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煌星のバルトラ  作者: ハル
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残された者



 宴の後、村は少しずつ日常に戻りつつあったが、ユリウスの心は沈んでいる。


 村人の中には、手遅れだった人たちもいた。すでに生き絶えている者を救う術はない。仕方のないことだとわかってはいるが、やはり救えなかったという現実が胸に痛みを残す。


 亡くなった村人たちは、村外れの墓に眠っている。ユリウスの足は自然とそちらへ向かっていた。


 墓地につくと小さなふたつの背中が見えた。それは、墓石の前にしゃがんでいる子どものようだ。兄妹だろうか。妹らしき少女は目に涙を溜めながら、兄の袖口をぎゅっと握りしめている。


「あ…賢者様」


 ユリウスに気がつき、こちらを振り向いた少年の表情は暗い。


「ローレンツさんは君たちのお父さん?」


 そう問いかけると、少年は少し驚いたような表情を浮かべた。


「父さんのこと知ってるの?」


「病と戦って亡くなっていった人たち全員の顔と名前は知っているよ。君は目元が彼にそっくりだ。」


 病で亡くなった者は、全身が白くなり、最後にはまるで石炭のように固まる。そこまでいってしまうと遺体自体に感染力は既にないが、村人たちがそれを知るよしはない。


遺体に触れることもできず、だいたいが生き絶えた部屋にそのままの状態で寝かされていた。


病の収束後、親族たちとユリウスが墓地へと運び供養したのだ。


「賢者だなんて、君たちの父さんを救えなかったのに、傲慢もいいところだ。」


「傲慢なんかじゃ全然ないよ…。だって、賢者様がいなかったらルペルは今ここにいない。」


 そう言って少年は、となりにいる妹に目を向けた。


「ルペルは今にも死んでしまいそうだったんだ。賢者様が助けてくれなかったら、僕は本当にひとりぼっちになるところだった。」


 しばらくの沈黙の後、少年はぽつりぽつりと話し出した。


「賢者様も聞いたでしょ?子どものために死の大地に足を踏み入れた男から、あの病は村中に広がった。…病を村に持ち込んだその男のことを、みんな心底恨んでる。死んで当然だって、みんなそう言うんだ。」


 少年の目元は赤みを帯びているが、涙はながれていない。感情を必死に押し殺しているような、そんな様子だった。


「だから悲しむことも許されない?」


 静かな声で問いかける。


「…君たちのお父さんはただ、自分にとっての大切な存在を守りたかった。他の何を犠牲にしようと。それほどまでに愛していた。」


 優しい風が当たりの草木をゆらし、音を立てている。


「故人が何者だろうと、その人の死を憂い、悲しみ、想いを馳せることはけっして他者に制限されるべきことじゃない。」


 少年はどこか救いを求めるような表情でユリウスのほうへ顔を向けた。


「泣いたっていい。それがどんな類の感情からくる涙だとしても、たくさんたくさん泣くんだ。そうやってはじめて人は、明日を見ようと思えるんだとーー僕はそう思うよ。」


 ーー大切な存在を失った時、自分がそうだったように。


 ぽろりと少年の瞳が涙がこぼれ落ちる。必死に堪えてしまい込もうとしてきた感情が、涙と一緒に溢れ出るように。


 抱きしめ合い、墓の前でしゃがみ込む兄妹を残して、ユリウスはそっとその場を立ち去った。




***




 一連の騒動の後、ユリウスはジャック夫婦の自宅にしばらく身を置くことになった。


 念の為、一定期間ここに留まり様子を見守ることにしたのだ。


 ユリウスが最近の情報に疎いということを心配したジャックは、恩を少しでも返せる機会だ!と各国の情勢や、市場について、様々なことを教えてくれた。


 現在は故郷であるこの村に腰を据えているが、元冒険者あがりの商人という経歴を持つ彼は以前、各国を渡し歩いていたらしい。


 ジャックの家にある本は、さすが商人らしくかなり量が多かったが、それら全てを2日程度で読み終えたユリウスに、夫婦は驚愕の視線を向けていた。


「いやいやいや、そんなことできるわけ…でもユリウス様なら…ありえる…のか?」


「まぁ、読んだことのあるものもあったから。でもさすが商人。発行された時期が新しいものが多くて、初めて知る情報もたくさんあったからすごく参考になった。ありがとう。」


 そういうユリウスにジャックはまだ信じきれないという目を向けている。そんな様子のジャックに、ユリウスは軽くため息をついた。どうやら信じていないらしい。


「…他の人がどうなのか、比較したことがないからわからないんだけど…仕方ないな。ならどれでも、好きな本を手にとって。」


 するとジャックは言われた通りに積み重なっていた本の中の一冊を手にとった。


「どこでもいい。読みあげて。」


 戸惑ったような表情のままジャックは厚く重い革表紙の本を開き、ページをぱらぱらとめくった。そして、中程を開いて読み上げる。


「第五代皇帝ユグノルは治世の初期、貴族院と神官団との権力闘争を収めるため――」


 ユリウスが、その言葉に重ねるように続きを読み上げる。


「――収めるため、帝都南部にて開催された『大議会』において、全ての主権が皇帝に帰属するとの勅命を発した。この勅命は、帝国暦一三七年春、戦争勃発の報を受けて急遽準備されたものであり、形式上は三権の合意を得たと記録されている。……続ける?」


 ジャックの口が半開きになり、手に持っていた本がわずかに震えている。そして本を閉じると、今度は別の棚に目をやった。


 長い沈黙のあと、手を伸ばし、別の本を一冊を取り出した。


「……これは、三年前に改定された比較的新しいものだ。」


ジャックはそう言いながらページをめくり、先ほどと同様に読み上げ始めた。


「『第六章 第二条。国家間における交易協定は、基本的に皇帝勅命を以て発効するものとし、その効力は……』」


 ユリウスは、頭の中でジャックの読み上げた部分の記憶をなぞる。


「――その効力は、勅命文書の交付日を起点として七十日以内に条約履行の初期手続を完了することを条件とする。


履行遅延が生じた場合、当事国は帝国商務院に対し、発効遅延の理由を記した報告書を提出する義務を負い、報告書には各関係機関の責任者三名以上の署名が添付されねばならない。


条約破棄の意思表示は、必ず書面により行われるものとし、いかなる場合においても口頭通告は無効とされる。破棄が一方的に行われた場合、破棄国は次年度の通商交渉権を自動的に喪失し、再取得には帝国評議会三分の二以上の同意を要する。」


 信じられないとばかりにジャックは目を見開いていた。そんなに目を見開いて、目玉がこぼれ落ちるのではないかと、そんな非現実的なことを考えてしまう。


さすがに信じただろうと思ったが、ジャックは再び書架へ向かい、今度は革のような材質で綴じられた黒い書物を手に取った。


「……この言語は難解で、俺は父親から教わった。商人たちは多言語を使いこなせる奴も多いが、この言語に関しては今まで数人しか扱える者にあったことがない。」


そう言いながら、ジャックは一節を読み始める。


「“位相重複の理論は、純魔素の流転によって……ええと……形成されるが……”まぁ俺も流暢に読めるほどじゃないんだよな」


「――形成されるが、その安定性は場の定義に従属する。すなわち、“意志なき魔”は周囲の相に吸着し、外部構造に支配されるものなれば、術者が定義を誤った時、その流転は本質を裏切る。


第一原則において、位相の重複は“共鳴”を呼び、共鳴は“歪み”を産む。歪みは術の成立条件を塗り替え、ついには全てを解体する。よって、純魔素による術式構築においては、術者の内的定位が最優先されねばならぬ。」


 ジャックが読み上げた一節の先を、ユリウスは続けた。


「うそだろ……ユリウス様、あんた大陸言語以外も読めるんですか?」


「んー…いくつかは。」


 ジャックはしばし本を手にしたまま動けずにいたが、やがてハハッと乾いた笑い声を漏らした。


「……もう十分です。」


 やっと信じてくれたらしい。持っていた本を棚に戻し、ジャックはユリウスに向き直った。


「本当に、あんた一体……いや、やっぱり何も言わなくていい。只者じゃないことはわかりきってたことだ。あらためて、俺たちは運が良かった。きっと貴方ほどのお人じゃなきゃ、あの呪いから村丸ごと救うなんてこと、誰にもできなかっただろう。」


「ジャック…」


「ほんとにその通りだわ。ユリウス様。改めて、私たちを、村を救ってくださったこと、感謝いたします。

私たちにできることがあればなんでもおっしゃってくださいね。一生かけても返すことのできないご恩があるのですから。」


そういってそばにいる娘をギュッと抱きしめた。抱きしめられたミーナはあどけない笑顔をユリウスに向けた。


「ユリウスお兄ちゃん、ミーナのいたいのやっつけてくれてありがと。ミーナ、大きくなったらユリウスお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるね。」


そういってぽっと頬を染める娘に、母はふふと笑い「ミーナはユリウス様のことが大好きなのね」と頭を撫でた。


「ミーナ、ありがとう。そんなこと言ってもらえるなんて光栄だよ。」


そう言ってユリウスはミーナの目線が合うようしゃがんで笑顔を返した。


一方、娘のお嫁さん発言に衝撃を受けた様子の人物が一人。ジャックは雷にでも受けたようにかたまっていたのだった。


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