13
夜の闇の中、空には青い満月が浮かんでいた。
そよそよと風がそよぎ、暗がりの木々を揺らした。
とてもいい風だ、気持ちいい。
私は1人、お城の2階のバルコニーに佇んでいた。
私達は、明日にはコルトの兄、ラルトの救出に向かう。
戦闘は避けられない。
ノイジーも来てくれるらしいけど。
私はぎゅっと拳を握りしめた。
やっと会えたのに。
束の間、またすぐに戦いに赴くことになるなんて。
私ははあっと息をついた。
その時、私は後ろに気配を感じて振り返った。
「あ、ノイジー…」
私の後ろにはノイジーがいた。
ゆったりとしたローブを着て、長い髪を垂らしている。
リラックスした姿だ。
ノイジーは私に向かってニコっと笑いかけた。
「眠れないのかい?リリィさん」
「うん…ちょっとね」
私がそう言うと、ノイジーはわたしの隣に来た。
バルコニーの手すりに腕を置き、ゆっくりと満月を眺める。
「よく、ここまで来た…と言っておくよ。正直君たちはとても強いパーティだ」
「ありがと」
私が言うと、ノイジーは嬉しそうに笑った。
「しかし、明日戦う、砦の主もなかなか強いぞ。心して向かってくれよな」
「わかってる、大丈夫だよ」
私がそう言うと、ノイジーの手がふわっと私の頭に触れて、なでなでされていた。
ふわぁ…!
私は一瞬で顔が熱くなるのを感じた。
「ノイジー!子供扱いやめてよね!」
私が強がってそう言うと、ノイジーはくすくす笑い
「そう?リリィさんは頑張ってて偉いなって思ったもんでね」
「だからって…!」
私がふくれっつらになると、ノイジーは目を丸くした。
「リリィさんて、こんな顔もするんだね!」
「な、なによー!」
ジタバタとしている私に向かって、ノイジーは丸くしていた目を細めた。
「本当なら…君を危険な目に合わせたくないけど…君たちは冒険者だ。戦うのがお仕事だからね」
「だ、大丈夫だってば…ノイジー、でも心配してくれてありがと」
私が言うと、ノイジーはそっと私の首に手を回した。
私は思わずドキッとする。
な、な、なに!?
狼狽える私に、ノイジーの顔が近づいてくる。
「リリィさん、俺は君のことがとても大切なんだよ」
囁くようにノイジーが言う。
「初めて会った時から、君の魂の美しさに惹かれた」
「たましい?」
「そ、俺はソウルイーターだから、魂の綺麗さは一目でわかる」
ノイジーの顔が私のすぐ目の前まで近づいた。
私は今までにないくらい、胸が高鳴っていた。
私は戦いに明け暮れていたので、異性とこんなに親密になった事がない。
ノイジーはゆっくりと言った。
「その魂の輝きが曇らないように…俺は全力で君の助けになる。だから安心してくれ」
コツンと額同士が触れ合った。
そして…
私の唇に、ノイジーの唇が重なった。
私にとって初めてのキスだった。
私のドキドキは限界突破していた。
こ、こんなの…!
私は重ね合った唇に全神経を集中させていた。
とても柔らかい…ノイジーは目を開けた、そして
唇が離れた。
ノイジーはそのまま両腕で私をギュッと抱きしめた。
「ノイジー…苦しい」
「あぁ、ごめんごめん」
ノイジーはキツく抱きしめていた腕を緩めた。
「なぁリリィさん、俺はこの先ずっと君のそばにいるつもりだ。一緒に色んなところを冒険しよう。俺が必ず君を守っていくから」
「ノイジーありがと、嬉しいよ」
顔を赤らめながらも、私はノイジーに答えた。
ノイジーの目は真剣な光を宿し、じっと私を見ていた。
私は自分からノイジーの背中に腕を回して、抱きしめた。
「私、あなたが消えてしまった時から、ずっとあなたに会いたかった。会えて本当に嬉しい」
「俺もだよ、リリィさん」
私の言葉に、ノイジーは答えるように、私を再び強く抱きしめる。
私たちはこれから先ずっと一緒にいる。
そう思っていた。
もう二度と離れたくない。
私は涙が溢れそうになった。
嬉しくて、悲しくて、切なくて
私はこの時ばかりは神様にお願いしていた。
二度と、この人と離れませんように、と。
次の日。
私たちはフモンに準備してもらったお弁当を持って、北の砦を目指して出発することにした。
「しかし、戦闘するのに弁当持たせるとは…あんたの執事はとても良い教育されてるようだな」
お弁当を片手に持ちながら、ライオットがノイジーに言った。
ノイジーは笑い顔になる。
「そうかな?腹が減っては戦はできぬ、だろ?」
ノイジーの言葉に今度はライオットが盛大に笑った。
「さすが!魔人は面白い!」
「だねー!これからよろしくね!」
ライオットに後ろから覆い被さりながらミオンが言う。
「ミオン!重いぞ!」
「失礼なこと言わないでよ!」
ぷくーっとふくれたミオンがピョンと飛び降りると、やれやれとライオットは頭をかく。
「でも!かなりの戦力アップだよね!これなら勝てるよ絶対!」
ミオンがぴょんぴょんしながら言うと、ルルカが嗜めた。
「そうやって油断しないことよ。絶対に勝てる戦闘なんてないんだから。どれだけ仲間が強くてもね」
「まぁ、そりゃそうだな」
ライオットがうなづく。
「そうね!とにかく向かいましょ!」
私が声をかけると私たちはノイジーの城を後にして、北の砦に向かった。
北に向かって歩いていく。
途中、魔物らしき姿は何もなく、逆に私は不安を感じていた。
「なんか…変な感じがする」
私がボソリと呟くと、ノイジーが答えた。
「北の主人もバカじゃないからな。俺が同行してるのに気づいているんだろう」
「すぐには仕掛けてこない…用心しているのか」
ライオットの言葉にノイジーがうなづいた。
私たちはやがて北の砦にたどり着いた。
重苦しい雰囲気の格子の扉がある。
私たちはそれを開けて中に入った。
ギギギィ
扉が軋んだ音を立てていた。
中は薄暗く、そして広かった。
砦の中の兵士が演習をする場所のようだった。
その中に…
椅子に座らされ、縛られた人物がいる。
「兄さん!」
コルトが声を上げると、その人物は顔を上げた。
そしてハッとした表情をする。
「コルト!?なんでここに…!」
「助けにきたんだ!」
縛られたラルトにコルトが走り寄ろうとすると、ノイジーが止めた。
「待て!来るぞ」
「えっ…」
ズズウゥン
頭上から何かが降りてきた。
巨大な姿
6本も生えた腕、肉塊のようなその身体、頭の部分に二つの目玉がギョロリと睨んでいる。
「お前は!」
ラルトを攫った魔物だった。
「我はクオルド、魔人め、人間に味方をする気か!?」
クオルドはそう言うとノイジーを睨みつけた。
ノイジーはその目線を睨み返した。
「俺の主人はリリィさんなんでね…その敵であるお前とは戦う運命だ」
「魔人の分際で…許さん…」
クオルドはグオオとうめいた。
そして、3本の腕が
私たちに向かって振り下ろされた。
ドゴオン!
私たちはそれを飛び上がって避ける。
間髪入れず、また反対側の3本の腕が、振り下ろされる。
それも私たちはかわした。
「パワー型か!」
ライオットが剣を抜く。
「行くぞ!リリィ!ノイジー!他のみんなは援護してくれ!」
「わかった!」
ルルカが弓を構えながら答えた。
ビュッ
ルルカの一投がクオルドの頭を掠めた。
この魔物は見た目にそぐわぬ動きで、ルルカの一撃を避けたのだ。
「は、早い!」
「みんなー!バフかけるよー!祝福よ!」
ミオンが私たちに能力アップの魔法をかける。
キラキラと煌めく光が私たちの身体に纏われた。
クオルドはギョロリと私たちを睨みつけていた。
しかし、すぐにニヤリと笑って
「ふふ、まぁいい、それよりもこの人間を取り返しに来たんだろ?」
クオルドがニヤニヤしながら言う。
「なぁんで今まで無事だったと思う?」
クオルドはラルトの隣に降り立った。
私は嫌な予感がした。
「この人間、お前たちの見てる前で苦しめてやろうと思ってさぁ!」
クオルドはラルトの腕を力任せに折り曲げた!
「ぐ、ぐあぁぁぁ!」
ラルトが思わず声を上げる。
「や、やめろ!」
コルトが怒気を込めて叫ぶ。
「お前…それ以上兄さんに何かしてみろ…」
コルトの周りの空気が変わった。
「お前を消し炭にしてやる!」
ボウ…
炎がコルトの周りに浮かんだ。
いくつもいくつも
呪文の詠唱なく、たくさんの炎を生み出したのだ。
クオルドは少し怯んだようだった。
コルトの気迫に押されている。
「ふん!所詮人間の魔法程度で我が倒せるものか!」
炎が飛んだ。
ボヒュッ
その炎はクオルドの身体に届くと、その体内へと入り込み始めたのだ。
「な、なにぃ!?や、やめろ!」
クオルドが叫ぶ。
「人間の魔法…とくと味わえ」
コルトが指を捻った。
炎は内側からクオルドを焼き尽くす。
「ギ、ギイヤァアア!」
内部から焼かれているのだ、とてつとない苦痛だ。
クオルドの叫びは絶叫だった。
余りの苦痛に泣き叫ぶ。
「どうだ?炎の味は…」
「おのれぇ…人間め!」
クオルドは咄嗟に傍のラルトを道連れにしようとつかみかかった。
しかしそこにラルトの姿はない。
すでにノイジーが縛り付けられていたラルトを救出していた。
「お前、人質がいないと何も出来ないんだな…」
ノイジーが心底呆れた表情で言うと、クオルドはキレた!
「お、おのれぇ!人間!魔人!」
しかしいくら叫んでも、炎の勢いは収まりはしなかった。
「バカな…!こんな、こんな…!」
クオルドの叫びはやがて消えた。
黒い肉の塊だけが燃えていた。
「コルト…大丈夫?」
私が声をかけるとコルトはハッとした。
「に、兄さんは!?」
ノイジーに連れられて、ラルトはコルトのそばにやってきた。
「すまなかったな、コルト。そして仲間のみんな…」
「いいえ、これくらい…」
私が言いかけたそのときだった。
ブオオオオオ!
炎に焼かれたはずのクオルドが立っていた。
いや違う。
クオルドの中から何か出てくる。
「ふふ、よくもやってくれたな…」
クオルドの声だった。
「これは我の偽体…本体は我だ」
クオルドの中から出てきたのは長い腕の魔族だった。
先ほどの姿は傀儡だったのか。
「くっ!本体のおでましか!」
ライオットが再び剣を構えた。
「ミオン!ラルトの腕を治してあげて!私たちは迎え打つ!」
私の言葉に
ミオンはうなづくと、回復魔法をラルトにかけ始めた。
ルーンが傍で自分も回復魔法をかけ始める。
フェーンはさっきから戦闘体制で、様子を伺っている。
「さーて、我と遊んでくれるのは誰かなぁ…」
クオルドはクスクスと笑っている。
とても不気味な姿だった。
腕が異様に長い。そして白髪を長く垂らしている。
目玉はギョロリとしていて、濁っていて光がなかった。
その姿を見て、先ほどの姿とは比べ物にならないプレッシャーを感じた。
強い…!
本能的に強さを感じる。
ビュン!
突然クオルドの両腕が伸びた!
そしてライオットとルルカの体をつかむ。
「うわっ!」
「きゃっ!」
2人は空中に持ち上げられた。
「また人質をとるつもり!?」
「いいやー違うねぇ」
私の言葉にクオルドはニヤリと笑った。
バキバキバキ!
2人の体の骨が折れる音がした。
「ぐああ!」
「いやぁあ!」
2人が絶叫する。
私は声もなくその光景を見つめた。
突然のことすぎて、頭が追いつかない。
「や、やめなさい!」
私は魔剣を抜いて、2人を掴んだクオルドに切りかかった!
キィン!
魔剣がクオルドの腕で弾かれた!
「うそ…なんで!?」
ノイジーが私を庇うように前に出る。
「咆哮!」
クオルドの口が大きく開く。
その口の中から青白い炎の渦が飛び出してきた!
そしてそれは私に向かってきた!
ノイジーが咄嗟に私を庇って飛んだ。
私はなんとか炎の一撃を避けた。
「信じられない…強い!」
私の言葉にノイジーは立ち上がった。
そしてゆっくり私をみつめる。
「リリィさん、やつは強い…そこにいて」
私を庇うようにノイジーは前に出る。
私はその魔界のもの同士の戦いの空気感に圧倒された。
これが魔界の住人なの…!
クオルドとノイジーが相対した。
2人の間に殺気にも似た恐ろしい気配が漂う。
私は何も出来なかった…ただノイジーの後ろ姿を見つめていた…。




