美しき商人
ユリウスとジュノは小さな町を背にして、次なる目的地へと歩を進めていた。
《ユリウス、お主はほんにお人よしじゃのぉ。わざわざあの村に近い都市すべて回って歩くとは》
ジュノがため息まじりに呟いた。ふさふさの尾がゆるく揺れながらも、どこか呆れた気配が漂っている。
「もし、あの病が広がっていたら、たくさんの命が失われることになる。回って歩いたっていっても、ジャックさんたちの村と交易がたまにあったっていう二箇所だけ。幸い感染がそこまで広がっていなかったから、数人治療するだけで済んでよかった。」
《あやつら、そろいもそろって、まるで神でも見たかのようにユリウスを拝み倒しておったな》
くくくと笑うジュノの声に、ユリウスは肩をすくめる。
「それだけ心細かったってことさ。それにしても、国の王族達はこのことを知っているのかな。手紙を出したって話をジャックから聞いたけど、まさか治療法がわからないんけないだろうし…」
《かなり辺境の村だったからのぅ。色々と対応が遅れているのかもしれんな。それはそうと、今度はどこに向かっておるんじゃ?》
「この辺でいちばん大きな町。母さんの故郷を探すには、あの塔について調べたほうが早いと思うんだ。
今まで立ち寄った場所で少し調べてみたけど、どうやらあの塔は、三つの大国が牽制しあっている、いわば“不可侵領域”……のような状況らしい。
にも関わらず、母さんと自分はあそこに閉じ込められていた。ってことは、どこかの国が勝手にやったのか、それとも三つの国が合意の上で行ったのか。
……後者ならかなり厄介だろうね」
《いずれにせよ情報が必要ということじゃな。なるほど、だから人が多い場所を目指すのか!》
「その通り。人の多いところのほうが、情報も多いだろうし。その街は交易都市らしいから、人の出入りも盛んだ。何か知っている人もいるかも。
……でも少し楽しみだな。大きい町は初めてだ。ジャックたちのいた村もあたたかくて好きだったけど」
そのときだった。前方、坂の上から女の声が響いた。
「だから言ってるでしょ? こっちは急いでるのよ!」
怒気混じりの声だった。ユリウスとジュノは一瞬だけ視線を交わすと、足を速めて坂を駆け上がる。
道の先、街道の中心で、一人の女が複数の男たちに囲まれていた。異国の気配を纏う褐色肌の女──多勢に無勢だというのに、その表情に恐怖心などは浮かんでいないように見える。
「痛い目見たくなかったら、大人しく言うことをきくんだな。さもないと──」
「よってたかって、こんなか弱い女一人をいじめて、恥を知りなさいよ!」
そう言葉を吐き捨てた女がくるりと踵を返し、構えを取った。その様子を見た男たちは顔を見合わせ、嘲るように下卑た笑い声をあげる。
「おいおい! お嬢ちゃん一人でこの人数を相手にしようってのか? ずいぶんと活きがいいじゃねぇ……かはっ!!」
言葉を言い切る前に、男は悶えながら地面に転がった。男の顔面に、女の膝蹴りが直撃したためだ。
そこからの動きは実に鮮やかだった。次々と男たちを倒していくその体術には、洗練された美しさが感じられる。
だが──五人を相手にするには限界があった。一人に足を掴まれ、女はバランスを崩した。
その隙に、もう一人が拳を振り上げる。
「危ない!」
ユリウスは瞬時に魔法を発動させた。空気がぱちりと弾け、男たちの足元が小さく隆起して破裂し、土が舞い上がる。
「なっ──」
「くそっ! 仲間がいやがったのか!」
驚きと混乱に足を止めた男たちを前に、女は再び身を翻した。回し蹴りが一人の顎をとらえる。悲鳴とともに、残る男たちは逃げ去っていった。
「どうやら助けられちゃったみたいね。危ないところを、どうもありがとう」
ユリウスへと視線を向け、礼を述べる女。しかし、ユリウスの姿を視界に入れた直後、その表情が変わる。
「……あんた、何者?」
そんなにも自分の見た目は違和感があるのだろうか。
「旅の薬師……なんだけど、どこか変かな? みんな似たような反応をするんだ」
ユリウスが首をかしげると、女は真っ直ぐにこちらを見つめ返してきた。
「正直、一瞬神の使いか何かかと思ったわ。帝都の妖精姫ですら嫉妬する美しさね。その髪色も珍しいけれど、特にその瞳。
──今までそんな色、見たことがない」
女の言葉に困ったように笑みを浮かべながら、ユリウスは言葉を返す。
「長い間、人里離れた場所にいたから……自分の見た目がどうとか、正直あまり気にしたことがない。まだまだ分からないことも多いけれど──でも、君の蹴り技がとても洗練されていて美しいことはわかったよ。古武術……の類かな。本で読んだことはあったけど、実際に見るのは初めてだ。」
その言葉に、女の目が大きく開いた。
「……その通りよ。私は東方の生まれで、祖父に叩き込まれたの。この辺りでは古武術なんで見かけないでしょう?よく動きを見ただけでわかったわね。……あたし、シャンディラ。商人を生業としているわ。」
そう名乗った女は、高く結い上げた黒髪を後ろに払った。女ーーシャンディラの動きに沿うように、陽光を受けて異国の艶やかな衣装が揺れる。色彩も装飾も、この地のものとは明らかに異なっていた。
「……あぁ、私の見た目が気になるのね? この辺りでは、異国からの移民も珍しくないの。生まれはこっちだけど、東の方の血が混ざってる。商業が盛んな土地ってのもあって、衣類なんかも多種多様。この服も素敵でしょ?商売道具でもあるんだけど、貴方みたいな子どもには目に毒かしら。」
そう言ってシャンディラは、自身の体を見せつけるように胸元に手を置いた。
「なるほど、商売道具か。確かにその衣装すごく素敵だよ。君がきているのを見たら、自分も同じものを欲しいと考える人もいるかも。着るものまで商売に繋がるってことなんだね。」
「まぁ、それもあるけど、綺麗な女商人に対して取る男の行動は大きく分けて二つ。舐めた態度を取って油断するか、下心から甘くなるか。どっちに転がっても、やりやすくなるの。……こうやって出会ったのも何かの縁!あなたたちの名前も教えてよ。」
ユリウスは優しく頷いた。
「ごめん、こちらから名乗るべきだったね。僕はユリウス。こっちはジュノ。今、リフノアに向かってるんだ」
「まぁ、可愛いもふもふちゃんね。……って、今なんて?リフノアですって? あら、何て偶然! 私もそこへ向かっていたところだったの」
にこりと笑って、シャンディラが一歩前に出る。
「……あんたが助けてくれなかったら、今ごろ襲ってきた奴に殺されて見ぐるみ剥がされてたかも。だから──あたしがリフノアまで案内するわ。その後、きちんとお礼もさせてほしい」
ユリウスの瞳が瞬いた。
「案内は嬉しいな。でも、お礼なんて必要ないよ。大した事してないし、君一人でも十分戦えたはずだ。」
「いいえ。流石にあの人数相手ははじめてだったし、あのままだったらタダでは済んでなかったわ。恩を受けたら必ず返す主義なの。ただより高いものはない!っていうしね。それに、あなたたちにも興味が沸いた。
でも──そんなに簡単に信じちゃっていいわけ?
もうちょっと警戒心持たないと、悪い大人に騙されちゃうわよ。」
そう言ったシャンディラは腰に手を当て呆れたようにため息をついた。
「信じちゃいけないの?」
「私が言うのも何だけど、初対面の相手なのにすんなり信用しすぎじゃない?」
「それはそうかもそれないけど、君から悪意のようなものは感じられない。それに、あんなに美しい体術を使いこなす君は、きっと、誠実で実直な人だと思う。だから信じるよ。」
「………ふふっ、あっははは!」
それを聞いたシャンディラは突然笑い声を上げた。「ひーっ!くるしぃ!」とお腹を抑えながらうずくまっている。しばらくして落ち着きを取り戻すと笑いすぎたのか、涙を指先で拭っている。
「商人に向かって、誠実?実直??…っぷ…あはは!
あぁー!もう!!あたし、あんたのこと気ますますに入っちゃった。ありがとね、信じてくれて。さぁ、そうと決まれば気合い入れて、道案内といこうかしら!」
こうして、思いがけず三人の旅が始まったのだった。




