとクロードはまるで戦に挑む前のような表情を浮かべ、玉座の間へと向かったのだった。
***
玉座の間には、王族や有力貴族たちが集まっていた。
両翼に貴族たちが控え、他より一段高い位置に、第一皇女セリナ、第一王子ライハルト、第二皇女リリアナの姿が並ぶ。
そして中央の玉座には、皇帝であるヴェルディスの姿が見えた。しかしその姿はどこか気怠げで、目も虚に見える。
「第二騎士団団長シルビア•エルンスト様。自由騎士、クロード•シャルヴァン様がいらっしゃいました。」
侍従からの知らせが、王座の間に響き、その後大きな二枚扉がゆっくりと開かれる。
先頭に立つのは、シルビア。その後ろには、クロードの姿があった。
二人の足音が、静まり返った空間に鳴り響く。そして、貴族たちのもとまで進んだところで歩みを止め、胸に拳を当ててひざをついた。
「第二騎士団、ただいま帰還いたしました。」
シルビアの凛とした声が響く。
玉座の上、ヴェルディスはうっすらと目を開けるも、シルビアの方へ目を向けることもなく、「……大義であった。」と一言告げた。
それだけを告げると、再び頬杖をつき、まるで自らの役目は終わったと言わんばかりに、目を閉じてしまう。
しばしの沈黙。
誰も言葉を発しない中で、第一皇女セリナが一歩、壇上から進み出る。
「…団長、本当にご苦労だった。そして、第二騎士団の精鋭たちに、帝都の平和を守り抜いてくれたその働き、第一皇女として心から感謝を。」
その声音には、心からの感謝と敬意の念がこめられている。セリナの言葉を受け、シルビアとクロードは深く頭を垂れた。
「有難きお言葉、光栄に存じます。」
「……とはいえ、今回は少々手こずっていたようだな。」
声の主は、第一皇子ライハルト。
呆れを含んだ口調に、場の空気がわずかに揺らぐ。
シルビアは表情を崩さず応じた。
「東方の《死の大地》は範囲が広く、調査には時間を要しました。加えて、魔物の発生件数は近年で最も多く、近隣の村々への警備にも人員を割かざるを得ず――事前に申告した通り、人員不足が深刻な状況だったのです。シャルヴァン候の協力がなければ…どうなっていたことか。」
淡々とした報告。しかし、その瞳の奥には、隠しきれぬ怒りの色が浮かんでいた。
セリナが視線をライハルトに向ける。
「兄上。やはり、次回は第一騎士団の派遣を検討すべきでは――」
その言葉が終わるより早く、ライハルトは露骨に顔を歪めた。
「馬鹿を言うな。第一はこの俺の直属、そしてその大半が貴族の出身だ。あんな泥臭い辺境戦線に送らせてたまるか。なにより、第一はこの帝都の守護という重役を担っているのだ。」
「ですが、エルンスト候のいう通り、そもそもの人員が足りなければ、失わずに済む命が脅かされる事態です。なにも総員派遣すべきと言っているのではありません。」
「人員が足りぬならば、そもそも村の警備などする必要はない。元より税も碌に納めぬ貧民どもではないか。」
広間に、冷気が流れ込むような沈黙が走った。
クロードがゆっくりと視線を動かす。
その先には、額に青筋を立てるシルビアの横顔があった。
「…民を見捨てよとおっしゃるのですか。」
「貧民は民にあらず。せいぜい魔物の盾にするくらいしか使い道もないだろうよ。」
「…!いくら兄上といえども、今の言葉捨て置くことはできません。取り消してください!
死の大地周辺は、作物が育ちにくいという事情を兄上もご存知のはずです。――それに、“移住支援”の計画を金の無駄と切り捨てたのは、兄上ご自身でしょう!」
「当たり前だ。貧民ごときに使える金などあるものか。国庫は無限ではないのだぞ。これだから女は。政治というものを何もわかっていない。」
苛立ちを浮かべるライハルトに、セリナが怒りを抑えながら口を開こうとした、そのときだった。
「――進言いたします。」
低く、鋭い声クロードの声が大広間に響く。
「……なにかな、“自由騎士”殿」
嫌味な皮肉を滲ませるライハルトを一瞥し、クロードは、一歩前へ歩み出た。
「魔物の発生は、今回の遠征によって一定の収束を見せております。現地の駐屯部隊のみで、しばらくは問題なく維持できるでしょう。もちろん早急な対策が必要な事案ではありますが、ひとまずは、目先の問題に目を向けるのが賢明かと。」
セリナはわずかに眉を上げ、続きを促す。
「今回、叡智の森の異変について、この場をお借りして皆様のご意見を伺いたい。このまま放置する…というのはあまりにリスクが大きかと。」
「まて、森の異変だと?」
「…」
初耳だと言わんばかりのセリナの様子に、シルビアとクロードが得心のあった様子で目を合わせた。
聡明な第一皇女の耳に入っていないということは、横槍が入ったと言うことなのだろう。
「その件なら、聞いていますわ。けれど、第二騎士団は長期遠征で体制も万全でいないはず。だから、お父様が帰還するようおっしゃったの。…ですよね?お父様」
微笑みを浮かべ、そう述べたのはリリアナだ。
父王は「ん?あぁ…」と力なく返事を返す。
「リリアナ、どういうことだ!私は聞いていないぞ!」
ライハルトの荒げた声に、リリアナは悲しげな表情で答えた。
「申し訳ございません。お兄様…。お兄様はいずれこの国を背負って立つお方。些事ごときで手を煩わせたくはありませんでしたの…。」
しゅんと項垂れるリリアナは、一見すると純真無垢で可憐な妖精のようだ。様子を見守っていた貴族の中には、そんなリリアナをうっとりと見つめる者もいた。
「…ま、まぁこの兄を思ってのことであるならば仕方ない。次は必ず報告するように。セリナにもこのくらいの潮らしさがあれば可愛げもあるというのに。」
“いずれこの国を背負って立つお方”というフレーズがお気に召したらしいライハルトの機嫌は治ったようだ。
「…どうやら、詳しく聞く必要がありそうだ。」
セリナは内心でため息を押し殺しつつ、再び口を開いた。
「……叡智の森の異変が事実なら、慎重にことを進めなければならない。団長、詳しく聞かせてくれ。」
シルビアが顔を上げ、口を開く。
「畏まりました。東方遠征から帝都へ帰還する際、東方での魔物の活性化による影響が出ていないか、念のための確認を兼ねて、叡智の森に添うルートを進んでおりました。
皆さんもご存知の通り、あそこに住む魔物が森を出てくることは滅多にありません。しかし、そこには常に魔物の気配が感じられた。
索敵能力や魔素の扱いに長けたものであれば、視認できずとも、ある程度の範囲であれば、どこにどの程度の魔物があるか判別も可能です。
しかし、少なくとも我らがあの場に留まっていた間、それがまったく感知できなかったのです。」
「感知できなかっただと?魔物が消えたということか?」
ライハルトがシルビアの報告内容に怪訝そうな表情を向ける。
「わかりません。姿を消したのか、はたまた身を隠しているのか。しかし、一つ言えることは、森を漂う魔素が以前とは明らかに違いました。
以前、森の調査に赴いた際には、中心に向かうにつれ、濃度が濃くなっていき、それに伴い魔物の強さも桁外れに上がっていった。その時の魔素の感覚は、死の大地を漂うものに近い…と個人的には感じました。しかし今は…」
シルビアは、どう表現すべきか考えあぐねた。
「シャルヴァン候はどう思う。」
セリナがクロードに視線を投げかける。
「そうですね。ーー概ね私も同様の考えですが、あえて言葉で表現するのであれば…」
クロードは顎に手を当てて、しばし思案したのち答えた。
「ーー静謐。それも、どこか美しさすら感じるほどに魔素が澄んでいた。」
誰もが息を呑み、静まり返る。
しかしそこでライハルトが声を上げた。
「魔物がいないのであれば、他の国を出し抜くチャンスではないか!森の中心にあという塔、あそこを押さえてしまえれば…」
「ライハルト殿下、恐れながらあそこは王国、帝国、公国の三国間で、聖域…いわゆる共同監視区域とされています。勝手をすれば、他のニ国に付け入る口実をあたえることにしかなりません。」
そう進言したのは、クラヴィス・レイヴェルトだった。
「レイヴェルト候に賛同いたします。強行するとするというのであれば、我が家も王家と事を構えるほかないでしょう。」
クラヴィスに続くクロードの言葉に、ライハルトは忌々し気な視線を向ける。
「貴様ら…っ!その発言、反逆の意志ありとみなすこともできるのだぞ!」
ライハルトのそばに控えている複数の臣下たちが動揺の色を見せている。
「第一王子殿下は何か勘違いをしておられるようだ。」
ライハルトは怒りで顔を真っ赤に染め。「なんだと?」と聞き返した。
「我がシャルヴァン家は代々独立した権利を所有している。私はセリナ殿下の母上であられるレオノーラ様への恩義から自由騎士として王家からの要請を請け負い、協力しております。
しかし、忠誠を誓うのは国そのものであり、王家にあらず。これは我が家の使命。第一王子殿下の発言は、国を崩壊しかねないものです。
…まったく、そばに控えている臣下は何をしているやら。」
「シャルヴァン公、その辺で。…少々言いすぎです。」
隣のシルビアがそっと声をかける。
ライハルトはクロードの発言を受け、怒りで更に顔が真っ赤に染まっていき、ついには腰に下げていた剣に手をかけ暴れ出した。
そんな様子を見た周りの側近たちは慌ててライハルトを抑え、「殿下!」「お気を確かにっ」などとあわあわと押さえつけ、「シャ…シャルヴァン公!いくらなんでも不敬ですぞ!」と非難の声を上げている。
そうして激高し、いまにも暴れだす勢いの王子を引きずるようにし、「王子殿下には休息が必要であるため退席させていただく!」と宣い、部屋を後にした。
「…はぁ。ひとまず、この件は私のほうで早急に対策を講じることとする。…それでよいでしょうか、父上。」
それまでぼーっと頬杖をついていた王にセリナが声をかけると、「許可する」と一言返答し、退席した。
***
その後、クロードとシルビア、そしてクラヴィスが秘密裏にセリナの私室へと招集され今後の対策を練っていた。
「それでは、ひとまず森での異変に関しては早急に他ニ国との話し合いの場を設ける。先んじて魔素探知、索敵能力に長けた者を中心に少数精鋭の編成部隊を組み、すぐに調査に向かわせよう。」
セリナの指示を受け、シルビアが頷く。
「かしこまりました。編成部隊については、早急に準備を進めます。」
「その任、私も部隊に組み込んでいただけないでしょうか。」
「シャルヴァン候…それはありがたい話だが、今回は何があるか正直私でも検討がつかない。貴殿には、領地もあるだろう。」
「領地は弟たちがつつがなく管理してくれているので問題ありません。それに…見当がつかないからこそ私が行くべきだ。へたをすれば国に存亡がかかる事案、シャルヴァン家当主として、傍観していることは選択肢にありません。」
クロードの様子に説得は難しそうだと判断したセリナは、しばし思案した後、頷いた。
「…承知した。貴殿が同行してくれるのであれば、こちらとしても心強い。よろしく頼む。」
「皇女殿下、それではシャルヴァン候を組み込んだ部隊編成を早急に整え、調査に向かわせます。」
そう言って早々に退室しようとしたシルビアとクロードをセリナが呼び止める。
「待て。もうひとつ、伝えるべき事案がある。」
セリナの言葉に、何事かと二人が動きを止め向き直る。
「ここにいるのは、信を置ける数少ない者たちだ…と私は考えている。そしてこのことは、私の側近たちしかまだ知らない。」
「それは、この間の議会で共有がなされた“黒呻病”に関連があるものですかな?
発生源となったフェルト村では一定数の死者は出たらしいものの、現在感染者は0名。周りの都市においても感染拡大は見られずとのことでしたが。…もしや感染者が?」
クラヴィスの表情が険しくなった。
「いや、逆なのだ。」
「逆?」
「実は…」
そう言って、セリナは周辺都市への感染拡大の兆候が見られたこと、そして、フェルト村のジャックという男から伝え聞いた、死の病から民を救った“ユリウス”という少年について話した。
「…にわかには信じられん。年端もいかぬ少年が黒呻病を治癒したなど。」
「私も信じられなかった。しかし、フェルト村の者たちだけならともかく、近隣の町で感染した者たちまで口裏を合わせているとは考えずらい。」
「身元を明かしたがらなかったとのことですが…魔導公国から流れてきたものの可能性は?」
「たしかにその可能性もある。…今はあらゆる可能性を視野に入れつつ、彼を見つけなければならない。すでに私の臣下が調査にあたっているが、相手の力は未知数。目は多いほうがありがたい。可能であれば、秘密裏に保護してほしいのだ。」
「その少年が皆の証言通り“善”であった場合、邪なものに利用されることを防ぎたい…ということですか。」
シルビアの問いかけにセリナが頷く。
「その通りだ。強い力を持つとはいえまだ子ども。保護の必要性も鑑み、一刻も早く見つけ出さなければ。」
「賢者…ユリウスか。森の異変といい、黒呻病といい、随分と同時期に重なったものだ。」
クロードが思案気につぶやいた。




