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救世のピルグリム  作者: レヴィン・コール
6/6

ただいま



「……あれ、ここは?」


 目の前で、少女が焚火に手をかざしている。


 今回は、珍しく……というか初めて、意識が戻っても歩いていなかった。


「それに、これは……」


 目の前には小国の王城くらいはある大きな孤児院。

 その左に二つの倉庫。

 さらに、僕の右側には子供向けの本を多数収めた図書館がある。


「……ん?」

「気づいた?」


 少女の問いに、首肯で返す。


 僕は、ここを()()()()()


 より正確にいうならば――


「――懐かしい」

「……そう。…………私は、ただ知ってるだけだった」


 孤児院は周囲を塀に囲まれており、僕らはどうやら正門から入ってすぐのところにいるようだ。

 門の方から外側も見てみるが、不思議なことにこの辺りは雪が積もっていないらしく門の外側では崩壊した建物が木々に飲み込まれている。


――いや、というよりもこれは多分……


「ここは呪いの影響を受けていない……というか、多分ここはそれを貫通して、どちらにも存在してる」


 僕の思考を知ってか知らずか、少女はそんなことを言いながら焚火に水をかける。


「じゃあ、やっぱりあれは……」


 少女は、ただ首肯するのみだった。


「……でも、多分完全にシャットダウンできてるわけじゃない」


 そう言って、少女が孤児院の方を指さす。


「え?――ああ、なるほど」


 孤児院、その中の各部屋には、いたるところに赤黒いシミと何かの肉の塊があった。


「……どうやら、浄化機能も働いてないみたいだしね」

「……趣味が悪い」


 珍しく、――恐らくは侮蔑的な――感情の籠った言葉を吐き捨て、少女は拳を握り締める。


「……そうだね。だけど――」

「分かってる」


 食い気味にそう言うと、少女は不貞腐れたようにすたすたと歩きだしてしまった。


「……まあ、正直気持ちは分かるけどね」


 その独り言は、誰に拾われることもなく風の中へ消えていった。


 


 しばらく、僕らは黙々と歩き続けた。


 玄関で靴を脱ぎ、ところどころにある肉塊と血液の海をよけ、階段横に開いた空洞をスルーして二階に上がり、先ほど見付けた仮称先達の痕跡が残る部屋――たしか、空室の一つ――へと滑り込む。


 そこには分厚い紙束と二粒の錠剤、そして傘の様なものがあった。


「……なんだと思う?」

「……さぁ…………でも、どうせ()()に書いてあるでしょ」


 少女は相も変わらず不機嫌な様子だが、未知の物体を前にしたせいか辛うじて会話のできる状態にはなったようだ。

 

「……多分全部読むだけの時間は残ってないだろうし――任せた」


 紙束を手に取り、雑に押し付ける。

 少女はため息をつきながらも渋々受け取ってくれた。


「とりあえず、他にめぼしいものはない……よね?」

「多分」

「オーケー、じゃあ出ようか」


 頷くことすらしない少女の後を追って、来た道を戻っていく。

 玄関で靴を履きなおし、外に出る。

 しばらく直進し――そして、今にも爆発しそうなこの爆弾に声をかける。


「さ、て。……じゃあ、どうぞ?」

 

 少女は無言のまま向き直ると、孤児院へ右手を掲げる。


 その先に、淡い金色の魔法陣が浮かび上がった。

 それは急速に拡大しながらゆっくりと上昇していき、やがてすべての肉塊をその範囲内に収めるとうなりを上げながら展開を始める。

 幾億もの魔法陣が、生まれ、組み合わさり、溶け合っていく。


 少女はその両の手を組むと、ただ祈るように、静かに、瞑目した。


――鐘の音が、鳴り響いている。


 いつからかはわからない。


 目を離したわけでもない。

 

 しかしながら、()()はいつの間にかそこにあった。


「天門召喚、ね。……普通でも一人でとか頭おかしいのにこの状態で難なくこなすとか……さすがだよ、まったく……………」

 

 門が、ゆっくりと開いていく。

 その先には、どこまでも澄み渡る青空と白い雲があった。

 門から差した光の橋を、幾百もの魂が昇っていく。


 やがてすべての魂がその中に渡りきると門は再び閉じ、そしてまた、まるでそんなものは最初から存在しなかったとでも言うかのごとく消え去ってしまった。



「……さて、そしたらそろそろ僕もやるとしましょうかね」

      

 僕は、その()()に従い門の外へ向かって歩き出す。

                       

 門から出て少し行ったところで立ち止まると、僕は()()に手を伸ばした。

 

――その手首より先は、不思議なことにどこにもない。

 




 そして。





 次の瞬間、あたりには一面の草原が広がっている。


 しかし、普段とは違いそこにはいくつもの楽しげな声があった。

 背後を振り返ってみれば、門の内では子供たちが楽し気に駆けまわっている。

――よくみれば、その身体はやや透けていた。


「……――。…………」


 青年の視線はその奥、建物のすぐそばへと向けられている。

 そこには、子供たちの様子を見守るように一人の女性が立っている。


 その顔は、不思議と認識できない。


 不意に、女性の視線が青年へと向けられる。


 その口が、何事かを紡ぐ。


 

 そして、幻想(それら)は光の粒子となって空間へ溶けていってしまった。



「…………………ああ、ただいま。…………少し、遅くなったよ………………」



 一輪の蒼花が風に揺られ、その花弁を一片、躍らせた。

補遺

……そうか、だから彼らは…………いや、今はまだ断言はできない…………か?

 一応、書き残しておこう。

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