ありがとう、本当に――
閃光。
次いで、炸裂音。
「……ん…………え……………………?」
覚醒した僕の目の前には、ピラミッドがあった。
以前の孤児院と同じくドーム状の結界に覆われており、全体的に汗ばむほどの熱気と砂の大地が広がっている。
だが、問題はそこではない。
「むぅ……《星の輝きを――アルタリーク・レスト》」
少女の手から放たれた無数の光は、あたり一帯に奇跡を残しながら拡散していき最終的に天へと昇る。
――次の瞬間。
「いい加減、眠れ」
そんなつぶやきに呼応するかの如く、ピラミッド全体を光の柱が覆った。
およそ十秒もの光撃がようやく収まり、少女と僕の視線がピラミッドの頂点へ向く。
しかし、そこには――
『闇はすべてを飲み込み、されども偉大なる御方は四つの希望をこの地に残した』
大量の六角形で構成された半透明の球に覆われ、無傷のアンドロイドが浮遊していた。
『曰く、すべてを貫くもの』
アンドロイドが何かを投擲する様な仕草を見せた次の瞬間、少女が脳天と足先を残して消失した。
――直後、その残骸を中心として幾千の魔法陣が起動する。
『曰く、すべてを切り裂くもの』
アンドロイドの手から光が伸び、それが爆音を立てながら魔法陣に振り下ろされる。
すると、陣は全てズタズタに切り裂かれてしまった。
『曰く、必中のもの』
その言葉に合わせて光は急激に凝縮し、弓矢の形をとる。
アンドロイドがそれを放つと、矢は途中で進路を百八十度変え数メートル背後に突き刺さった(傍点)。
「ぐ……《何人たりとも逃さない――ドミネイティング・ドメイン》」
少女を中心に、特殊な領域が形成される。
それまで一定のリズムで言葉を紡いでいたアンドロイドだったが、領域が展開すると、コンマ、次の言葉が遅れた。
『曰く、与え奪うもの』
弓が杖へと変形し、アンドロイドがそれを掲げる。
すると、杖の先から光の帯が溢れ出し少女とアンドロイドを接続した。
「マズ――《真実の書き換え――アンリアル・デコイ》」
次の瞬間、少女とアンドロイドは最初から空中で正対していた。
『御方の仰るに、それらを手にした者は、何物にも恐れず』
次の瞬間、少女の背後にアンドロイドが瞬間移動する。
手には淡い虹色の光を帯びたナイフが握られていた。
「《宇宙の枷――グラビティ・ウェル》」
それが突き立てられようとしたまさにその瞬間、少女の術式が起爆しアンドロイドの全身に引き裂かんばかりの力が加わる。
『また、何者にも縛られず』
しかし、アンドロイドがそう言った次の瞬間その身体は半透明になり、束縛から逃れてしまう。
『何者をも打倒する』
直後、アンドロイドが姿を消す。
同時に、少女が視認できないような速度で大地へと撃墜された。
巻きあがった砂埃の中、先ほど少女がいたあたりにはアンドロイドの物らしき影が静止している。
なんだか、さっきからまるで行動がアレの語る物語に『誘導』されれいるかのような――
「――って、眺めてる場合じゃない!!」
慌てて駆け出す青年だったが、その足は突如吹き荒れた暴風によって強制的に止められる。
風に巻き上げられた砂がアンドロイドへと殺到する中、そのクレーターからは青白い紫電のようなものや淡い黄金の鎖等いくつもの枷が巻き付いた状態の少女が辛うじて浮き上がってきた。
「……逃げて。今なら、それくらいの時間は稼げる」
「でも――」
「いいから!!」
荒げられたその声に、青年は言葉を続けることができなかった。
「それに、私もまだ死ぬと決まったわけじゃない。運が良ければ逃げられる。……それも、あなたが今ここで賢明な判断をしてくれれば、だけど!!」
そういうと、少女はいまだ静止した状態で見下ろしてくるアンドロイドを睨みつけた。
――それに、まだ死ぬと決まっている訳じゃないだろう?
誰かの声が、フラッシュバックする。
「結構、楽しかったよ。ありがとう」
少女は、そういって飛び上がっていった。
――ほれ、行った行った。お前には待ってるやつがいるんだろう?
「――いつも、そうだ」
青年の口から、言葉が零れ落ちる。
――嘘だ!!帰ってくるって、約束したもん!!!!
「……どうしてお前らは、そうやって…………」
――不意に、青年の瞳が淡く蒼いオーラを纏った。
「『――汝、其の翼を失い』」
見渡す限りの草原で、青年の声が幾百にも反響する。
「『――其の両の腕を失い』」
それはまるで、草原そのものが声を発しているかの様だった。
「『――最後には、其の姿を失うだろう』」
一拍置いて、胸に当てていた手がしなやかに伸ばされていく。
その指が、その先端が、撫でるようにアンドロイドへ向けられる。
――次の瞬間、アンドロイドはバランスを崩した様に大地へと落下していった。
微かな土ぼこりが晴れた後。
今度はその両腕が不可視の何かにもぎ取られるかのように乖離していく。
さらに、アンドロイドの身体はその破損部からまるで砂になるかのようにさらさらと崩れていき、最後には風にさらわれて消えていった。
「…………」
地に降り立った少女は、何を言うでもなくただ青年の背を眺めている。
「……あれは、きっと『守護者』なんだろう?」
「……そう」
青年の問いに、少女は逡巡の後、首肯を返した。
「――だったらッ、君は簡単に逃げられたはずだ!なのにどうして、……どうして、僕なんかのために――お前らは!!!!!」
かんしゃくを起こした子供の様に叫ぶ青年を、少女は唐突に抱きしめた。
あたりが静寂に包まれる。
一陣の風が、穏やかに辺りを流れて行った。
「……そんなの、決まってる」
しばしの後、少女は顔を話すと青年の目をはっきりと見つめ、堂々と言い放った。
「私も――ううん、皆、同じ気持ちだから。だからこそ、あなたが彼らに向けるべき言葉はそうじゃない。……それを、あなたは知ってるはず」
言い終わると、少女はそのぬくもりを確かめるかのように顔を摺り寄せる。
「……そう、だね…………。うん。色々あって、少し……動揺、してたみたいだ」
再び顔を上げた少女の頭に手を置いて、青年は微笑む。
「……ありがとう。本当に。」
光の粒子が、風に乗って天へ昇って行った。