prologue 煌星の夜
ーーその日。空から光が降り注いだ。
かつて栄華を極めた帝国は今や見る影もない。人に溢れていた広場も閑散とし、裏路地には力無く横たわる人の姿も見られる。
恐ろしい病によって、国境は閉ざされ、逃げ出すこともできず、飢えと不安が人々を追い詰め、暴動が各地で相次いだ。嘆きと絶望で埋め尽くされるなか、その奇跡は訪れたのだ。
最初は小さな一粒の光だった。
空からふわりと落ちたその小さな粒は、路地に横たわる少女の胸元へ、ゆっくりと落ちていく。
その少女の傍には、妹の手を握り自身の額にあて、ただ祈るようにうつむく少年の姿。
光が少年の頬をかすめた。
その光は、まるで少年の祈りに応えるように横たわる少女の胸の上へ降りていき、ゆっくりと、体に溶け込むように消えていく。
すると、固く閉ざされていた少女の瞳が、ゆっくりと開かれた。翡翠の瞳が、命の輝きを取り戻す。頬にかすかな血色が差し、失いつつあった体温が全身を巡っていく。
「……おにいちゃん?」
妹の小さな声が少年の耳に届き、彼は息を飲んだ。
「奇跡だ…」
独り言のような小さな声。
次第に涙で視界が歪んでいく。
頬の横を温かい何かが通り過ぎていくのを感じ、空を見上げた。
「星が…降っている」
少年の瞳には、空から降り注ぐ光が映り込んでいた。
優しく、暖かいその光はまるで星のかけらのように、ひとつひとつがキラキラと煌めいている。
老いた者、幼き者、貧者も富者も、関係なく、その光は全ての命を掬い上げた。
絶望に閉ざされていた街は、今や喜びの中にある。
―――――――――――
後にある吟遊詩人が、この奇跡の一夜を謳った。
“天から星が降った夜
丘に降り立つ一人の少年
星に祈りて奇跡をもたらす
彼こそが、煌星の救い人
―――――――――――
その日の出来事は、歴史に刻まれることとなった。
後に「煌星の夜」と呼ばれ、記録される一夜の奇跡。
そして人々は語り続ける。
あの夜、空から降り注いだ星々の奇跡と――丘に立ち、祈りを捧げたひとりの少年のことを。