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救世のピルグリム  作者: レヴィン・コール
5/6

それを構築するもの




――夢を、見ていた。




 暖かくて、優しくて、そしてとても懐かしいような。




 そんな、夢を見ていた。




 けれどもそれは、朝露の前に儚く溶ける霜の様に、遠く消えていってしまった。




 ◇◇◇




「………………」


 何かを忘れてる気がする。


 とても大切な、何かを。



 そんな思考と共に、僕の意識は再び輪郭を帯び出した。


……いや、大切以前にほとんど何も覚えてないんだけどさ。



…………ただ、それでも……たとえそうだったとしても忘れてはいけない何か。


 そんなものがあったような……なかったような?


「何、考えてるの」


 そんな僕を覗き込むように、少女はひょこっと隣から顔を出してきた。


 正直ちょっとびっくりした。


「いや、大したことじゃないよ。……というか、そっちこそ今日はまたどうして外に?」


 少女はいつもみたく――と言ってもまだ二回だけだが――シェルにこもるわけでもなく、今も隣を歩いている。


()()()()かな、って思ったから」


 そんなことを言いながら僕の前まで来ると、少女は唐突に両手で足元の雪をすくい上げた。


「それより、前言ってた呪いだけど――」


 少女が指を広げる。

 雪はその間からぽたぽたと落ちていき、覆い隠していたものを白日の下にさらけだした。


「え――」

 

 思わず言葉に詰まる。


――その肌は、紫色に爛れていた。


「大丈夫」


 僕が何か口にするより早く、少女の両手は淡い光を纏いみるみる内にもとの色を取り戻していった。


()()は、雪じゃない。呪詛の欠片、残滓、もしくは断片的な具象体」

「え、でも――」


 少女はそれを聞いた僕がどんな反応をするかあらかじめ予想していたようで、そして実際、僕は驚くほどその想定通りに動き、遮られ、そして少女が次に言葉を紡ぐまでの数秒間をただ硬直して過ごすこととなった。


「普段は薄い膜で自分を覆ってる」


 そう言われて注視してみれば、確かに少女は自分の身体をビニールみたいな薄くて弾力のある膜で覆っているらしかった。


 と、僕がそんな確認をしていると少女はいまいち真意の読み取りづらい、強いて言えば怪訝さを感じさせるような顔になる。


「……それと、()()の状態についても考える必要がある」


 少女のいぶかし気な視線が、僕の目を捉える。


「状態?」


 少女はうなずいた。


「あれだけの領域構築を扱える術者や私くらいの存在が、二人とも記憶の大半を失って――それも、私はおそらく自らの意思で半封印状態になっていた。それはつまり――」


 暫しの沈黙。


 その珍しく定型でない表情からは、自らの思考、導き出した答えをしかして未だに信じることができない――あるいは、信じたくないといったような感情が読み取れた。


「……つまり?」


 耐えきれなくなった僕が続きを促すと、少女は少しの後諦めたように再度口を開いた。


「……つまり、遥か昔、私達でも抗えないくらいの――それどころか、少なくとも私に関しては完全に諦めて未来に託すしかなかった程の()()が起こったということ」


 たしかにこの惨状を見れば何かが起こったのは間違いないだろうが、ただ――


「なんで遥か昔?」

「私の〈シェル〉はそう簡単に侵食できるような代物じゃない」


 少女が手のひらの上にいつもの結界を出現させた。


 なるほど。

 たしかに、言われてみればあの時のそれは明らかに汚染されていた。


「でも、この星じゃなく世界そのものが呪いに覆われているっていうのは何故?」

「ん」


 少女は空を指さす。


 必然的に、僕の視線もその先を辿った。


 次に、少女は地平の彼方を指さす。


――そして、理解した。


「ああ、なるほど」

 

 少女の示す先――そこに広がる無数の()()は、皆ひとつ残らず白く汚れていた。


 それこそ、()()()()()


「そもそもこんな光がないどころか呪詛にまみれた場所で平然と周囲を感知してたり普段通りに動けてたりする時点で記憶を失う前の私たちは間違いなくそこそこ以上の実力者……のはず」

「なるほど」


 たしかに、この分厚い呪詛の雲を簡単に透視し、あまつさえこの切り刻まれ散りばめられた悪意ある展開図のような景色を何の苦労もなく最古内気できるというのは、よくよく考えてみれば普通じゃないか。


……もっとも、この実感や感覚やそれらの下に埋まっている前提知識が()()()でないのなら、の話だが。


「で――」


 少女は再び僕に目を合わせる。


「次。あなたについて」

「僕について?」


 少女はうなずいた。


「……まず、前よりも草原の領域がだいぶ広がってた。それに、草原以外の地形や構造物があったのは、私の予想が正しいなら初めてのはず」

「……そう、だね」


――一瞬、何かが脳裏を過った気がした。


「それと――」


 少女は一瞬の逡巡を挟み、静かに口を開いた。


「――あの時のあなたは、()()が、なかった」

「……は?」


 精神が、ない……?


……いや、もしかして、だから意識が?


「それも、そこから今日までの三百六十九日間であなたの精神は徐々に形を取り戻して――今は、以前よりも明らかに大きくなってる」


 少女は右手に白色の真球を生み出すと、それを雑に放った。


「ここからはただの推測だけど――」


 それは地面につくと一瞬のうちに膨張し、反応する暇すらなくぼくたちを飲み込んでしまう。

 反射的に閉じてしまった目を開くと――


「おー…………」


――そこは、発光する白亜の直方体のみで構成された空間だった。

     

「あなたの()()は、私のこれと同じ領域構築系の神聖術か精神魔術か、あるいはスキルの類だと思う」


 少女が突き出した右手を握ると、空間はガラスの様に崩壊し、気が付けば――僕たちを中心として地面が直径三メートル程の半球形に抉れていることを除けば――すべてが元に戻っていた。


「ただ、あなたのあれはいくらなんでも規模と()()がおかしい」


 先に出た少女の手を借りて、僕も窪みの中から這い出す。


「それに、代償として消費した精神が復活するどころか拡張されるなんて――いや、もしかたら……」


 言葉の途中で何かに気づいたらしい少女は、一人ぶつぶつとつぶやきながら硬直してしまった。


「?何?どうしたの?」


 耐えきれなくなった僕が声をかけると、少女は本質的に見ていない目をこちらに向けて、静かに口を開いた。


「まだ確証はない……けど、あれが拡張ではなく修復だったとすれば、一応辻褄は合わないこともない」

「つまり、元はもっと大きかった……と?」

「……まあ、まだ予想の一つに過ぎないし根拠もないから、今はいい」


 少女自身その予想は些か現実性を欠きすぎていると思っているのか、それ以上何かを言うことはなかった。


 話すことがなくなったからか、少女は再び歩き出す。


 しばらくの間、雪を踏みしめる音だけが僕らの間にこだましていた。

       

「……それにしても、今回はやけに()()ね」


 僕も僕でこれと言ってトーク力に優れているわけではないので、まともな話題は出せなかった。


「キャパが増えて耐久時間が増えたのと……あと、多分()()()()が感情の大きな起伏なんだと思う」


……たしかに、思い返してみるとあれが始まるのは決まっていつも感情が大きく動いたとき――だったような気がする。


「じゃあ、このまま感情をあまり動かさずにいけば当分は動けるのかな」


 少女は、首を横に振った。


「多分、その内()()()」 

「始まる?って、何――」


 言葉は、続かなかった。

 というより、続けられなかった。


 吹雪の奥に、ほんの一瞬見えたもの。

 忘れてはいけないもの。

 大切なもの。


 頭の中に、何かが響く。


 透き通る金属音の様な、地獄の底から響く地鳴りの様な。

 それはだんだんと強くなっていき、やがて頭がはちきれそうなほどになった頃、ふっ、と、急に姿を消した。

 そして、それと入れ違うかの様に――


――忘れないでね』

 

 そんな鈴を転がしたような声が、僕の脳裏をかすめていった。




「…………なるほど」


 気が付くと、僕は草原の中にそびえる丘の中腹に立っていた。


 遥か遠方には、大きな山が見える。


「たしか、ここで――」

「ピクニックでもした?」


 少女が突然顔を出して来る。

 

「よくわかったね」

「ただの勘」


 僕は地面に寝転ぶと、静かにため息をついた。


「たしか、この丘のちょうどこの辺で――、……いろいろ話して…………それから………………」


 細い、あまりにも細い糸を切れないように慎重に辿って、僕はそれを紡ぐ。


「『――それじゃあ、忘れないでね』……うん。たしか、そんな感じだった気がする」

「そ」


 少女が、隣に寝転んできた。


「もしかしたら、私だったりして」


 珍しくからかうように言ってきたそれを、僕はぼーっと空を眺めながら半分聞き流した。


「……いや、多分、違うと思うよ」


 心地いい風が、あたりを吹き抜けていく。


「……ずっと思ってたんだけど、多分、僕と君は以前から知り合いだったんだと思う」


 少女は、うんともすんとも反応しなかった。


「……だからこそ、きっと君じゃない」


 心地の良い間をおいて、少女の方から小さな、しかし確かな微笑が聞こえた。


「…………同意」


 少女はシェルを頭上に出すと、僕の方に顔を向ける。


「じゃあ、また」


 そう一言だけ残して、少女はその中に取り込まれていった。


「うん。また」


 吹き抜ける風の中へ溶けるように、僕の意識はゆっくりと霧散していった。

補遺

 この章にもだんだんと慣れてきた。

 とはいえ、それはあくまで基礎的な部分の見であってやはり特殊形や応用、その派生まで行くとやはりまだまだ時間がかかるが。

 それにしても、この聖女はやはり優秀だな。

 初見でそこまで見抜くとは……まったく、実に――。

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