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救世のピルグリム  作者: レヴィン・コール
4/6

蕪雑

 少し意識がはっきりし始めて、一定のリズムでくぐもった何かの音が聞こえ始めた。


 音は次第に輪郭を帯びていき、やがてそれが自らの足音なのだと理解する。


 つまりはそう。

 また、意識を失ったのだ。

 

 それが理解できる程度の理性を取り戻した頃、ふと新たな疑問が浮かんできた。

 

――そういえば、あの子はどうなったんだろう。

 

 立ち止まって軽く左右を見回してみるが、姿はおろか影すら見あたらない。

 というか、よく見れば自分の影も存在しないみたいだった。

 

「やっぱり、流石についてきてはないか……って、…………」


 一抹の寂しさを覚えつつふと背後を見てみると、そこにはなんと僕よりも大きな半透明の楕円球体が浮かんでいた。

 中には、あの時と同じようにして少女が眠っている。

 ただ以前と違うのが、その球体が纏う光は禍々しい紫色ではなくむしろ神聖さをも感じさせる様な金色をしていた。

 あと、今気づいたがどうやらよく見れば精神力の糸で僕と繋がっているらしい。

 

「あの時と同じなら――」

 

 出会った時と同じ様に火球を近づけてみると、今回は上から数多の正六角形が消えていくような形で解けていく。

 そして、やはり重力を感じさせない挙動で少女は地面に降り立った。

 

「ようやくお目覚め?」


 少女はほとんど表情を変えずにそう聞いてきたが、心なしか不機嫌なようにも見えた。


「……ごめん」


 意識を失っている間の自分がどうなっていたのか定かではないが、少なくとも先ほどの状態を考えると機械の様に決められた挙動で淡々と動いていたのだろう。


――機械?


「……もう、戻ってこないのかと思った」

 

 内心の疑問に意識を向けるよりも先に、少女が口を開く。

 

「もう、って……どのくらいの間あの状態だったの?」

 

 少女は少し悩むそぶりを見せた後、こてんと首を傾げながら答えた。

 

「一年……と、少し?」

「いちっ……思ってたより長いな…………」

「あの後だんだん目の光がなくなっていって、そしたら急に歩き出して、どれだけ押しても引いても動かせないから、とりあえず後を追いかけたの」

 

 少女は次に聞こうと思っていたことを先回りして説明してくれた。

 

「それからずっと歩き続けてだいたい一週間くらいたった頃、草原と雪原の境界線が見えてきた」

 

 ということは一週間――というかこの一年、僕は昼夜問わず歩き続けていたのか…………。


「そのあたりで限界だなって思ったから、〈シェル〉に籠った」

 

 少女が右手のひらを上向けると、そこに先ほどと同じ金色の楕円球が出現した。

 

「他に何か気付いたことはない?」


 おそらくないだろうと思いつつ念のため聞いてみると、少女はまたしばらく悩むそぶりをした後ふと何かを思い出したかのように顔を上げた。


「そういえば、境界線についた時――あなたは特に立ち止まらず飛び上がって行ってしまったけど、私はなんとなく気になったから少しの間その辺を眺めてた。そしたら、境界線が徐々に草原を飲み込んでいってることに気づいた」

「飛び上がって?」

「雪は三十メートルくらい積もってたから」

 

 なるほど……それにしても浸食――いや、違うな。

 おそらくは、展開した領域が少しずつ呪詛の再構築に押し戻されて――


「――呪詛?」

「?」


 これまであまり表情を変えなかった少女が、いぶかしげな眼でこちらを見てきた。

 だが、今はそれを気にしていられない。

 呪詛ってなんだ?

……いや、呪詛そのものはなんとなく感覚的にわかるけど、なんでそう思った?

 どこからその発想が出てきた?


「あ、あとこれ」


 少女がどこかから取り出した紙を、僕に手渡してきた。

 そちらに目を向けてみると、複雑に折り目が付いている。


「これは――」

「半年くらい前に通りかかった世界樹の枝に括り付けられてた。たぶん、普通の紙じゃない」


 開いてみると、簡素な文字で、こう書かれていた。


『君がもし行き場もなく途方に暮れているなら、ロシュリ―孤児院に行くといい』


――私は、いつまでも待っていますよ!


 不意になつかしい声が聞こえた気がして、胸が締め付けられて、思わずあたりを見回したけれど、そこには少女以外誰もいなかった。


 それでも、僕は――


「――あれ、世界樹って……なに?」


 少女が何かをつぶやいていることすら、今はどうでもいい。


 自らの内側へ、ただひたすらに意識を集中させていく。


――ん、これはなんですか?

 

 足りない。


――た私の勝ちです!!


 まだ、足りない。


――わぁ……きれいですね!!


 足りない、足りない、足りない。


――さん。たとえ、世界があなたを嫌ったとしても――


 まだ、あと少し、何か――


『それでも、私はあなたを愛しています』


 不意に、柔らかくて優しい声が僕の背を撫でた。


 とっさに振り向いたそこは、一面の湖畔だった。


 暖かな日差しを受けて、湖面がキラキラと輝いている。


 そんな湖の、はるか遠方の縁に建ったコテージのそのそばに、ぽつんと白い人影があった。


「――ロシュリ―……」


 呆然とその名を呼ぶと、人影はこちらを向いて微笑み、そして霞のように大気の中へと消えていった。


「――少し、この世界についてわかった」


 不意に、背後から少女の声がした。

 しかし、振り返った先に見えた少女の様子は今までのどれとも違って見えた。

 それこそ、まさに別人みたいに。

 

「世界は今、確かに存在しているけど、一方でほとんど姿を見せていない」


 徐々に意識が不鮮明になっていく。


「つまりそれは、言うなれば大きな布で覆われているようなもの」


 声が、景色が、何重にも重なって、響いて、よくわからない。


「――そして、ーーはきっとーーなんだと思う」


 少女の微笑みを最後にして、僕の視界はブラックアウトした。


「おやすみ、――――

補遺

 私は実に運がいい。

 これまでの情報に加え、呪詛――それもただの呪詛ではなく、それで覆われた世界。

 なにより、内物語でロシュリ―の名が出たとなればこれはほぼ間違いなく03の話だろう。

 そして呪詛に覆われているとなるとおそらく時代は――か。

 いや、章の長さから見るに――という可能性もあるかな?

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